先代から続く信念「人にも環境にもやさしい石けん」を胸に
シャボン玉石けん株式会社(福岡県北九州市)
時代を先読み、時流をつかむ
シャボン玉石けん(福岡県北九州市・森田隼人社長)は、化粧石けんやシャンプーはじめ、洗濯用や台所用石けんなどの製造、販売を行っています。同社がSDGs宣言を行ったのは2019年1月ですが元々、企業理念に「健康な体ときれいな水を守る」を掲げ「人にも環境にもやさしい無添加石けん」を製造する同社の環境に対する取り組みは古く、1974(昭和49)年にまでさかのぼります。
同社の創業は1910(明治43)年。「森田範次郎商店」として主に雑貨を扱っていましたが、後に主力製品となる石けんはまだ、取扱商品の一つだったといいます。商店があった同市若松区は当時、石炭の積出港としてにぎわい、作業で汚れた労働者たちの手や体を洗うため、石鹼は「飛ぶように売れた」(同社)そうです。その後、石けんの卸問屋となりましたが、高度経済成長期だった1960年代は、洗濯機の普及も著しかったことから「これからは合成洗剤の時代」と読んだ森田光德前会長は、主力製品を合成洗剤に切り替え、売り上げを伸ばしていきます。また、1971(昭和46)年には、合成洗剤を卸していた国鉄(現JR)から「機関車を合成洗剤で洗浄すると錆(さび)の原因となる」と、無添加粉石けん開発の依頼が寄せられ、試行錯誤の結果、当時の日本工業規格(JIS)を上回る基準(石けん分96%、水分5%)の無添加粉石けんが誕生しました。
一念発起で方針転換、信念に時代が追いつく
ところが、森田前会長が完成した無添加粉石けんの試作品を洗濯や体洗いにつかったところ、10年以上悩まされていた湿疹(しっしん)が数日で治り、その原因が合成洗剤にあることが判明。これまで自社のドル箱だった合成洗剤が自身の体に悪影響だったことを知り、受けたショックは大きかったといいます。
これら経験を背景に、1974年「体に悪いと分かった商品を売るわけにはいかない」と一念発起。従業員からの反対を押し切る格好(かっこう)で無添加石けんの製造・販売に切り替えますが、当時の「合成洗剤=新しく画期的」といった風潮から、売り上げは伸びず、さらに自身の信念を貫いた結果、それまで月商8000万円あった売り上げは78万円まで落ち込み、17年の連続赤字、従業員も100人から少ない時は5人にまで減ったといいます。
そんな逆境の中、1991(平成3)年に森田前会長が合成洗剤と石けんの違いや環境への影響などについて書いた「自然流『せっけん』読本」がベストセラーとなり、さらに環境問題について連載されていた新聞コラムの横に「次は石けんの話題が来る(森田前会長)」と、広告を出稿すると多くの注文が舞い込み、翌年に18年目にしてようやく黒字化。講演依頼も全国から寄せられ、普及活動に努めたそうです。そんな前会長について同社も「先見の明を持った方だった」と話しています。
【写真説明】無添加石けんに切り替えた当時の商品㊧と現在の商品ラインアップ(同社提供)
石けん業界初のISO14001取得
同社ではSDGs宣言前からすでに環境問題や無添加石けんなどについての普及・啓発活動に取り組み、講演会ほか、小学校などでの出前授業や工場見学を実施。コロナ禍で工場見学はオンライン化し、昨年半年間(7~12月)で出前授業は28回(参加者約2100人)、オンライン工場見学は44回(参加者約1200人)開かれ、無添加石鹼へのこだわりや環境問題について、動画や実験を交え説明しています。これら活動について、同社も「企業理念と事業活動と照らし合わせると「3・すべての人に健康と福祉を」、「6・安全なトイレと水を世界中に」、「13・気候変動に具体的な対策を」、「14・海の豊かさを守ろう」、「15・陸の豊かさも守ろう」が一致しているため、各目標に取り組むことで、結果的に他のゴールにもつながり、貢献できると考えている」とみています。
