普通の組織をイノベーティブにする処方箋 (その10)

 

 
今回は、イノベーションと密接な関係にあるリスクについて、解説します。
◆関連解説『事業戦略とは』
 

1. イノベーションと不確実性は表裏の関係

 
 イノベーションの一つの本質として、不確実性と表裏一体であるという点があります。イノベーションとはこれまでない新しい顧客価値を実現するものです。したがって、第一にその価値に対する顧客のニーズが本当に存在するのか?そして第二に、その価値を本当に製品やサービスとして技術的、コスト的に実現することができるのか?という2つの面からの不確実性が存在します。すなわち「不確実の二乗」であり、それ故その不確実性には大きなものがあります。
 

2. イノベーションの阻害要因:「不確実性の二乗」から生まれるリスクへの恐怖

 
 なぜこれまで長い機会にわたりイノベーションの重要性がうたわれながら、日本企業はイノベーションを実現できていないのでしょうか。私はその大きな理由が、この「不確実性の二乗」から生まれるイノベーション、すなわち新たな取り組みから生じるリスクに対して、経営者も社員も、潜在的に恐怖を感じているからではないかと思っています。誤解を恐れずに言えば、日本企業が経営において最も重要視する品質やコストへの徹底した追求は、この恐怖の裏返しです。つまり、不確実性を悪とし、確実な対象物に対し、確実な方法で、利益を絞り出そうという考え方です。この活動自体は、決して悪いことではありません。
 
 しかし、以下(元日立製作所CEOの川村隆氏の日立製作所の副社長時代を振り返っての記述)は、イノベーションへの取り組みの例ではありませんが、川村氏が述べているように、現在の環境変化の激しい状況において、日々の従来からの当り前の仕事だけ、すなわち確実性の高い仕事だけをし続けること程、むしろリスクの高いことはありません。社内の会議が終われば、客先に挨拶に出向き、午後は日立が納めた発電機の運転開始セレモニーに出席する、といった具合でスケジュール帳はいつも真っ黒です。ですが、なぜか自分の中で「しっかり仕事をした」という実感が湧かない。この時期、世界的なIT不況で日立は5千億円近い巨額の赤字を計上し、希望退職を募るなど危機の時代でした。にもかかわらず、包み隠さず打ち明けると、当事者意識がやや希薄だったのです。
 
 それなのに日々の膨大な仕事量に流されることを良しとしてしまった。自覚はなかったが、一種の逃避をしながら、懸命に働いている形を作っていた、と言われても仕方がない。忙しく髪を振り乱して働いている人間が本来の仕事をしているとは限らないことが分かった4年間だった。(日本経済新聞2015年5月「私の履歴書、川村隆」)
 

3. イノベーション実現の大前提:リスクは必然と理解し積極的に対峙する姿勢

 
 そもそもイノベーションは、イノベーションと...
表裏の関係にある不確実性やその結果生じるリスクに積極的に取り組もうという姿勢がなければ、始まりません。日本企業の多くに欠けているのが、このリスクを必然と理解して積極的に対峙する姿勢です。ここで言っている「積極的」は、企業における最優先事項としてという極めて高いレベルで定義しています。残念ながら、この点において日本企業は、アジアの新興国の企業に大きく劣っています。どうしたら日本企業が「リスクは必然と理解し積極的に対峙する姿勢」を持てるのでしょうか。次回はこの議論をしたいと思います。
 
  

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