【ものづくりの現場から】職人現場のDXに挑戦(文京楽器)

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ものづくりを現場視点で理解する「シリーズ『ものづくりの現場から』」では、現場の課題や課題解消に向けた現場の取り組みについて取材し、ものづくり発展に役立つ情報をお届けします。今回は国際的楽器制作コンクールで入選を続けている楽器メーカー株式会社文京楽器を取材しました。

◉この記事で分かる事

・製造DXの取り組み事例

【企業紹介】

今回取材した文京楽器は、東京都文京区所在する弦楽器修理、製造を行う弦楽器専門商です。1947年の創業以来「すべてはプレイヤーの喜びのために」を理念としてハイレベルな職人による弦楽器一品製造とDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した先進的な製造に取り組んでいるものづくり企業です。

 

1.弦楽器(バイオリン)の発祥

「弓で弦を振動させる」仕組みの楽器(弦楽器)はもともとイスラム圏がと言われておりイスラム教が栄えていたスペインが、イスラム文化のヨーロッパへの玄関口となっており、8世紀ごろ、北アフリカのイスラム系民族ムーア人によって、ヴァイオリンの起源となる楽器がスペインに伝えられたとされています。

現代のバイオリン、ヴィオラなどの弦楽器のもととなったものは諸説ありますがイタリアのクレモナ市の楽器職人、アンドレア=アマティ(1505年頃 - 1580年以前)によるのではないかとされています。

バイオリンの製造が全盛期のクレモナは、当時イタリアのほぼ全域がそうであったようにスペイン王国の支配を受けていました。17世紀クレモナに現れた名工3人、ニコロ=アマティ(アンドレアの孫)、ジュゼッペ=ガルネリとアントニオ=ストラディヴァリの作品は今も現存しており、実際の音を聴くことが出来ます。

当時多くのヴァイオリン職人がアマティの工房の弟子としてスタートしていました。アマティより年齢が一周り下のガルネリ、ストラディヴァリもこの工房の出身であったと言われています。その後、楽器が演奏される環境の変化に合わせ大きな音を出せるようにとの要求などがあり、扁平形状であったストラディバリウスが時代によって求められる要件の変化に対応できたことが今日のバイオリンの標準を生み出したとの説もあります。

2.バイオリン創世記の中世ヨーロッパ時代とほぼ変わらない製造工程

写真説明】弦楽器作りは職人の仕事(同社2階、製造現場)

バイオリン製造は(1)素材加工 (2)手工[加工、組み立て] (3)塗装 (4)仕上げ[調整、品質検査]の4つの工程で行われます。
工程のすべての作業は基本的に手作業。自然物である材料に対する五感を使った高度な作業であり、機械化が困難で高度な技術を持つ職人がスキルを発揮する領域で、前項で紹介したバイオリン創生期の工房で行われていた製造方法とほぼ同じです。

写真説明】バイオリン製造や修理に使用される膠(ニカワ)。コラーゲンによる接着効果を利用し接合に使うこの手法はバイオリン創世記と変わらず利用されている。

【写真説明】解析に利用した産業用X線CT機器(東京都立産業技術研究センター)

 

3.良いバイオリンとは?古楽器を最新技術で解析

同社では熟練職人によるバイオリン製造と合わせて、より良い楽器製造を行うべく東京都立産業技術研究センターの協力のもと古楽器の解析を行った。

対象とした古楽器は世界的に有名なバイオリンの名器「ストラディバリウス」。従来の技術では解析できなかった詳細なデータを入手する事ができており、同社の製造環境に大きな真価が期待できる。

写真説明】X線CT装置で取得した詳細なデータ(都産技研事例より引用)

4.手工をデジタル化、楽器製造DXへのチャレンジ

同社では外部機関、大学等と連携し最新技術で得たデータと、3D技術を駆使してサイバーフィジカルシステムを構築。現実空間(フィジカル)では行う事の出来なかった各種実験、検証をサイバー空間で行い良いバイオリンの定義作りを進めている。

これらのデータや技術は自社ノウハウとして蓄積されるとともに、構造に対する音の変化、楽器が生み出す音色、音量などの各種シミュレーションを試作を行う事なく実施できるようになっている。この事は開発、設計時間の短縮、効率化だけではなく、楽器プレーヤーの表現を実現する設計に大きく貢献できることに3DCADによる設計に活かされるが期待されている。また、シミュレーションや設計のデータは従来手工であった領域の機械化にも活用する事ができるので、QCDすべてにおいて好影響があり、DXの恩恵であると考えられる。

写真説明】従来の現場には無かったコンピューター制御の加工機が並ぶ

楽器は感情を表現するもの。プレイヤーの喜びを実現するために必要なのはプレイヤーと作り手の対話。

高度なシミュレーションや高精度な加工、組み立てを行うとしても、最終的には楽器のプレーヤーが感じるフィーリングが重要であることは間違いありません。同社では、製造現場の1Fに試奏エリアと対話エリアを備えたショールームを構えており、直接製品に触れて演奏し、必要に応じて作り手である楽器職人との対話を行っている。

写真説明】試奏エリア。ハイエンドな楽器ではプレイヤーと楽器の相性も重要との事。

写真説明】同社ショールーム 。楽器に関する相談、楽器職人との対話もできる 。

 

5.まとめ

手工がメインである楽器製造でのデジタル活用、DXの取り組みは、製造物の違いを超えて広い業種で参考になる事例であると考えます。従来では不可能であった精緻な分析、検証が最新の技術で可能になったことで価値創造を大きく推進する事につながると考えます。また、高価な最新機器を公的機関を活用して実施する事は中小事業者でのDXを推進する上で重要なポイントです。

 

インタビューにご協力いただいた方

 株式会社文京楽器 代表取締役社長 堀 酉基 


会社概要

・社名 株式会社文京楽器 ・住所 東京都文京区 ・創業 1947年(昭和22年)4月 ・従業員数 24名(グループ全体)

  HP https://www.bunkyo-gakki.com/


この記事の著者