ポイント⑦結果重視型の戦略実行計画の立案、そして経営資源の集中
前回は、生産財のグローバル・マーケティング戦略 その5 未来シナリオ構想のステップでした。今回は、生産財におけるグローバル・マーケティングの7つ目のポイント、「結果重視型の戦略実行計画の立案、そして経営資源の集中」について考えてみます。以前に紹介した「東レ・炭素繊維」のグローバル・マーケティングのように、海外展開におけるマーケティングにおいて、クロスボーダーのM&A(合併・買収)はほぼ当然のような戦略となっています。このクロスボーダーM&Aは、日本経済新聞の記事(2013年10月18日)によれば、2013年7~9月の件数は、前年同期比で30%増加して166件、買収金額も50%増加して3兆円となっているそうです。昨年末からのアベノミクスにより円安方向に為替が振れているにもかかわらず、企業は66兆円という豊富な資産を活用してクロスボーダーのM&Aに攻勢をかけているのです。
しかし、新聞ではM&A成立件数は発表されるものの、それらがどのような成果に繋がったかはあまりフォローされていません。他社がやっているから、うちも遅れてはいけない! と焦って、綿密な戦略・計画を抜きにしたブームに乗るだけのM&Aは危険です。金融機関の専門家によると、日本企業の場合、一般的にM&Aの成功率は3割だそうです(M&Aを実行する際に設定していた目標を何割達成できたか? という質問への回答結果に基づく)。そして、これがクロスボーダーM&Aとなると2割を切ってしまうと言います。
一方グローバルで考えると、M&Aを連続して行い力強くグローバル展開を図る企業も世界には存在します。GEやシーメンスなどの欧米のグローバル企業は、攻めの買収・売却としてのM&Aを繰り返し行い、事業ドメインにおける覇権を狙い続けています。平行して、M&Aノウハウの蓄積やM&Aプロジェクトのリーダー人材育成を行い、M&Aをシステマティックに行うためのグローバルプラットフォームを構築しています。また昨今では、新興国市場の企業も先進国企業をM&Aして、一気にハイエンド製品や先端技術を獲得するケースもみられます。例えば、インド・タタモーターズによるジャガー、ランドローバーの買収などは象徴的な動きです。
海外企業が、クロスボーダーM&Aという「狩猟型」の武器でグローバル展開をしてくる以上、日本企業も海外市場で戦っていく際に、この武器を使用しないでは済みません。国内でもたとえば日本電産のように、クロスボーダーM&Aの巧者として注目される企業も存在しますが、全体的に見てまだまだ巧者と呼べるほどの企業は多くありません。
M&Aは一般的に「自社の戦略構想」「デューデリジェンス(DD: Due Diligence)」「ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI: Post Merger Integration)」と大きく3つのフェーズに分かれます。戦略実行段階にあたるPMIで成果を出すためには
- (1)M&A契約締結後のPMI実行計画(100日プラン)の早期作成
- (2)ガバナンスやPMI実施体制の確立
- (3)買収先企業との企業理念の共有、修正、浸透
- (4)シナジーを出すためのプロジェクト実行
- (5)ノウハウ蓄積と人材育成
などが成功要因です。この中で、事業成果を出す上で特に重要な「4.シナジーを出すための具体的なプロジェクト実行」について考えてみましょう。
ポイントは大きく以下の4つです。
- ①買収企業と被買収企業双方の同じ理解によるKPI(Key Performance Indicator)設定
- ②本社サイドも参画したモニタリング
- ③リスクを考慮した十分な経営資源の投入
- ④プロジェクトにおける短期の戦略的成果の創出
①買収企業と被買収企業双方の同じ理解によるKPI設定
シナジー効果の見える化のためにKPIを設定し、その進捗状況を両社でしっかりモニタリングしていくことが必要です。KPIがないのはシナジーではない、と言い切る企業もあるほどです。
そこでKPIの定義がポイントとなります。例えば、安全性というKPIひとつとっても、安全とはなにか、安全性を測るKPIはなにか、どのレベルになれば安全なのかなど、企業によって異なるでしょう。日本企業同士のM&AならばKPIのすりあわせは比較的容易かもしれませんが、国境を越えたM&Aの場合、相手企業の国の社会・経済システムや法制度、文化、言語などの「文脈」の違いを考慮して、KPIの内容の「等価性」を担保する必要があります。
KPIの定義に始まり、どのような対象からデータを集めるのか? どのような方法で収集するのか? どのように分析するのか? などの手段まで含めて、丁寧に一つひとつすりあわせて、双方の関係メンバーに浸透させていかなければなりません。買収企業と被買収企業の双方が同じKPIの数字を見たときに、数字が表す現場の事象について、双方が同じイメージを持てなければならないのです。ここがずれていては、シナジー効果を出すための具体的なアクションについての議論など、到底望めません。
