1.T先生との出会い
T先生と初めてお会いした(というより、T先生を見た)のは、NEC勤務時代の1990年のことです。会社ではT先生から若手技術者に指導をいただいており、筆者はその発表会を聞きに行ったのです。最前列に腕組みをして座ったT先生が、発表にいろいろとコメントしていました。
ある発表について私が質問をしました。「どれが制御因子で、どれが誤差因子でしょうか?」 即座にT先生が、「今の方の質問の通りで、因子の分類ができていません。」
2.T先生の智のオーラ
あるとき、一緒にMTシステムの研究をしていた北大教授から「T先生と会ってみたい」との要望があり、東京の首相官邸近くにあるT先生のオフィスにお連れしました。1時間ほどの面談でしたが、直後の教授の感想は「智のオーラを感じた」というものでした。「智はね、知識の知の下に日の付く智です」と教授の補足説明です。確かに、戦後の日本産業復興を率いたT先生の「知」には凄みがありました。
3.T先生と統計
T先生は、統計のための統計を強く否定していました。それは理論主義を否定し、現場主義を貫いたとでも言いかえることができます。 ある研究会で怒っておられたことが、記憶に残っています。発表者が「正規分布を前提とすると...」と言ったことに対してです。統計学では正規分布は重要な事項ですが、それは認めつつも、理論だけを正面に据えた議論には、T先生は容赦なく「否決」でした。
筆者が1990年にお会いして以降、T先生がいわゆる統計学を肯定的に語られた印象がありません。ただ、T先生は統計学の専門家中の専門家でした。米国の学者と論争したこともあるそうです。 日本の統計学者(特に実験計画法と呼ばれる統計理論)の間では、「田口先生に反論してもよいが、足を向けて寝てはいけない」と言われていたそうです。
4.MITでのシンポジウム
T先生はMIT (Massachusetts Institute of Technology)とも深い交流がありました。1999年にMITで開催されたRobust Engineering(品質工学の英語表現の一つ)シンポジウムでは、T先生が米国企業や大学から非常な尊敬を受けていることを、肌で感じました。多くの方々がT先生の講演に聞き入り、懇親会では言葉を交わそうと列をなしていました。 ちなみに、T先生は1997年に全米自動車殿堂入りを果たしました。
5.9・11テロ直後
2001年9月の同時多発テロの直後、T先生は渡米しました。毎年この時期に行われる米国での品質工学関係のシ...