1.自由の総和
T先生は、よく「人々の自由の総和を大きくすることが重要」と言っておられました。 そのためには、自由の大きさを定義しなければなりません。また、それは計測(数値化)できるものでなければなりません。自由を測る最適な方法は「貨幣価値という一つの指標を使うことではないか?」というのが、T先生の提案です。
一つの例を挙げます:従来10,000円で購入していた製品が7,000円になれば、購入する人は従来と比較して3,000円の自由を得ることができます。たとえば従来10,000円/月かかっていたガソリン代が、自動車の燃費改良により7,000円になったとします。車の値上げがないとすると、利用者は差し引き3,000円を他のことに使うことができます。何に使っても自由です。
技術開発は一般的にこの意味での「自由」をもたらします。故障しにくい車ができたとすると、修理代が減るだけではなく、時間の無駄も減ります。つまり、時間の自由も増えることになります。
2.イプシロンロケット低コスト化の意義
イプシロンロケットは、コストを最大限重視した結果生まれたものでした。「コストを下げられなければ、固体燃料ロケットの命脈が尽きる」という、後がない危機感から生まれたのです。従来の75億円から30億円台へという、かなりとんでもないハードルです。T先生はよくこう言っていました:「コストは品質よりも大切です」。
半年前のマレーシア工科大学(UTM)での講演で、田口伸さん(ASI社長)が「皆さん、品質とコストとどちらが重要だと思いますか?」と問いかけました。戸惑いながらも、私たち日本人と同様「品質のほうが重要」と答えた方が多かったのですが、出された答は「コスト」でした。「え?」と思う方も居るでしょう。しかし、イプシロンロケットのことを考えれば、理由は明快です。
技術が世界最高でも、高ければ売れない。だから固体ロケットは開発中止、というのが2006年当時の政府決定でした。「宇宙ビジネス」が念頭にあったからです。ヨーロッパやロシアなどとの競合の中で、日本のロケットを選んでもらえなければビジネスになりません。
しかし、性能(品質)は維持したい。目指すはコスト半分以下。崖っぷちに追い詰められて、多くの人々が知恵を結集した成果が今回のロケットなのです。
3.品質を維持してコストを下げるには
「品質を維持して、あるいは品質を高めてコストを下げる」方法があるとしたら、これほど素晴らしいことはありません。安くても、品質が悪い製品は消えてゆきます。逆にブランド品でもない限り、ある程度安くなければ購入...
品質を高めてコストを下げる...それができれば苦労はない、と多くの方は考えるでしょう。でも、そうするしか生き延びる道がないなら...。 イプシロンプロジェクトは、そこからスタートしたのです。
「品質を維持して、あるいは品質を高めてコストを下げる」ために、ものづくりのタグチメソッド(TM)と、ソフトウェア技術としてのMTシステムとがあります。TMもMTも、どちらも“ばらつき”が考え方の中心にあります。ただ、アプローチの考えが異なります。ばらつきを減らそうというのがTMであり、ばらつきの程度を数値化しようというのがMTシステムです。