ものづくりにおいては、顧客や協力会社、自社内の部署間において、様々な「文書」を取り交わす必要があります。納入仕様書はそれらのうち、製品の納入側から受入側へ提出する「文書」の一つです。
製品の仕様を取引先に伝える役目という意味では、図面と同等の重要性があります。しかし、一般的に図面ほど重要視されておらず、納入仕様書の内容が不十分(または取り交わしていない)ために数多くのトラブルが発生しているのが実情です。トラブルが発生すると、製品の納入側が責任を負うことが多くなってしまいます。納入側の立場であることが多い中小製造業は、納入仕様書をしっかり作成することにより、競争力を大幅に向上させることができるのです。
前回のその1に続いて解説します。製品設計における納入仕様書の役割その2では、製品の仕様を明確にするメリット、納入仕様書で情報共有するメリット、納入仕様書に何を記載するべきか、などを解説します。
1.納入仕様書を取り交わす目的
納入仕様書を取り交わす目的は図1のように3つあります。
図1.納入仕様書を取り交わす目的
(1)製品仕様の明確化
<製品の仕様を明確にするメリット>
・トラブルの未然防止 ⇒「言わなくても分かるはず」は通用しない(特に海外企業との取引)
⇒ 取引先と「言った/言わない」のトラブルを防止可能。
・トラブル時の早期解決 ⇒責任範囲を明確にすることにより早期に解決が可能。
・トラブル時の被害低減/責任回避 ⇒製品の仕様が明確になれば、責任範囲も明確になりやすい。
トラブル発生時の被害を低減可能。
納入仕様書を作成するためには、自社の製品の仕様を明確化する必要があります。自社の製品の仕様を明確にするだけでも、納入仕様書を作成する意味は十分にあるでしょう。
(2)取引先との情報共有
製品の仕様を自社だけで決めることはできませんので、取引先に内容を承認してもらい、情報を共有する必要があります。情報共有には議事録やメールなど様々な方法がありますが、納入仕様書で情報共有をすることが望ましいと思います。以下は納入仕様書で情報共有するメリットの例です。
<納入仕様書で情報共有するメリット>
・最終決定が何かが分かりやすい ⇒口約束、メール、会議の議事録などでの情報共有は、最終決定が何
...
かが分からなくなることがある(頻繁に設計変更が生じた場合)
⇒量産後の設計変更や改訂も管理しやすい。
・責任範囲が明確になる ⇒表紙に責任者印をもらうことにより、納入仕様書全体の内容を相互
に承認したことになる。
・生産性の向上 ⇒類似製品の場合、一度納入仕様書を作成すれば使い回しが可能。
押さえておくべき事項も明確にできるため、結果として生産性が
向上する。
・品質の向上 ⇒納入仕様書という「文書」になることにより、納入側の意識が上が
り品質の向上が図れる。
(3)設計業務の効率化
製品の仕様を記載する「文書」として、図面(3Dデータ含む)があります。しかし、図面だけに製品のすべての仕様を記載することは効率的ではありません。類似製品が100品番あるとして、一部以外がすべて同じ仕様の製品があったとします。納入仕様書がなければ、100品番すべての図面に全情報を記載する必要があり、その手間は馬鹿になりません。また、製品仕様の改訂の際も、100品番分の図面をすべて変更する必要があります。類似製品すべてに適用される製品仕様は、納入仕様書で管理することにより、設計業務を効率化することができます。
2.納入仕様書に何を記載するべきか
図2に納入仕様書への記載例を示します。
図2 納入仕様書への記載内容例
記載内容にルールはありません。ルールがないだけに、何を書けばよいのか、何を書いてもらえばよいのかの判断が難しいとも言えます。難しいだけに、納入仕様書を戦略的に使いこなせる企業の方が有利にビジネスを進められると考えます。
まず、自社が受入側なのか納入側なのかによって、記載内容に対する要求が異なります。納入側からすれば、自社の責任範囲をできるだけ狭く、機密事項や製造の制約事項になるようなことは極力出さないようにしたいと考えます。また、受入側からすれば、納入側が不良品を納品しないように製造を厳密に管理させようとします。時には自社の安心のために、機密事項もオープンにさせたいという気持ちも働きます。両社にはそれぞれ自社の利益を最大化したいという思いがあるのは当然のことです。それらを踏まえた上で、両社の妥協点を見出しながら、合意を図っていくというプロセスがどうしても必要でしょう。
よくない事例として、中小下請企業でよく見られる、納入仕様書の記載内容を顧客の要求だけに従い、自社の要求は主張しないまま取り交わすケースです。自社の要求が聞き入れられるかどうかは分かりませんが、それを主張しないでいると、顧客にとっては「言うことをよく聞く便利な会社」として扱われるだけでしょう。
自社が受入側の場合でも、必要のない製品仕様まで厳密に管理させることは望ましくありません。納入側の企業努力が続けられるような取り決めにすることにより、両社がWIN-WINの関係となり、結果として自社にメリットをもたらします。
図面と納入仕様書の他にも、基本取引契約書や秘密保持契約書などで取り交わしをしている事項もあると思います。その場合は重複して納入仕様書に記載する必要はありません。購入仕様書との役割分担は状況により異なりますが、通常、納入仕様書は購入仕様書を元に、両者のすり合わせを経て作成しますので、納入仕様書を最終的な「文書」にする方がやりやすいケースが多いように思います。
3.契約書としての納入仕様書
賃貸住宅を借りる場合や携帯電話を契約する場合など、我々は必ず契約書にサインをする必要があります。サービスを提供する側にとってなぜ契約書が必要であるかというと、トラブルの未然防止と、万が一トラブルが発生した場合の責任回避、早期解決のためです。自分や自社を守るために契約書が必要なのです。
私は図面や納入仕様書(または購入仕様書)は契約書だと認識しています。中小下請企業のように自社の立場が弱い企業ほど契約書(納入仕様書)をしっかり作成し、戦略的に活用することが望ましいと思います。
一般論になってしまいますが、納品後の商品トラブルのリスクを低減するためには、どうしても免責条項を契約書に入れざるを得ないでしょう。(一般的に契約書とはそのようなリスクを低減することを目的として考えていますので)。
何よりもこのプロセスで一番重要なことは、顧客に提出した納入仕様書の内容を理解してもらい、合意してもらう対応が必要です。納入仕様書の検討確認を顧客に任せてしまうと、それらの内容の理解が不十分になり後でトラブルが発生する可能性が出てきてしまいます。ですので、免責条項を盛り込んだ上で、こちらから顧客に納入仕様書の内容(実内容・免責条項を含めて)を丁寧に説明してあげる、というのが後々のリスクを減らすためにもベストです。