顧客の現場にある自社製品は、『トロイの木馬』

1.自社にとっての既存顧客の価値とは

 マーケティングの言葉にLTV(顧客生涯価値)という言葉があります。これは、ある顧客がその生涯において自社にいくらの利益を提供するかを示します。顧客の獲得には投資が必要ですので、その投資と比較したリターンの指標として使われるものです。

 この概念は、顧客は1回限りの取引でなく、長期にわたって収益を生み出す対象として考えようという意味で重要です。しかし、既存顧客を直接的な累積利益という金銭価値の源として見るだけでなく、自社の製品の周辺に関わる様々な情報の情報源として見ることで、顧客の価値はさらに拡大します。

 

2.顧客現場にある自社製品を活用する『トロイの木馬』作戦

 既存の顧客は、自社製品を買ってくれただけではなく、『今』自社製品を使っている顧客でもあります。『今』その製品を使うことで、顧客の現場では様々な不満や顧客自身も気がついていないような問題が発生していたりします。これらの不満や潜在化した問題は、自社の今後の製品開発や技術開発に極めて重要な情報をもたらすのです。

 つまり顧客の現場にある自社製品は、『トロイの木馬』なのです。『トロイの木馬』はご存知と思いますが、ギリシャ神話の中でギリシャ軍がトロイを陥落させるために、大きな木馬を作ってその中に自軍の兵士を隠し敵の城内に運びこませ、夜中にこっそり抜け出した兵士が自軍を敵の城内に引き入れトロイを陥落させたという話です。

 顧客は敵ではありませんが、「自社の人間」が顧客の現場に入る機会は滅多にありません。しかし「自社製品」は、顧客の家、事務所、工場の中で、堂々と稼働することができます。その存在を通じて、顧客を理解する機会があるのです。

 

3.自社製品を活用した情報獲得事例

 『トロイの木馬』作戦を一番活用しやすいのが設備機器です。例えば、フィンランドにKCI Konecraneという天井走行クレーンのメーカーがありますが、この会社は自社(および他社)の天井走行クレーンの保守点検を重要な一事業として位置づけています。同社は他社製品を含め世界中に数十万といわれるクレーンの保守を行なっており、そこから大変貴重な情報を手に入れています。同社はアニュアルレポートで、以下のように表現しています。
「Our R&D work is inspired by feedback from our maintenance database covering information on both our own and competitors’ equipment.」

 まさに、顧客の現場に設置されたクレーンの使用情報を収集し、その情報を製品開発や技術開発に活用しているのです。近年様々な分野でビッグデータの活用が話題を集めていますが、同社ははるか前からこのような活動を行っています。自社のサービスマンは、顧客現場に設置された製品についての保守・修理のために堂々と顧客の工場や事務所に入り込むことができるため、これらサービスの情報や機会を使わない手はありません。残念ながら、多くの企業においてサービス情報やサービス部門は戦略的に活用されていません。

 その理由の一つは、一般的にサービスは極論すると自社が製品を売るためにどうしても行なわなければならない必要悪、企業の主要な関心の対象である製品を売るという活動の後の面倒な活動・コストと考えられているからです。その証拠に、ほとんどの企業においてサービス部門の社内での地位は低く、サービス部門出身で社長になると言う話はほとんど聞きません。

 その中で、小松製作所はサービス部門出身の坂根氏(現相談役)が社長になった珍しい会社です。小松製作所では、この坂根社長が自分自身のサービスでの経験から、有名なビジネスモデルであるKOMTRAXのプロジェクトを推進し、完成させました。KOMTRAXは自社の建機にセンサーを取り付け、その稼動情報をセンターで収集し、様々な目的に活用するというものです。KOMTRAXはまさに『トロイの木馬』作戦の代表例と言うことができます。

 

4.顧客現場の製品とつながる工夫

 上の例のように、設備機器メーカーにはこの『トロイの木馬』作戦を展開する活動を強くお勧めします。このトロイの木馬作戦というと直ぐにIT技術と結びつ...

けてしまいそうですが、ITでは技術やコスト上の制約が出てくる可能性があるため、超大企業でしか利用できないと考えがちです。しかしITを使わなくても、いろいろな手段がありますし、その利用も最初は小さくスタートし、少しづつ範囲を拡大していくというアプローチが現実的です。

 例えば、サービスマンの活動を単なる顧客製品の保守や修理に限定せず、現場での顧客の操作訓練や、従来の保守範囲の拡大、顧客訪問の機会を利用した様々な質問やアンケートとそれら情報の集約など、顧客との接点を増やす工夫は色々と考えられます。

 ここで機転が利く人は、それであればサービスマンに営業までやってもらえば効率的と思うかもしれません。しかしこれはお勧めしません。なぜならせっかく心を開いてくれた顧客が、営業担当者には心を閉じてしまうからです。あくまでこの活動の目的は顧客を「深く知る」ことであり、重要な「自社製品を売る」という活動がそれを妨げてはいけません。

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