電動化で変わる自動車の動力伝達システムとカタチ・機能

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【目次】


    1. 大変革期迎えた自動車技術、電動化がもたらす変化

     自動車は今、歴史上最大の変革期を迎えていると言われています。「CASE」(ケース)、「MaaS」(マース)などの言葉で語られるその変革は、広く社会全体と自動車との関係性を考え、情報ネットワークによって結ばれた大きなシステムとして機能していく方向性を示しています。

     ここで「CASE」とは、元々は2016年にメルセデス・ベンツが発表した概念で、「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」、「Shared & Services(シェアリングとサービス)」、「Electric(電動化)」を指します。この中で自動車そのもののカタチと機能を大きく変えていく可能性を持っているのが、「Electric」すなわち自動車の動力の電動化(EVなど)です。電動化によって自動車のどの部分が変わり、そのカタチと機能をどう変えていくのかを考えてみたいと思います。

    2. 従来の自動車の動力伝達系を振り返る

     内燃機関が動力の自動車では、1個のガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関が、車両のどこかに取り付けられています。そこで得られた回転力を、変速機(トランスミッション)で速度に応じた適切な回転数に変換した後に、動力伝達軸(プロペラシャフト)で駆動輪の車軸付近に伝えます。さらにデファレンシャルギアで左右に振り分けてそれぞれの駆動輪を回転させます(FF車などでは変速機からデファレンシャルギアまでが一体のトランスアクスルになっていますが、回転力を伝達していく仕組みは同様です)。

     ここで特徴となるのは、以下のような点です。

    • 内燃機関は、エネルギー源となる燃料を燃焼させ、そこから回転力を取り出すところまでが一体の装置であり、自動車全体から見てかなり大きな容積と質量を占める。従ってこれをどこに配置するかが、車両全体のレイアウトを決定づける。
    • 内燃機関から駆動輪までの伝達がいずれも機械的連動によるため、それぞれの装置が接続されていなければならず、位置関係が制約を受ける。また物理的な力を伝達するため、それぞれの装置が高い強度を持つ必要があり、容積と質量が大きくなる。

    3. 電動化で動力伝達系はどう変わるのか

     まず、電動機(モーター)のトルク特性により、変速機を介する必要がなくなります。駆動輪で必要な回転数に合わせて、リダクションギアと呼ばれる装置で一律に回転数を下げるだけでいいのです。電車には変速機がありませんが、それと同じ理屈です。

     これだけでもずいぶん単純化されますが、現在実用化されているほとんどの電気駆動の自動車(電動自動車やハイブリッド車)では、従来の自動車の1組の内燃機関と変速機をそっくり1組の電動機(またはハイブリッドシステム)とリダクションギアで置き換えただけの構成となっているため、動力伝達軸以降の機構は従来と同様で、前節で示した車両全体のレイアウトに関わる制約も大きくは変わっていません。

     次のステップを考えてみましょう。電動機は内燃機関ほど構造が複雑ではなく小型のものを作ることができ、複数を電気的に制御することも容易なので、自動車でも電動機を1個ではなく複数に分けることが可能になってきます。そこで左右の駆動輪を結ぶ車軸ごとに電動機とリダクションギアを取り付ければ、動力伝達軸が不要になります。これは一般的な電車と同様のシステムです。

     さらに左右の駆動輪にそれぞれ電動機とリダクションギアを一体化したもの(インホイールモーター)を取り付けて適切な電気的制御を行えば、デファレンシャルギアや左右を結ぶ車軸も不要になります。蓄電池などの電源から駆動輪付近の電動機までは電線のみで結ばれることになり、前節で示した制約を脱して、用途に応じた自由度の高い車両全体のレイアウトが可能になります。LRVと呼ばれる新型の低床式路面電車では、既にこのようなシステムが広く実用化されています。