そんな同社の取り組みですが、製造・販売により発生する環境影響の改善(排出物の減量化やエネルギー使用量の削減、大気、水、土壌に対する排出抑制など)を行っています。1999(平成11)年には石けん業界として初となるISO14001を取得。また2007(平成19)年からは一部、工場の電力を太陽光発電で賄うほか、翌年から石けんの製造過程で使われるボイラーなどのガスは全て天然ガスを使用しています。さらに商品の包材にあたっては再生紙や間伐材など、環境に負担が掛からない資材の導入も始まっています。
【写真説明】小中高生などを対象に開かれている出前授業㊧と工場見学(同)
産学官連携で“環境にやさしい”消火剤開発
一方、社外連携では1995(同7)年の阪神淡路大震災の際、消火栓や水道管の破損ほか、がれきが道を塞いだことから消防車が火災現場に向かえず、火災による多くの死傷者が発生したことを教訓に、北九州市消防局から少ない水で効率的に消火でき、環境にやさしい消火剤の開発依頼を受け、2001(同13)年から無添加石けんの技術を応用した消火剤開発に着手。北九州市立大学にもプロジェクトに加わり、商品化にも成功し、全国の自治体で採用実績があります。現在はこの技術を応用し、CO2の発生量や森林破壊、健康問題などから国際問題となっている、インドネシアの泥炭(でいたん)火災用消火剤の研究開発と普及に取り組んでいます。
このほか「1% for Nature プロジェクト」と銘打ち「シャボン玉浴用3個入り」など人気商品の売り上げから1%を、ミャンマーで行われている「命の水事業」井戸建設など様々な人と自然にやさしい活動の支援に充てています。また、日本国内のNPO法人や学生たちが海外で行う衛生教育ほか、被災地や子ども食堂、児童施設、母子寮などにも同社製品を提供。2019(同31・令和元)年には同市とSDGs達成を中核とした包括連携協定を結び、感染症対策はじめSDGs啓発など多岐にわたった活動を展開しています。
【写真説明】同社が開発した少ない水で効率的に消火可能な泡消火剤㊧とインドネシアの泥炭火災(同)
【写真説明】「1% for Nature プロジェクト」でミャンマーに設けられた井戸㊧と子ども食堂で開かれたイベント(同)
SDGsを川柳と写真で表現、啓発活動は全国に
同社によると、このような「『健康な体ときれいな水を守る』という企業理念に惹(ひ)かれ、入社する社員が多く『環境にも人にもやさしい活動をしたい』といった意識は皆高い」といいます。さらに「SDGsについて社内セミナーや勉強会などを開くことで、より深く理解を深めてもらっている。また、スーパーなどの小売店様から『SDGs...
新たな啓発活動の一環として「一般市民にSDGsを身近に感じてもらおう」と、同社と北九州市、朝日新聞社の3社共催で「私のSDGsコンテスト」を2019年より開催。全国からSDGsをテーマに川柳と写真作品を募り、2回目となる2020年のコンテストでは、47都道府県全てから計1万2250作品が集まったそうです。3月23日にはオンライン表彰式が開かれ、川柳部門は石川和写さん(大阪府・47)が、フォト部門は岡本弘行さん(和歌山・61)の作品がそれぞれ大賞に選ばれ、同社も「コンテストを通じ、SDGsを知ってもらい、一人ひとりが毎日の生活の中で行動に移すきっかけになってくれれば」と話しています。
【写真説明】大賞を受賞した石川和写さんの作品㊧と岡本弘行さんの作品「最後まで」
今後の事業活動について、同社は「まだまだ取り組むべき問題は多い」といい、課題として①環境に配慮した製品包材の採用②原料のトレーサビリティー(追跡可能性)や調達方法などの基準をより明確に③消火剤ビジネスの展開—を挙げ「これらをビジネスとして確立することが、SDGsへの貢献にもつながる」と、先代から連綿と続く「人にも環境にもやさしい商品を」の信念と理念を胸に、さらなる高みを目指した挑戦が続いています。
記事:産業革新研究所 編集部 深澤茂