【ポジティブ心理学 連載目次】
- 1. イキイキ感をプラスにする!「ポジティブ心理学」【出会い編】
- 2. イキイキ感をプラスにする!「ポジティブ心理学」【概要と成果編】
- 3. 強みを活かす!「ポジティブ心理学」【応用編】
- 4. イキイキとした生産性の高い組織をつくる!「ポジティブ心理学」【完結編】
◆関連解説記事 ものづくり現場を『より良くする』、ポジティブ・アプローチの応用とは
1.「ポジティブ心理学」とは?
心理学(Psychology)は、「心」を扱う学問です。さまざまな心の働きとそれに基づく行動を探求しています。アプローチの仕方で多くの領域に分かれています。
余談ですが、英語のPsychologyはギリシャ神話の「エロスとプシュケ」のプシュケ(Psyche)という人名(魂や蝶という意味)と、ロゴス(概念や論理)が合わさってできた言葉だそうです。 なぜ蝶かというと、さまざまな苦労を乗り越え大成していく人の心の過程を、醜い毛虫からさなぎを経て華麗に舞う蝶の姿になぞらえたことによるといわれています。
「ポジティブ心理学」は、「個人や集団が、もっとイキイキするにはどうすれば良いのか?」を研究しています。つまり、「普通の人が一層仕事のやりがいを感じ、より生きがいを感じ、本当に幸せに生きるために心理学に何ができるか?」をテーマに、多くの学者が集まり、幸福・楽観と悲観・困難の克服・強み・充実感と快楽・勇気と忍耐など多義にわたる研究が進められています。
わずか10年ちょっと前の1998年に当時アメリカ心理学会会長のマーチン・E・セリグマンの提唱により始まった新しい心理学の領域ですが、その下地となる楽観と悲観の違いなどさまざまな研究はもっと以前から行われていました。それらを「幸せのための科学」として統合する「傘」としての位置づけが「ポジティブ心理学」の役割です。
「科学」すなわち統計的な実証をもとにした学問です。「ポジティブ心理学」では正しく計測された統計上の証拠がないと、理論として認められません。
また、「ポジティブ心理学」でいうポジティブとは「リアリスティクなポジティビティ」です。リアリステッィク=事実を直視する姿、難関に勇気をもって挑戦する現実的な姿です。
人生には、いくつもの難題が絶え間なく押し寄せてきますね。特にビジネスにおいてはなおさらです。そんなとき「目をつぶって見過ごせばハッピーだよ」といっているのではありません。
難関に対峙したとき、逃げたり凹んでしまっては先に進みません。どうすればそれを乗り越えられるのかトコトン知恵を絞り、チームの一人ひとりの「強み」を活かしながら、みんなで解決策を考え勇気を振り絞って実行する。そして、それを乗り越えたあかつきにはお互いの成長とその歓びを大いに分かち合う。そんな仕事の仕方が「ポジティブ心理学」が目指している姿です。
今の日本の窮地において、まさにこのような行動が必要です。起こっている現実に対して背を向けることも、挫折することも許されませんし、悲観しているだけでは何も解決しません。総力を挙げて乗り越えていくことこそが残された道なのです。
2009年6月に行われた国際「ポジティブ心理学」会第1回世界会議でセリグマンは「ポジティブ心理学」を以下のように伝えています。
* 「ポジティブ心理学」は強みにも弱みにも関心を持つ
* 「ポジティブ心理学」は最高の人生をもたらすことにも最悪の状態を修復することにも関心を持つ
* 「ポジティブ心理学」は普通の人が満ち足りた人生を作ることにも、病気を治すことにも関わる
* 「ポジティブ心理学」はただ惨めさを減らすだけでなく、幸せや良い生活を増やすための介入方法を開発する。
つまり、よりポジティブな方向を目指すためには、当然ネガティブの検討、克服も必要であり、重要な研究対象としていくということです。そして、「2051年までに51%の人がFlourish(元気でやりがいいっぱいな状態)になることを実現する」という目標を設定しています。
日本ではまだなじみの少ない学問ですが、欧米では個人の幸せ(WELL Being)だけでなく、ビジネス界・教育界などでも既にその成果が活用されており、チームづくり、リーダーシップ教育、大掛かりな組織変革・組織開発など、多くの事例が報告されています。日本でも急速に応用が進められつつあり、その成果が期待されています。
2.「ポジティブ心理学」の成果
・業績の高い事業部ではポジティブな会話が多い(M.F.ロサダ博士の研究)
60事業部門のトップマネジメントチームを対象に、会議での会話と業績の関係を調べました。
対象企業の事業部門を、利益率・顧客満足度・360度評価の3つをもとに成果が高い部門と平均的、低い部門に分け、各部門の予算会議・戦略会議・問題解決会議での会話のパターンを調べ、その内容を分析しました。
その結果、ネガティブな会話を1としたときのポジティブな会話の比率は、高業績部門では5.6倍、平均的な業績部門では1.85倍、低業績部門では0.36倍というデータが得られ、業績の高いチームではポジティブな会話が多いことが実証されました。
・仲の良い夫婦はポジティブな会話が多い(コッドマン博士の研究)
夫婦間の会話について調査を行い、長続きして幸せな夫婦ではポジティブ会話比率が5.1倍であったのに対し、離婚を意識した夫婦では0.9倍という結果を得ました。ポジティブな会話が夫婦間でも大切であることが分かりました。
・ポジティブは長寿の秘訣(デボラ・ダナー博士)
