突如として始まる大きな変化は企業や社会に厳しい現実を突きつけます。今後、世界がどのように変化していくのか誰も予測できません。一方、先行きを示す手がかりはあり、経営者はそれをもとにして好ましい未来への舵取りをすることができます。しかし、未来を洞察する武器で時代の流れを捉え成長させていくには、予測機能をビジネスモデルに組み込む必要があります。さらに経営者は学者のように物事を見ながら未来を好機に変えるように予測ツールを使いこなしていかなければなりません。今回は、このような背景を踏まえて、デルファイ法の概要を解説します。
1. 未来予測の手法
未来予測の手法は、その対象や目的に合わせて、様々なものが開発されてきました。以下に定量的・定性的手法の例とその特徴を示します。
■主な予測手法とその概要
【シミュレーション法(定量的手法)】
シミュレーション法は、現実の対象や現象から特徴的な要素を抽出してモデル化し、コンピュータなどで模擬することにより、未来の状況を予測する方法。コンピュータの性能向上により、複雑な事象の予測が可能となっている。
ローマクラブは、1972年に「成長の限界」を発表し、人類の未来について、「このまま人口増加や環境汚染などの傾向が続けば、資源の枯渇や環境の悪化により、100年以内に地球上の成長が限界に達する」と警告し、世界各国に衝撃を与えた。
【デルファイ法(定量的手法)】
デルファイ法は、専門家の集団に対して、同一の問いかけを、結果を提示しながら繰り返し行うことで意見の収れんを図る方法。集団の意見の収れんを図るという観点から、合意形成の手段の一つであるといえる。1950年代に米国ランド研究所で開発され、国防計画の策定等に活用されてきており、我が国においても、科学技術庁(現文部科学省科学技術・学術政策研究所)が昭和46年(1971年)に科学技術予測調査を開始し、30年先までの技術動向を予測している。
【シナリオ法(定性的手法)】
シナリオ法は、不確実な未来に対して大きなインパクトを持つ自然環境、社会的・政治的動向、科学的発見、技術革新などを分岐として複数の可能性を設定し、それに至る過程を描く手法。急激な社会変化などが起きた際の迅速な意思決定が可能になる。世界的エネルギー企業のロイヤルダッチシェルは、1970年代初めより、エネルギーの未来に関する長期シナリオを策定し、経営戦略立案に活用している。石油危機が発生する以前に、石油価格高騰シナリオを検討していたことで注目を集めた。
【スキャニング法(定性的手法)】
出版物、インターネット、専門家へのインタビューなどの現在利用可能な情報に基づいて、将来大きなインパクトをもたらす可能性のある変化の兆候をいち早く捉え、それがもたらすインパクトを様々な角度(社会、技術、環境、政策、倫理等)から分析する方法。微細な社会の変化に注目することで、幅広い影響を取り込んだ予測が可能となる。英国では2004年(平成16年)に科学局内にホライズン・スキャニングセンターが設置され、その後各国政府機関やOECD・欧州連合(EU(※9))など国際機関でも取り組まれるようになった。
【ビジョニング法(定性的手法)】
多様な関係者の参画により、現在の状況や課題を把握した上で望ましい未来について議論し、長期目標や戦略的目標を共有する方法。望ましい未来の実現に向けた道筋を併せて検討することにより、バックキャストとしての手法となる。近年の我が国政府における未来予測の取組においては、文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術予測調査」をはじめ多くが本手法を採用している。
【資料:文部科学省作成】 https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa202001/detail/1421221_00004.html 未来予測の手法より引用。
これらの手法の特徴を踏まえ、複数の手法を組み合わせることで、未来予測を行うことが一般的となっています。
2. デルファイ法とは
みなさんはデルファイ法という未来予測の方法をご存知でしょうか?商品開発が主担当の方であれば、聞きなれないワードかもしれません。
デルファイ法は1950~60年代、アメリカのランド社で不確定な将来に対して専門家の知見を集約する手法として実用化されました。特にエビデンスが困難である分野のコンセンサス形成を目的とした「希少疾患における治療評価」[1]や「Minds診療ガイドライン作成の手引き」[2]など医療診断分野での適用事例が複数みられます。
ここでデルファイ法の効果と気を付けたいポイントを解説します。
まずは効果ですが、多様な意見を収集できること、各意見は同等の重みづけで評価できることが挙げられます。はじめの「多様な意見の収集」ですが、デルファイ法では数十人以上の専門家から意見を収集する方法をとるため、可能となります。次に「意見の重みづけ」ですが、アンケートなど匿名で意見を収集するため、権力や権威を持つ人物の意見は正しいと考えるといった余計なバイアスが入らず、個々の見解・価値観による独立した意見を集約することができます。
