これぞ浅草流の結束-東京浅草 CS経営(その34)

 
  
 

◆なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか

4.これぞ浅草流の結束-東京浅草

(3) なぜ、人ごみの中でもトイレにたどり着けるのか

 もう少し、浅草流のおもてなしについての姿、心意気についてお伝えしましょう。初詣のときの浅草は、歩くこともままならないほどに混雑します。とてもではないが、この人数に対応できるほどのトイレは用意されていない。トイレに行こうと店を出たとしても、身動きできないくらいに混雑していて、トイレには到達できないでしょう。
 
 こんなとき、お店に相談すると、時に目配せして、狭い店内を通して、裏口から外に出してくれます。これでようやくトイレに間に合うのです。トイレに問に合ったのはいいのですが、うっかり表から戻ろうとすると、もとの場所に戻るのはかなりの困難を伴います。結局、裏口から戻ることになるのですが、店にしてみれば、防犯上のことも含め、やたらと裏口から人は入れられないのです。ところが、時に臨機応変の対応をしてくれるのです。
 
 このように、「人が少しでも困っているときには、今できることをする」といった世話心、心意気が「仲見世流おもてなし」の一つといえるのでしょう。困っている人がいるなら何とかして助けたいと考える「空気」「風土」が仲見世通りに脈々と受け継がれてきているのですが、普段は、意外に素っ気なく、気配り、気づかいも感じさせないぶっきらぼうな雰囲気は「江戸っ子、浅草っ子の照れ」なのでしょうか。
 
 では、こういった気配り、気づかいを仲見世通り全体として、ビジネス社会でいうところの「教育・訓練」をしているかといえば、そんなことはないというのです。
 
 そもそもサービスというのは「ビジネス用語」であり、「日本流おもてなし」とは「心」であり、「文化」です。教育や訓練では簡単に身につけられない「仲見世流おもてなし」は、不思議な雰囲気と伝播力によって支えられているのです。
 
 このような伝統的な心意気、浅草を思い、いつも衰退を心配する危機感、もっともっと魅力ある浅草にしようという浅草っ子の遺伝子こそが、まさに仲見世流「融合」「糊代」「作り込み」といえるでしょう。さて、文扇堂のご主人、荒井氏は、浅草や歌舞伎の「お練り歩き」をTVで特集する際には、頻繁に登場し、また番組で解説しています。近年では故中村勘三郎氏の追悼神輿の発案と演出をしたことで知られ、歌舞伎俳優や落語家、日本舞踊の人々に扇を納めていることでも有名な方です(専門学校桑沢デザイン研究所でも後輩たちに教鞭をとっている日本の良き文化の伝承者です)。
 
 ところで浅草は仲見世だけを指すのではなく、地域としては広範にまたがります。浅草1~7丁目、浅草橋1~5丁目、今戸1~2丁目、雷門1~2丁目、清川1~2丁目、蔵前1~4丁目、小島1~2丁目、寿1~4丁目、駒形1~2丁目、鳥越1~2丁目、西浅草1~3丁目、橋場1~2丁目、花川戸1~2丁目、東浅草1~2丁目、三筋1~2丁目、元浅草1~4丁目、柳橋1~2丁目、千束1~4丁目、日本堤1~2丁目、東上野6丁目、松が谷1~3丁目がその範囲であり、いずれの地域も名だたる特性を維持、継続し、発展していいます。
 
 そしてこれらの全地域はお役所と共に、「タテ×ヨコ×ナナメ」のコミュニケーションによって融合されて、浅草警察署、台東区役所北部区民事務所、浅草公会堂などが加わり、それぞれの場面で微妙な関わりと融合がなされているのです。
 
 実現には至らなかったが、その活動の一例を挙げます。
 
 車いすを押して浅草見物をする場合、大変な困難を伴う。混雑時に「すいません!」と少し大きな声を出したとしても、前に進むのは難しいでしょう。この問題を何とか解消したいと考えた人々がいました。彼らは浅草名物の人力車の発想が活かせないかと考えたのです。
 
 手甲、脚絆の独特な格好で目を引く浅草で有名な人力車は、情緒たっぷりで、そのうえ、歴史や濫蓄を語ってくれます。この人力車はテコの応用のため、重たい人を乗せても軽々と引っ張っていけます。そこで人力車のように引っ張る車いすを開発すれば、大きな声を出す必要はないし、楽だし、雨が降ってきたとしても折りたたみ式の屋根で...
雨が凌げると考え、商品化を目指したのですが、残念ながら、機能面、安全面、法的要素の解決ができておらず、実現には至っていません。
 
 しかし、こうした「顧客のために」という発案や、おもてなしの課題に取り組む心と、手間を惜しまない気持ちが、地域全体の融合を促し、滅多に海外では真似のできない日本の融合文化を醸成しているのです。
 
 一朝一夕には生み出せない文化のもたらすところでもありますが、「守る」「つなげる」「挑戦する」「生み出す」という思いが魅力と創造性を生み、結果としてそれが「付加価値の作り込み」につながり、訪れた人々は「温もり」「幸せ」を浅草の土地に感じるのです。そして、その空気や時代をつなげる文化が、浅草に住み、浅草でビジネスを行なう人たち、訪れる人たちの心をつないでいるのです。
 
 次回は、5.「即興劇」でコミュニケーション活性化の解説です。
 
【出典】 武田哲男 著 なぜ、あの企業の「顧客満足」は、すごいのか PHP研究所発行
筆者のご承諾により、抜粋を連載
 

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