    4. 電動化の先に見える自動車の未来

     電動化のメリットを生かしたこのようなシステムにより、どのような自動車を実現することができるのでしょうか?動力源が1個の大きな内燃機関や電動機から分散したものになり、なおかつ動力伝達に関わる各装置相互の位置関係が機械的連動の制約を免れることで、車両内における空間レイアウトの自由度が高まります。従来は動力伝達装置の多くが車両の床下のスペースを占めていたので、特に床面を下げる効果は多大です。

     これにより乗用車でも居住空間の拡大や乗降性の改善などの可能性が広がりますが、さらに大きな効果が期待できるのがバス・トラック・バンなどの商用車です。とりわけ路線バスでは、1990年代から進展したバリアフリー・ユニバーサルデザイン実現のための低床化(ノンステップバスなど)に伴い、床下の動力伝達装置の処理が大きな課題となってきました。電動化による動力分散システムは、この課題を解決できる有効な手段です。

     またMaaSの重要なアイテムである公共交通とプライベートな交通手段の中間を埋めるような交通手段とも、電動化による動力分散システムは相性が良いと考えられます。

     2010年代以降、既にいくつかの先行開発・実用試験が行われていますので以下にご紹介します。

    【電動フルフラットバス「SAKURA」】[1]
    https://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2011/kr7a43000005xemu-att/110414_1.pdf

    【Autono-MaaS専用EV「e-...

    【目次】


      1. 大変革期迎えた自動車技術、電動化がもたらす変化

       自動車は今、歴史上最大の変革期を迎えていると言われています。「CASE」(ケース)、「MaaS」(マース)などの言葉で語られるその変革は、広く社会全体と自動車との関係性を考え、情報ネットワークによって結ばれた大きなシステムとして機能していく方向性を示しています。

       ここで「CASE」とは、元々は2016年にメルセデス・ベンツが発表した概念で、「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」、「Shared & Services(シェアリングとサービス)」、「Electric(電動化)」を指します。この中で自動車そのもののカタチと機能を大きく変えていく可能性を持っているのが、「Electric」すなわち自動車の動力の電動化(EVなど)です。電動化によって自動車のどの部分が変わり、そのカタチと機能をどう変えていくのかを考えてみたいと思います。

      2. 従来の自動車の動力伝達系を振り返る

       内燃機関が動力の自動車では、1個のガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関が、車両のどこかに取り付けられています。そこで得られた回転力を、変速機(トランスミッション)で速度に応じた適切な回転数に変換した後に、動力伝達軸(プロペラシャフト)で駆動輪の車軸付近に伝えます。さらにデファレンシャルギアで左右に振り分けてそれぞれの駆動輪を回転させます(FF車などでは変速機からデファレンシャルギアまでが一体のトランスアクスルになっていますが、回転力を伝達していく仕組みは同様です)。

       ここで特徴となるのは、以下のような点です。

      • 内燃機関は、エネルギー源となる燃料を燃焼させ、そこから回転力を取り出すところまでが一体の装置であり、自動車全体から見てかなり大きな容積と質量を占める。従ってこれをどこに配置するかが、車両全体のレイアウトを決定づける。
      • 内燃機関から駆動輪までの伝達がいずれも機械的連動によるため、それぞれの装置が接続されていなければならず、位置関係が制約を受ける。また物理的な力を伝達するため、それぞれの装置が高い強度を持つ必要があり、容積と質量が大きくなる。

      3. 電動化で動力伝達系はどう変わるのか

       まず、電動機(モーター)のトルク特性により、変速機を介する必要がなくなります。駆動輪で必要な回転数に合わせて、リダクションギアと呼ばれる装置で一律に回転数を下げるだけでいいのです。電車には変速機がありませんが、それと同じ理屈です。

       これだけでもずいぶん単純化されますが、現在実用化されているほとんどの電気駆動の自動車(電動自動車やハイブリッド車)では、従来の自動車の1組の内燃機関と変速機をそっくり1組の電動機(またはハイブリッドシステム)とリダクションギアで置き換えただけの構成となっているため、動力伝達軸以降の機構は従来と同様で、前節で示した車両全体のレイアウトに関わる制約も大きくは変わっていません。

