意匠と著作権 意匠法講座 (その6)

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1.意匠は著作権法で保護されるのか

 
(1)「幼児用椅子」判決
 
 前回の第6回に続いて解説します。平成27年 4月14日、知的財産高等裁判所で画期的なな判決が出ました。下に示す「原告製品」は美術の著作物と認められ、著作権法で保護されるという内容です。結論としては、原告「著作物」の特徴点(とりわけ後ろ側に脚がない点)を被告製品は備えていないことを理由に、著作権侵害は否定されています。
 
 そうではあっても、実用品であり、格別装飾が施されているものでもない原告製品が著作物であると認められたこの判決は、専門家の間で驚きを持って受け止められました。従来、実用品のデザインは意匠法で保護されるべきものであって、純粋美術と同視し得る程度に鑑賞の対象になる場合に限り、例外的に著作権法でも保護される、というのが裁判所の考え(判例)でした。ドイツの「段階理論」と呼ばれる考え方にならったものと理解されているようです。
 
              意匠法
 
(2)意匠法と著作権法
 
 意匠法は、再三述べているように、産業の発達を目的とする法律であり、工業的手法で量産される物品のデザインを「意匠」として保護するものです。他方著作権法は、文化の発展を目的とする法律であり、思想感情の創作的表現を「著作物」として保護しており、保護の対象は原則として一品生産品です。
 
 そして二つの制度の間には以下のような大きな差異があります。第一に、意匠権は特許庁に登録しなければ発生しませんが、著作権は著作物の完成と同時に、何の手続きも必要とせずに権利が発生します。第二に、意匠権の効力は登録意匠と同一又は類似する意匠の実施(製造・販売・使用など)に及ぶだけですが、著作権の効力は著作物の複製のほか、翻案(改変)、写真撮影等にも及びます。そして、権利の存続期間は、意匠権は登録後20年間であるのに対して、著作権は著作者の死後50年です。
 
 このような違いが、法目的の違いに加えて、量産品(著作権的には、条文に規定はありませんが「応用美術」といいます。)を著作権で保護することに消極的に働いています。特に効力の違いが産業活動を萎縮させるのではないかという危惧があり、有効な解決策は提示されていないようです。著作権の怖さはオリンピックのエンブレム問題で広く知られるところとなりました。したがって、上掲判決が出たとしても、今後この考え方が急拡大するとは思えません。
 

2.著作権での保護事例

 
 以下、代表的な裁判例を示します。
 
(1)「博多人形」事件(請求認容)
   (長崎地裁佐世保支部昭和47年(ヨ)53号、昭和48年2月7日決定)
 
 裁判所は次のように述べています。「意匠と美術著作物の限界は微妙な問題であって、両者の重畳的存在を認め得ると解すべきであるから、意匠登録の可能性をもって著作権法の保護の対象から除外すべき理由とすることもできない。したがって、本件人形は著作権法にいう美術工芸品として保護されるべきである。」伝統工芸品であることが著作物と認定される要因になっていると思います。
 
                                                            意匠法
 
(2)「Tシャツ」事件(請求認容)
    (東京高裁昭和51年(ワ)10039号 昭和56年4月20日判決)
 
  裁判所は次のように述べています。「Tシャツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追及して制作されたものと認められ、純粋美術としての絵画と同視し得るものと認められ、著作権法上の美術の著作物に該当する。」絵柄とTシャツの「ものとしての機能」とが切り離せることが、著作物と認定される要因になっていると思います。作者は画家であったことも影響しているかもしれません。
 
(3)「佐賀錦袋帯」事件(著作物性否定)
       (京都地裁昭60(ワ)1737号 平成元年 6月15日判決)
 
 裁判所は次のように述べています。「本件図柄甲は、帯の図柄としてはそれなりの独創性を有するものとはいえるけれども、帯の図柄としての実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるほどのものとは認め難い。」実用品の著作物保護を原則否認する立場を鮮明に示しています。なお、この事件では不法行為を認め、後の不正競争防止法「模倣禁止規定」制定のきっかけとなっています。
 
(4)「ニーチェアー」事件(請求棄却)
  (最高裁平成2年(オ)第706号、平成3年3月28日判決)
 
 最高裁は次のように述べた高裁判決を支持しています。「椅子のデザインは実用面及び機能面を離れて完結した美術作品として専ら美的鑑賞の対象とされるものとはいえないから、同項の「美術工芸品」に該当せず、同法10条1項4号の「その他の美術の著作物」ともいえず、同法2条1項1号の「思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の範囲に属するもの」ともいえず、それゆえ、椅子のデザインは、「著作物」として同法の保護の対象となるものではない。」 冒頭に示した「幼児用椅子」の判決は、この判断に対抗するものです。
 
