「版離れ」のメカニズム 高品質スクリーン印刷標論(その11)
2018-05-30
【目次】
高品質スクリーン印刷の実践を目的とする皆様の標となるように、論理的で整合性のある解説を心掛けたいと思います。前回のその10に続いて解説します。
「版離れ」のメカニズムとは、スクリーン版の乳剤開口部に充てんされたインキを基材に接触し転移させるものです。スクリーン版は、他の印刷の刷版とは異なり、柔軟性を有し、一定の厚みを有するため、このメカニズムの理解が困難であると思われます。
スクリーン印刷が他の印刷より厚い膜で粘度の高いインキを安定して印刷できるのは、厚みを有するスクリーン版での「版離れ」の原理があるからです。例えばグラビア印刷では、版の凹版に充てんされたインキは、基材に接触し、その密着力だけで転移されるため、インキ層の中間部で分断されますので、古いインキが版に固着しやすくなります。
スクリーン印刷は、スキージ移動で刷版の上から、毎回、新しいインキを乳剤開口部に充てんできます。そして、スクリーン版の反発力で基材から離れる「版離れ」の原理がるため、高粘度インキが使用でき、厚い膜を安定して印刷できます。
図1のようにスクリーン印刷の「版離れ」は、画線部であるスクリーンメッシュの中に充てんされたインキを連続的に基材に転移させるメカニズムです。つまり、一定の厚みのあるメッシュの中に充てんされたインキを一定の時間で均一に引き剥がすイメージです。このため、インキの粘着力が大きく版離れに要する時間が長すぎると、「版離れ」が遅れます。適正な「版離れ」のためのスクリーン版の十分な反発力が必要...
となります。逆に、シリンダー印刷機などで、引き剥がす速度が速すぎるとインキが断裂して、「欠け」が発生することがあります。
図1. スクリーン印刷の「版離れ」
パターン面積が大きい場合、スキージのストローク途中で「版離れ」が遅れることがあります。そしてこの「版離れ」の遅れが刷り終り部にかけて増大して、印刷不具合を起こすことがあります。「版離れ」の遅れは、ラインパターンの場合は、にじみなどの解像性不良であり、ベタパターンの場合は、膜厚不良、色調不良として現れます。
スクリーン印刷では、昔から、印刷パターンサイズをスクリーン版の内寸の縦横1/3、つまり、面積で1/9程度に小さくすると印刷が安定すると言われてきました。これは、1/9の大きさであれば、印刷パターン全体で「版離れ」不具合が起きにくく、安定した印刷ができるからです。
しかし、実際には、生産性の観点から少なくとも縦横枠内寸の50%以上、できれば60%程度の印刷パターンでの印刷が必要とされ、「版離れ」の適正化が重要な課題となっています。なぜ印刷パターン中央部で「版離れ」の遅れが発生するのか考えたことはありますか。
「スクリーン版の中央部のテンションが周囲部より低いため」と答える方が多いと思います。では、刷り終り部にかけて「版離れ」の遅れが増大するのは、なぜでしょう。「パターン中央部で版離れが遅れると、版と基材との接触面積が大きくなり、密着力が大きくなるため「版離れ」が更に遅れる」と答える方が多いと思います。私も、昨年まで、同じように考えていました。これは、間違いであることが分かりました。実は、「版離れ角度」が「版離れ」性に大きな影響を与えていることが判明しました。
図2のようにスクリーン版上をストロークするスキージの位置で、スクリーン版の「版離れ角度」θ1.θ2.θ3が、大きく異なっているのが分かります。
図2. スクリーン版の「版離れ角度」
外寸1m×1mのスクリーン枠(内寸900mm)、クリアランス3.0㎜の場合、スキージストローク600㎜での、刷り始め、中央部、刷り終りでの「版離れ角度」arctanは、CL/STで表され、θ1=0.020,θ2=0.007、θ3=0.004です。中央部は刷り始めの約1/3の「版離れ角度」であり、刷り終り部は1/5の「版離れ角度」に小さくなっています。
図3にスキージ位置に対する、クリアランス量と「版離れ角度」変化のグラフを示します。クリアランス量は一定で、スクリーン版の反発力はほぼ一定と考えることが出来ます。「版離れ角度」が小さくなることで「版離れ」性が悪くなっていると考えることで、パターン中央部付近から「版離れ」の遅れが増大することが説明できます。
図3. クリアランス量と「版離れ角度」変化
手刷り印刷で、基材を載せたテーブルの上に小型のスクリーン版を左手で少し傾斜して固定し、スクリーン版の片側を持ち上げながら右手でスキージングすることがあります。この場合、通常の印刷よりも版離れ性が改善します。実は、この方法で、版離れが改善したのは、版離れ角度を通常より大きくしながら、インキからスクリーン版を「剥がす」要領で印刷したからです。「版離れ角度」を適正に制御することで、これまで当たり前だと思ってきた「版離れ」の遅れを解消できる可能性があります。