修道院という一つの閉鎖的な環境の中で、同じことをし、同じものを食べて生活している修道女たちを調査しました。最もポジティブ度の高いグループでは、85歳で79%、93歳で52%の人が生き残っているのに対し、最もポジティブ度の低いグループでは、85歳で54%、93歳で18%という結果となり、生存率に大きな差があることがわかりました。
・笑う門には福来る(ダッハー・ケルトナー、リーアン・ハーカー)
サンフランシスコにあるミルズ大学(女子大)の1960年の卒業生のその後です。
141人を選び、卒業アルバムの表情を比べました。3人が真顔、138人が笑い顔で、そのうち半数の卒業生が“デュシーヌ・スマイル(本物の笑顔)”(発見者ギューム・デュシーヌの名前にちなんでつけられた。口の端が上を向き、目尻にしわが寄っていて意識的に作ることが困難な本物の笑顔)でした。
そして、彼女たちが27歳、43歳、52歳のときに結婚と生活に関する満足度調査を実施しました。その結果、卒業から30年、本物の笑顔を作っていた女性のほとんどが結婚し、離婚もなく、心身ともに健康な生活を送っていることが分かりました。
本当に幸せで心から笑顔を作れる人は、幸せな人生を歩むことができることを実証しました。
・アメリカの大統領は楽観的(セリグマン、ハロルド・ズロー)
1900年から1984年の22回の大統領選挙について、指名受託演説の内容を分析し候補者の楽観度を比較しました。楽観的な候補者の方が精力的に選挙運動をする、有権者に希望を与える、悲観的な人を嫌う有権者が多いだろう、と仮説を立てたのです。
その結果、ルーズベルト大統領の2~4選とニクソン大統領の場合を除き、何と22回中18回はより楽観的な候補者が当選しているという結果が出ました。
ルーズベルト大統領は、2~4選で相手候補の楽観度が高かったにもかかわらず当選を果たしています。第2次大戦中の非常時であり、有権者が将来についての楽観的な演説より現実の危機への対応実績を重視したためと見られています。
またニクソン大統領の場合、相手候補でより楽観的なハンフリー候補の選挙運動開始が遅く、あと3日あれば逆転されていたともいわれています。
そして、この研究の結果が明らかになって以降、皮肉にも多くの候補者が意図的に楽観的な演説をするようになってしまったため、研究が意味をなさなくなってしまったそうです。
なるほど、ポジティブで楽観的だと人の気持ちをつかみ、人気が高まるんですね。これは使わない手はない。みなさん、大いにポジティブでいきましょう!
・仕事で成功する要件(セリグマン)
メトロポリタン生命では、業績が低迷していました。採用した優秀な保険外交員たちの契約獲得率が次第に下がってしまう。そして翌年には半数が、4年後には8割が辞めてしまうという悩みを抱えていました。
相談を受け、セリグマンは現場の状況を把握しました。
電話勧誘で断られたとき、悲観的な外交員は「ああまただめか、私みたいな能なしではうまくいくはずがない」などと思い、だんだん電話したくなくなる。でも、楽天的な外交員なら「たまたま忙しいときにかけてしまったかな」、「保険をかけている人は多いけど、目いっぱいかけている人はまだ少ない」などと考えていることが分かりました。だから、楽観的な外交員は電話するのが苦にはならずどんどん電話するので成約率が高いし、成功体験が次への弾みとなっているはずだ、と考えたのです。
そこで一部地域での試行過程を経て、新しい仕組みを取り入れました。従来の採用試験に新たに楽観度テストを加えたのです。そして、従来方法により1000人を正規採用しましたが、そ...
その結果、以下のことが分かりました。
・正規採用者の中で楽観度が上位半分の人は、下位半分の人より成約率が1年後で8%、2年後で31%高い。
・特別班は、正規採用者で楽観度が下位半分の人より成約率が1年後で21%、2年後で57%高い。
・特別班は、正規採用者の平均より成約率が2年後で27%高い。
以上から、楽観度は上位半分に入るが従来の採用試験で不合格となった人を雇い入れ、悲観度の高い人(上位25%以内)を採用しないことに採用方法を変えたそうです。
その結果、2万人から8千人に減っていた外交員を1万2千人以上にまで回復させ、50%近い個人向保険シェア―を獲得するに至りました。
楽観的な外交員の方が、めげることなくより高い成果を上げることが実証されました。
3.楽観と悲観の補足
以上の例では「楽観」という概念が出てきていますので、少し補足しておきます。
セリグマンとジョン・ティーズデールの研究に「説明スタイル(習慣)理論」があります。人間は、自分に起こった不幸な出来事について自分に説明する、というものです。
楽観的な人は、良い出来事はいつでもどこでも起こるが、悪い出来事はたまたまであり長く続かない、と自分に説明します。
それに対し悲観的な人は、悪い出来事はいつでもどこでも起こるが、良い出来事はたまたまであり長く続かない、と全く逆の説明をすることが分かりました。これを「説明スタイル」と言います。
このことから、自分への説明スタイル(習慣)を意識して変えていけば、悲観から楽観へと変えていくことが可能であることが分かりました。
4.引用文献
「3:1の法則」バーバラ・フレドリクソン著/高橋由紀子訳 日本実業出版社
「世界でたった一つだけの幸せ」マーティン・セリグマン著、小林裕子訳、アスペクト
「オプティミストはなぜ成功するか」マーティン・セリグマン著、山村宣子著、講談社