                                                                      意匠法
 
 
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1.意匠は著作権法で保護されるのか

 
(1)「幼児用椅子」判決
 
 前回の第6回に続いて解説します。平成27年 4月14日、知的財産高等裁判所で画期的なな判決が出ました。下に示す「原告製品」は美術の著作物と認められ、著作権法で保護されるという内容です。結論としては、原告「著作物」の特徴点(とりわけ後ろ側に脚がない点)を被告製品は備えていないことを理由に、著作権侵害は否定されています。
 
 そうではあっても、実用品であり、格別装飾が施されているものでもない原告製品が著作物であると認められたこの判決は、専門家の間で驚きを持って受け止められました。従来、実用品のデザインは意匠法で保護されるべきものであって、純粋美術と同視し得る程度に鑑賞の対象になる場合に限り、例外的に著作権法でも保護される、というのが裁判所の考え(判例)でした。ドイツの「段階理論」と呼ばれる考え方にならったものと理解されているようです。
 
              意匠法
 
(2)意匠法と著作権法
 
 意匠法は、再三述べているように、産業の発達を目的とする法律であり、工業的手法で量産される物品のデザインを「意匠」として保護するものです。他方著作権法は、文化の発展を目的とする法律であり、思想感情の創作的表現を「著作物」として保護しており、保護の対象は原則として一品生産品です。
 
 そして二つの制度の間には以下のような大きな差異があります。第一に、意匠権は特許庁に登録しなければ発生しませんが、著作権は著作物の完成と同時に、何の手続きも必要とせずに権利が発生します。第二に、意匠権の効力は登録意匠と同一又は類似する意匠の実施(製造・販売・使用など)に及ぶだけですが、著作権の効力は著作物の複製のほか、翻案(改変)、写真撮影等にも及びます。そして、権利の存続期間は、意匠権は登録後20年間であるのに対して、著作権は著作者の死後50年です。
 
 このような違いが、法目的の違いに加えて、量産品(著作権的には、条文に規定はありませんが「応用美術」といいます。)を著作権で保護することに消極的に働いています。特に効力の違いが産業活動を萎縮させるのではないかという危惧があり、有効な解決策は提示されていないようです。著作権の怖さはオリンピックのエンブレム問題で広く知られるところとなりました。したがって、上掲判決が出たとしても、今後この考え方が急拡大するとは思えません。
 

2.著作権での保護事例

 
 以下、代表的な裁判例を示します。
 
(1)「博多人形」事件(請求認容)
   (長崎地裁佐世保支部昭和47年(ヨ)53号、昭和48年2月7日決定)
 
 裁判所は次のように述べています。「意匠と美術著作物の限界は微妙な問題であって、両者の重畳的存在を認め得ると解すべきであるから、意匠登録の可能性をもって著作権法の保護の対象から除外すべき理由とすることもできない。したがって、本件人形は著作権法にいう美術工芸品として保護されるべきである。」伝統工芸品であることが著作物と認定される要因になっていると思います。
 
                                                            意匠法
 
(2)「Tシャツ」事件(請求認容)
    (東京高裁昭和51年(ワ)10039号 昭和56年4月20日判決)
 
  裁判所は次のように述べています。「Tシャツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追及して制作されたものと認められ、純粋美術としての絵画と同視し得るものと認められ、著作権法上の美術の著作物に該当する。」絵柄とTシャツの「ものとしての機能」とが切り離せることが、著作物と認定される要因になっていると思います。作者は画家であったことも影響しているかもしれません。
 
(3)「佐賀錦袋帯」事件(著作物性否定)
       (京都地裁昭60(ワ)1737号 平成元年 6月15日判決)
 
 裁判所は次のように述べています。「本件図柄甲は、帯の図柄としてはそれなりの独創性を有するものとはいえるけれども、帯の図柄としての実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるほどのものとは認め難い。」実用品の著作物保護を原則否認する立場を鮮明に示しています。なお、この事件では不法行為を認め、後の不正競争防止法「模倣禁止規定」制定のきっかけとなっています。
 
(4)「ニーチェアー」事件(請求棄却)
  (最高裁平成2年(オ)第706号、平成3年3月28日判決)
 
 最高裁は次のように述べた高裁判決を支持しています。「椅子のデザインは実用面及び機能面を離れて完結した美術作品として専ら美的鑑賞の対象とされるものとはいえないから、同項の「美術工芸品」に該当せず、同法10条1項4号の「その他の美術の著作物」ともいえず、同法2条1項1号の「思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の範囲に属するもの」ともいえず、それゆえ、椅子のデザインは、「著作物」として同法の保護の対象となるものではない。」 冒頭に示した「幼児用椅子」の判決は、この判断に対抗するものです。
 
                                                                      意匠法
 
 

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この記事の著者

峯 唯夫

「知的財産の町医者」として、あらゆるジャンルの相談に応じ、必要により特定分野の専門家を紹介します。

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