今回、紹介する機械加工メーカーは、Y工業です。同社は、プリント基板への微細穴あけ加工の事業において40年の歴史があり、その専門技術の高さにより、これまで安定した事業を行なってきました。しかしこの分野においては、レーザー加工技術の進化によってその加工方法は変化しており、同社を取り巻く事業構造も変化しています。そこで同社は、これまでに培ってきた微細加工技術を活かし、新たな事業分野を拡充しようとしています。今回は、そういった同社の活動を取りあげ、特に商流が固定されていると言われる、筆者の活動拠点であるここ中部地方において、新事業を開拓していく一つのあり方を見ていきましょう。
1. 新事業展開の模索
同社は、既存技術である微細穴あけ技術を活かした新事業展開を模索していましたが、具体的にどのようなアクションをとればよいのかわからなかったようです。というのも、既存事業においては主要取引先がすでに決まっており、新規取引先を開拓するような営業の必要はなかったためです。また、新規事業とはいえ、新たに売り物となる製品や加工技術が無ければ、営業をかけることもできないのです。そこで筆者と共に、新たに柱となる加工技術を導入するところからはじめることとなりました。
2. 新たな顧客開拓
プリント基板の微細穴あけ加工で用いる要素技術をブレークダウンすると、工具の振れ精度など精密な段取り技術や、加工素材を複数重ね、バリを発生させずに加工するノウハウ、また毎日万を越えて加工する極小穴の品質管理技術などがあります。一方、金属加工の分野においても、微細加工や従来以上に高まる品質管理技術の需要が益々高まっていることはよく知られています。そこで同社は、強みである微細加工技術を、金属加工分野で効率よく行なうために、5軸マシニングセンター(以下、「5軸MC」)とそこで用いるCAD/CAMを合わせて導入し、金属加工分野への参入を果たしました。
今後、すでに成熟されているこの市場において、新たな顧客を開拓していくためには、汎用的にさまざまな加工に対応できる知識と技術が必要になります。そのため、切削加工だけではなく、他の加工方法も含めた周辺知識も必要となりますが、その点について筆者と取り組んだ活動については、連載の次回で詳しく紹介します。
さて、中部地方で活発な自動車部品加工におけるサプライチェーンにおいて、昨今、特に価格競争は熾烈を極め、金属加工を営む中小サプライヤーは「短納期」と「ワンストップ対応」を強みとし、受注合戦を繰り広げています。この競争の中にどう参戦していくのか、今後同社が判断していくことの一つですが、どのような業種においても、ビジネスを優位に行なっていくために必要なことは、「参入障壁」の高さです。
参入障壁とは、まさに文字通り、企業が異なる事業分野や市場に新規参入する際、ハードルとなる壁です。これが高ければ高いほど、自分の事業領域への他社からの参入を防ぎ、仕事を獲られることは少なくなるというわけです。例えば、スケールメリットを必要とする。既存製品が差別化されている。巨額の投資が必要になる。流通ルートが決まっている。許認可が必要で参入制限がある。といった理由から、新規企業の参入が妨げられるといった例があります。
金属加工の分野においては、独自性の高い製造技術やプロセス、管理技術を必要とするような製品を扱うことで、ライバル企業を減らしていくことができるでしょう。また、金属加工においては、高性能なソフトウェアや機械設備を導入すれば、良い製品が自動的に出来るということはなく、「経験曲線効果」と呼ばれる、永く蓄積された実績に伴って高くなる参入障壁もあります。
3. 5軸MCに期待すること
同社における新事業の担当者は、もちろん金属加工についてスタートラインについたばかりです。しかし筆者の経験上、精度の高い5軸MCを使うことで、次のような効果が期待でき、そのハンデを補うことができると考えています。
・多面加工を行なう際、基準位置と直角精度を楽に確保できる。
・クランプが困難な、異形の形状の溶接製缶品や鋳造素材であっても、3軸マシニングよりも楽にクランプできる。
・多面加工であっても、少ない段取り替えで加工できるため、加工工程を検討しやすい。
これらの例に挙げたようなメリットを活かすことで、3軸加工で行なう場合に必要となる職人技術の習得時間を、短縮できる効果があります。最近の傾向として、加工そのものについてはCAMの機能が向上したことで、オペレーターの技能によらず、ある程度の加工生産性は確保できる時代になりました。しかし、ワークの段取り方法や加工工程の検討は、CAMの機能に関係なく、個人差も発生し、いまだに属人的な要素の強い職人的な作業です。
展示会などで披露される、インペラ加工に代表されるような同時5軸加工は、従来技術と比較して、派手さがあり高度な加工です。しかし、金属加工分野で行なわれている日常的な部品加工においては、割り出し5軸で行なうような多面加工を、3軸加工で行なっているケースが圧倒的に多いのです。こうした加工は、工程の順序やバイス・治具をいかに活用するかといったノウハウが必要になり、こうした場面でこそ5軸MCが効果を発揮するでしょう。
尚、CAD/CAMは筆者も使っているhyperMILLを導入しました。以前にも書きましたが、このソフトは同時5軸加工で評価が高く、金型の自由曲面の加工だけでなく、2次元加工を含む部品加工にも使いやすい汎用的な3次元CAD/CAMです。この点については、今後の同社の事業展開にも適しています。こうした設備導入を行なった同社は、次回で詳しく紹介する企業連携により、さっそくプレス金型の設計と機械加工、航空機部品の5軸加工に着手しています。
これらの仕事は、穴加工やポケット・輪郭加工などの2次元加工、金型意匠面の3次元自由曲面の切削加工、アル...
ミ合金素材への同時5軸加工を、一つのCAD/CAMで行なうため、まさに汎用3次元CAD/CAMの利便性が発揮されるところです。
4. 事業連携、OFF-JT、産学連携による共同研究
こうして同社は、新規に営業をかけていくための基盤技術を得るスタートをきったわけですが、まだその課題は山のようにあります。金属加工業界の同業他社に対し後発となる同社は、その課題を早期に解決していくため、① パートナー企業との事業連携、② OFF-JTの活用、③ 産学連携による共同研究の3つの活動に着手しています。
特に企業連携については、筆者のクライアント企業などのネットワークを活用して、人材育成と販路開拓の両面を行なっています。連携企業同士がWinWinとなることで、お互いにメリットを得たり、企業の成長につながることを狙っているのです。この3つの活動の詳細については、次回で詳しく述べます。新たな事業分野への開拓に意欲を燃やす同社に大きな期待をしているところです。
この文書は、『日刊工業新聞社発行 月刊「型技術」掲載』の記事を筆者により改変したものです。