反対に気を付けたいポイントは、予測する将来に外れがあること、また専門家の定義や選定方法が妥当であるか、意図した方向への誘導が行われないかなどが挙げられます。いうまでもありませんが、予測は絶対そうなるものではありません。デルファイ法はあくまで、新商品企画など何かを決めるためのインプット情報として、もしくは医療診断分野のようなコンセンサス形成を目的としたアウトプットであることを忘れないようにしましょう。専門家の定義や選定方法、集約するための特定意見への誘導を抑止するためには、事務局側は複数人チームで公正を意識し、事務局員の意見を入れない運用ルールを徹底することが必要です。
最後にデルファイ法の基本的な実施方法を解説します。
【デルファイ法の基本的な実践方法】
- 意見集約したい項目について、アンケートを作成する
- 専門家(50人以上が望ましい)にアンケート記入を依頼する
- アンケートを回収し、不明点について専門家にヒアリングを行う
- 必要であれば結果をグルーピングし、匿名でアンケート結果を専門家にフィードバックする
- 専門家は匿名の意見を確認し、再度アンケートに回答する
- ③~⑤を3回以上、繰り返す
- 意見を集約し、専門家の最終見解として結果をまとめる
3. デルファイ法の活用事例
先にもデルファイ法が医療診断分野で、主にコンセンサス形成を目的として活用されていることを紹介しましたが、他分野ではどのような活用がされているでしょうか。
例えば、文部科学省に設置された科学技術・学術政策研究所が行っている未来予測[3]があります。2040年の科学技術の未来像を描くために、7分野計74名による検討で702個のトピックを設定し、産学官の専門家約2,000名から意見を集め、デルファイ法による回答の収れんを行った経緯が科学技術白書令和2年版に記されています。
海外でも欧州委員会「BOHEMIA」が、Horizon Europeの準備のための調査として科学技術・経済・社会イノベーションシステムの動向調査を行った事例[4]があります。
4. ものづくり企業で考えられる活用法
ここまでデルファイ法は、未来予測や医療診断など専門家による合意形成を目的とした活用事例を紹介しましたが、ものづくりに従事するみなさんの実業務において、どのような活用が考えられるでしょうか?
今回は2つの活用事例を紹介します。
一つ目の活用先は、商品企画のインプット情報として将来の環境変化を予測することです。ご承知の通り、衣食住といった顕在ニーズのほとんどが満足できている現在では、潜在ニーズを満たす商品が求められています。新商品を企画する上で、個人の思いだけでは偏りが生じてしまうでしょう。ターゲットや市場をよく知る専門家、つまり社内の営業部門やマーケティング部門、事業計画部門の担当者とともにデルファイ法による未来予測に取り組むことが新商品の確度を高める一助となるは...
二つ目の活用先は、プロジェクト計画の見積もりです。特に技術的に新規性が高い分野の開発テーマは、開発工数を見積もることが難しく、当てずっぽうではズレが生じてしまいます。過去に行った新規性が高い技術開発テーマの開発リーダーを数名~十名程度選定し、開発工数の見積もりや発生すると考えられるリスクなどをデルファイ法でまとめます。専門家は社内に限れば数名となってしまうかもしれませんが、技術分野が同じ、もしくは近い分野の開発リーダーであれば、単なるスケジューリングだけではなく自社特有のリスク情報や解決ノウハウ、ヒントが得られるはずです。
【参考文献】
[1] Ftontiers in Haemophilia 希少疾患における治療評価のエビデンス創出とデルファイ法について教えてください,株式会社メディカルレビュー社,2020.4
[2] Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017,公益財団法人日本医療機能評価機構,2017 年 12 月 27 日版 ,
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/guideline/pdf/manual_all_2017.pdf
[3] 科学技術白書 令和2年版
第2章 2040年の未来予測-科学技術が広げる未来社会-(Society 5.0),
科学技術・学術政策研究所,
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2020/06/15/1427221_003.pdf
[4] 国・機関が実施している科学技術による将来予測に関する調査〈報告書〉, 、公益財団法人未来工学研究所,令和2年2月
https://www.mext.go.jp/content/20200520-mxt_chousei01-100000404_1.pdf