1. 工業製品の品質向上、欠陥対策に向けた光学顕微鏡の活用事例
光学顕微鏡は、様々な分野で古くから使われており、観察倍率が低いことや定量的な情報が得られにくいことから、古典的なツールとして捉えられがちです。
私は、長年開発現場で働いていましたが、評価、計測機器としては金属顕微鏡を最も多く用いました。必要に応じて走査型電子顕微鏡(SEM)や各種分析装置、計測機器も用いましたが、サンプルを作成した時や問題が発生した場合は現物をまず肉眼で確認し、その後金属顕微鏡で確認するということを必ず行っていました。倒立型金属顕微鏡を使えば多くの場合観察サンプルの切り出しが不要で、蒸着処理等の前処理も不要なため使い勝手が良く、目視の延長上として情報を捉えられ易かったためです。今日、デジタルマイクロスコープの普及もあり、非常に多くの研究・開発現場、生産現場で光学顕微鏡が使われていますが、充分にその機能が活用されていないように思えます。
光学顕微鏡の原理や取り扱いに関する詳しい解説書は、世の中に沢山ありますので、ここでは光学顕微鏡の原理や細かい使い方は割愛し、工業製品の品質向上、欠陥対策に向けた光学顕微鏡の活用について実務的な話を中心に解説します。
2. 光学顕微鏡で何が見えるか
通常の光学顕微鏡は、可視光線を観察に用います。可視光線は0.36~0.83μm程の波長の電磁波です。可視光線を利用するが故に色の識別ができる反面、観察倍率を上げられない理由にもなっています。光学顕微鏡の観察倍率は、実用的には1000倍以下で、水平分解能(2つの点を識別できる最小の距離)は0.2μm程度です。したがって、光学顕微鏡はミクロンオーダーの観察に適した観察装置だということです。但し、微分干渉観察を用いると垂直分解能は1nm程度で、SEM(走査型電子顕微鏡)の垂直分解能を上回り、非常に微小な凹凸の観察が可能になります。
3. 光学顕微鏡と電子顕微鏡の比較
今日、光学顕微鏡以外に電子顕微鏡、走査型プローブ顕微鏡、超音波顕微鏡等様々な原理を利用した顕微鏡が使用されています。また、光学顕微鏡も紫外線顕微鏡、赤外線顕微鏡、レーザー顕微鏡等様々なものがあります。表1に多くの現場で利用される汎用SEMと通常の光学顕微鏡について比較しました。
表1. 光学顕微鏡とSEMの比較
SEMは光学顕微鏡に比べ、分解能が高く数十万倍まで拡大した観察が可能で焦点深度が深いという利点があります。一方、光学顕微鏡は色を確認できること、観察試料の事前調整がほぼ不要であること、真空引きの必用がないので観察が迅速に行える等の利点があります。さらに近年では、複数画像を合成することで光学顕微鏡の欠点である焦点深度の浅さもカバーされています。
4. 光学顕微鏡の種類
光学顕微鏡には様々な種類、観察方式があります。観察方法がそのまま光学顕微鏡の種類になっている場合もありますが、ここでは理解しやすいように表2のように光学顕微鏡を大別しました。
表2. 光学顕微鏡の分類
生物顕微鏡は、主に生物分野で使用され、透過照明でプレパラート標本等の観察を行う顕微鏡で、透過型顕微鏡とも呼ばれています。金属顕微鏡は、光を対象物に当てその反射光を観察する方式の顕微鏡で、主に工業用途で用いられ、落射型顕微鏡あるいは反射型顕微鏡とも呼ばれます。近年、広く普及したデジタルマイクロスコープも工業用途で用いる場合には通常反射光を観察する方式になるので、その意味では金属顕微鏡の一種と考えて良いでしょう。
5. 金属顕微鏡の観察方法による分類
金属顕微鏡ですが、観察方法によって試料の見え方が大きく変わってきます。金属顕微鏡の観察方法を分類したものが表3になります。
表3. 金属顕微鏡における観察法
6. 顕微鏡観察事例
観察例として、➀スマートフォンの裏側、②印刷物、③ボタン電池について顕微鏡観察画像を掲載しました。
写真2~4はスマートフォンの裏側のロゴと周囲の境目を拡大したものです。写真2~4を見ると、肉眼では非常に平滑に見え、明視野観察や暗視野観察では分からないロゴの部分の微妙な凹凸を微分干渉観察で確認することができます。
写真5~7は名刺に印刷された濃紺のラインを拡大したものです。写真上では上部がインクの載っている部分です。暗視野観察ではインクが単一色ではなく、様々な色のインクが重ねられていることが分かります。
写真8~10は使用後のボタン電池正極面の拡大画像ですが、暗視野観察では表面の擦り傷を良く見ることができます。微分干渉観察では細かな擦り傷が見えにくいですが、ボタン電池の表面の微妙な凹凸が良く分かります。
7. 光学顕微鏡活用の勧め
このように光学顕微鏡は、単純にものを拡大して見せてくれるだけではなく、観察方法を変えることで見たいものを...
強調して通常の観察では得られない情報を得ることが可能です。
今回は適当な試料がなかったため撮影できませんでしたが、樹脂の球晶や金属組織等、複屈折性を持つ試料は偏光観察を利用することで確認することが可能です。多機能の金属顕微鏡を用いれば、一台で明視野観察、暗視野観察、簡易偏光観察、微分干渉観察全てに対応できます。さらに透過照明装置を取り付ければ、フィルムの分子配向の状態や透明樹脂成形品の内部ひずみ、繊維、エマルションの観察も可能です。
また、光学顕微鏡は、観察がオペレーターに任せにならず、技術者自らが直接試料を観察できる装置です。観察方法を変えながら技術者が自分の目で直接製品の出来栄えや欠陥を見ることは、製品開発や品質問題への対応をする上で非常に重要なことです。
ものづくりや不良対策では製品の出来栄えを正確に把握しなければなりません。その際、光学顕微鏡を上手に利用すれば非常に役に立つツールになるはずです。 皆さん、光学顕微鏡の活用を見直してみてはいかがでしょう。
【参考文献】
[1] 小松敬:光学顕微鏡の基礎と応用(1)~(5)応用物理 第60巻 第8号~第12号(1991)
[2] オリンパス株式会社webサイト
[1] 小松敬:光学顕微鏡の基礎と応用(1)~(5)応用物理 第60巻 第8号~第12号(1991)
[2] オリンパス株式会社webサイト