       次のステップを考えてみましょう。電動機は内燃機関ほど構造が複雑ではなく小型のものを作ることができ、複数を電気的に制御することも容易なので、自動車でも電動機を1個ではなく複数に分けることが可能になってきます。そこで左右の駆動輪を結ぶ車軸ごとに電動機とリダクションギアを取り付ければ、動力伝達軸が不要になります。これは一般的な電車と同様のシステムです。

       さらに左右の駆動輪にそれぞれ電動機とリダクションギアを一体化したもの(インホイールモーター)を取り付けて適切な電気的制御を行えば、デファレンシャルギアや左右を結ぶ車軸も不要になります。蓄電池などの電源から駆動輪付近の電動機までは電線のみで結ばれることになり、前節で示した制約を脱して、用途に応じた自由度の高い車両全体のレイアウトが可能になります。LRVと呼ばれる新型の低床式路面電車では、既にこのようなシステムが広く実用化されています。

      4. 電動化の先に見える自動車の未来

       電動化のメリットを生かしたこのようなシステムにより、どのような自動車を実現することができるのでしょうか?動力源が1個の大きな内燃機関や電動機から分散したものになり、なおかつ動力伝達に関わる各装置相互の位置関係が機械的連動の制約を免れることで、車両内における空間レイアウトの自由度が高まります。従来は動力伝達装置の多くが車両の床下のスペースを占めていたので、特に床面を下げる効果は多大です。

       これにより乗用車でも居住空間の拡大や乗降性の改善などの可能性が広がりますが、さらに大きな効果が期待できるのがバス・トラック・バンなどの商用車です。とりわけ路線バスでは、1990年代から進展したバリアフリー・ユニバーサルデザイン実現のための低床化(ノンステップバスなど)に伴い、床下の動力伝達装置の処理が大きな課題となってきました。電動化による動力分散システムは、この課題を解決できる有効な手段です。

       またMaaSの重要なアイテムである公共交通とプライベートな交通手段の中間を埋めるような交通手段とも、電動化による動力分散システムは相性が良いと考えられます。

       2010年代以降、既にいくつかの先行開発・実用試験が行われていますので以下にご紹介します。

      【電動フルフラットバス「SAKURA」】[1]
      https://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2011/kr7a43000005xemu-att/110414_1.pdf

      【Autono-MaaS専用EV「e-Palette」】[2]
      https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/29933339.html

       この他、動力分散システムの車両レイアウト上のメリットをまだ生かし切れてはいないようですが、中国のメーカーがインホイールモーター装備の電動バスを量産しており、日本でもいくつかの地域で導入されています。

      ※ 2023年11月追記
      いすゞ自動車は「ジャパンモビリティショー2023」(「東京モーターショー」から改名)において、BEVフルフラット路線バス「ERGA EV」を公開しました。本記事で紹介した電動化によるレイアウトの自由度を生かしてフルフラットなフロアとし、さらなるバリアフリー化を実現しています。

      5. 近未来のモビリティに期待

       電動化による動力分散システムには、車両レイアウトの他にも全輪駆動化やメンテナンスの容易化など、様々なメリットが考えられます。コスト面をはじめ、まだまだ技術的課題がありますが、そう遠くない将来、新たなモビリティの風景を実現してくれるものと考えています。


      引用元
      [1]【電動フルフラットバス「SAKURA」】慶応大プレスリリース(2011年4月14日)
      [2]【Autono-MaaS専用EV「e-Palette」】トヨタ自動車HP(2019年10月9日)

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      この記事の著者

      嶋村 良太

      商品企画・設計管理・デザインの業務経験をベースにした異種技術間のコーディネートが得意分野。自身の専門はバリアフリー・ユニバーサルデザイン、工業デザイン、輸送用機器。技術士(機械部門・総合技術監理部門)

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