またKPIは複数存在するため、それらを俯瞰的に把握しておく必要があります。そこでバランスド・スコアカード(BSC:Balanced Scorecard)のフレームワークを活用するのも良い方法です。ビジョン・戦略をBSCの戦略マップに落とし込み、買収企業と被買収企業の双方で戦略全体を俯瞰的に見ながら、それぞれのKPIの位置づけや最終成果への影響度合い、現状の進捗度合いを見ていくのです。これは双方が議論する上での共通言語、言い換えると「コミュニケーション・プラットフォーム」として使えます。その上で、それぞれのKPIについて各責任者はコミットメントをしていきます。
②本社サイドも参画したモニタリング
被買収企業の経営を、現地市場のことをよく知る既存の経営層に任せて、失敗してしまうケースがあります。買収前の段階で十分に成果を挙げている事業や業務については、既存の経営層に任せておくのが確かに良いでしょう。買収した側の企業から勝手の分からないメンバーを送ると、かえって反発をくらうこともあります。しかしシナジー効果を出すために重要な業務については、買収側からもメンバーを送り、モニタリングと実施をしっかり行います。
また日本企業の場合、M&A契約締結フェーズまでは本社の経営企画や財務部が担当し、M&Aの戦略実施フェーズは事業部が行うことが、大企業ではよく見られます。経営企画が事業部の実態を十分把握せずにM&A締結をしてしまい、PMI対応を急に丸投げされた事業部のほうはモチベーションが上がるわけもなく、消極的な対応となります。よって結果は出ずに、責任は「経営企画がやったこと」となってしまうのです。本社サイドは、M&A締結後の実施フェーズについても責任を取るという、緊張感をもったスタンスで事業部のPMI実行の支援に臨むべきです。それにより自社の事業部からの信頼も得られ、そして一貫性のある対応ができることで、被買収企業にからも信頼が得られ、現場メンバーのモチベーション向上も期待できます。
③リスクを考慮した十分な経営資源の投入
M&A締結後に、改めて詳細に相手企業の情報を収集してみると、締結前には予想しなかったことが判明するリスクがあります。特に新興国企業をM&Aした場合などには、ガバナンスや品質管理、ITインフラといった経営基盤そのものが、先進国と比べてレベルが違う傾向があります。日本企業にとってはあって当たり前のものがないということもあります。
さらにPMIをスタートし、具体的にプロジェクトを買収先と進めていく中で発生するリスクもあります。新興国の場合、法制度や政策、行政の対応が急に変更されることもあり、それに対応することに迫られるかもしれません。それをカバーするために人材や資金、ノウハウなどの追加の経営資源の投入が必要となり計画の修正が必要となります。
対応内容によっては、事業部の権限を越える規模になるかもしれません。そのようなリスクにスピーディに対応するためにも、事業部だけでなく本社サイドの参画が望ましいのです。
④プロジェクトにおける短期の戦略的成...
統合後のシナジーを出すためのプロジェクトは、M&A締結後という非常に不安定な状況でスタートします。被買収企業は、買収企業がどのような方針を打ち出してくるのか? 自分達の仕事はどうなるのか? 技術移転が行われて自社の競争力は高まるのか? 文化が違いすぎて本当に上手くやっていけるのか? と、期待と不安が入り交じった状態になっています。
私が現在注力している「ブレークスループロジェクト」は、このクロスボーダーM&AにおけるPMI実行においても効果があるものです。その特徴である「短期における象徴的な戦略成果の創出」は、PMIスタート時の被買収企業のメンバーの不安を抑え、期待を増大させます。シナジー効果を期待するプロジェクトにおいては、成果をあげたチームをトップが表彰するなどと演出し、成果を連続させることで成功体験が増え、組織的にモチベーションも増大、プロジェクトへの自発的参加者も増え、次第にシーソーが傾くように会社全体に推進力が伝播していきます。これを買収企業と被買収企業が一緒に「共働」「共感」「共創」といった姿勢で行って行くことで、一体感ある組織文化が醸成されていくのです。
日本企業のクロスボーダーM&Aは、締結後、「しばらく様子をみよう」「相手に任せよう」となりがちですが、ブレークスループロジェクトにより、M&A契約締結後に事業成果を挙げるリードタイムの短縮が可能となります。
2014年はTPPなど国家間の貿易協定も進み、クロスボーダーの企業活動はさらに当然のこととなっていくでしょう。日本企業のクロスボーダーM&Aの件数だけでなく、事業成果が出ているという件数も増加傾向になってほしいものです。