「おもてなしの神髄」 CS経営(その65)
2018-12-26
前回の(4)に続いて解説します。
女将の情熱的な行動を振り返ってみましょう。以前より花の宿松やを聶厦にしていた相田みつを氏とのご縁から、相田氏の作品を展示する「相田みつを心の美術館」を設けました。心の時代が到来していると考えた女将の感性のなせる業であり、このさらなる付加価値の追加は常連のお客様を喜ばせました。
また、竹久夢二がこよなく愛した笠島しづ子さんも、花の宿松やの宿泊客であったことから、そのご縁を頼り、以前より女将自身が趣味で収集していた竹久夢二の作品を展示する「日光竹久夢二美術館」を設けました。どちらの作品館も多くの逸品が展示され、遠方からの宿泊者の増加に貢献しています。
清流、紅葉、温泉、美術館の次にほしいのは、「食」でしょうか。女将はとくに「懐石料理」にこだわったのです。そして、「料亭・花鳥亭」が誕生しました。
これら一連の女将の行動は、徹底的に顧客のためを考えたからこその思い切った投資で、女将のお客様を思う気持ちの表れなのです。顧客は目・耳・口(舌)をはじめとする五感、心に響くシームレスなフルラインに魅了されてしまうのです。
かつて旅館の多くは、顧客を儲けの対象と捉え、季節料金などでべらぼうな金額を設定し、目先の利益追及に終始していました。これは顧客自体を消費していたのです。やがて顧客は観光地の旅館を敬遠するようになります。これは、当然といえば当然の結果です。
顧客はビジネスホテルに泊まるようになり、その土地の評判の専門店においしい料理、土産を求め、ロコミやネットの評価を頼りに景色を堪能するようになります。
観光地の飲食店の対応、土産物店の乱暴な商い、タクシーなどのノンサービス、そして顧客を端から食い散らかす消費の対象とする旅館など、観光地の持つマイナスイメージを憂えた女将は、何とか地域全体の連携を通じて観光地のシームレスなサービスを創造したいと考え、エリア全体の旅館の女将の会の発足に着手しました。
以前、力を貸してくれた市長に再度協力を仰いだところ、市長は快諾してくれましたが、条件がつきました。それは市長と共に女将の会の女将が全員揃って各地を訪問すること、その際には必ず着物、はっぴ姿で同行することの2つでした。そして、実際にこのキャラバン隊は観光誘致のために各地を訪問することを行いました。
女将の会の誕生した経緯、そして市長からの名指しもあり、初代日光市女将の会の会長は臼井女将に決まりましたが、臼井女将の発案により、1年単位で会長を交代する方式を採用しました。そして、旅館で働く人たちの教育・訓練・エチケットーマナーな...
どの躾も女将の会が中心になって実施することとしました。
孤軍奮闘もよいのですが、同業者が協力し合い、地域社会と協力することで、心のつながりと課題の共有につながり、高付加価値の創造へと発展していくのでした。
ただし、そのためにはリーダーが必要であり、リーダーは顧客基盤の強い理念、情熱を持ち、信頼される人物でなければならないのです。これを私は「エグゼクティブマネジメントリーダー」と表現していますが、臼井女将はまさにその代表格の一人といえるでしょう。
【出典】武田哲男 著 なぜ、あの企業の「顧客満足」は、すごいのか PHP研究所発行
筆者のご承諾により、抜粋を連載