ダイキンの技術開発におけるDX取り組み

このほど、品川インターシティホテル&カンファレンスで、モノづくり産業における新たな視点や解決策を探求し、10年後の変革や製造業DXについて考えるビジネスカンファレンス「モノづくり未来会議」が開かれた。当日はダイキン工業株式会社、株式会社SUBARU、キャディ株式会社、東洋紡株式会社が事例を交えた各社の取り組みについて講演した。第1回はダイキン工業を紹介する。

ダイキン工業株式会社 常務執行役員 空調商品開発担当 テクノロジー・イノベーションセンター長 米田裕二氏

【目次】

    地域ごとに応じた経営を展開しグローバルでビジネス拡大

    私が入社したころのダイキン工業は、開発と製造、販売しかない現場力だけで持っている会社という印象だった。今でこそルームエアコンのシェアで確固たる地位を築いているが、当時はシェアも8番目の町工場だった。
    現在、ダイキン工業はグローバル総合空調メーカーとして、売上高は4.4兆円、従業員数も98,000人を数えるが、日本人従業員は約14,000人で、残りの85%は外国籍従業員だ。事業は170カ国以上に展開しており、今年100周年を迎えた。
    日本では、平成の失われた30年間という言い方がされているが、我が社は平成30年間の時価総額の伸び額は8位であり、直近のコロナ禍においても、空調はなくてはならないライフラインと広く認知された。
    空調と化学、フィルタ他の事業もあるが、売上高の92%を空調事業が占めている。日本以外の欧州や北米、中国、アジア・オセアニア、インドなどの地域で大きく売上高を伸ばしている。グローバル化を進めるに当たり、良かった点として日本式のやり方を持ち込まず、地域ごとに応じた経営を展開したことと、高い目標を設け、あえてリスクをとって積極的な投資を行ってきた点が挙げられる。2000年代、「ヨーロッパで空調(特に冷房)は必要ない」と言われていたが、あえてベルギーに工場を建設し、2005年ぐらいから欧州における売上を伸ばすことができた。グローバルでビジネスを進めようと考えるとやはり、規模(売上高)が重要となってくる。そのような意味では、どの地域も満遍なく強いことがダイキンの強みとなっている。

    写真説明】事業内容を説明する米田氏

     

    環境価値や社会価値が重視される時代に

    空調製品のラインナップは住宅用から商業、産業用まで幅広く、それに伴った商品開発も手掛けていかなければならない。さらに最近は、業務用空調機の集中管理やメンテナンスといったサービスに対するニーズが高まってきており、これらの対応にDXを取り入れている。
    世界的にみると、住宅用の空調は中国メーカーが、データセンターのような大型空調は北米メーカーが強い中、我々はオフィスや中規模ビル向けに画期的な商品(VRV)を生み出し、このVRVという商品で世界に打って出ていった。
    アメリカでは一般的に使われている空調方式としてセントラル方式がある。これは建物の1カ所に設けた冷暖房装置から各部屋に大量の空気を搬送する仕組みである一方で、冷媒を使い個別の部屋ごとに熱をコントロールすることは非常に難しい技術が必要と言われていたが、我が社ではこの技術を確立することに成功した。これは、世界的にみても電気代削減などの省エネに繋がり、様々なメリットもあることから、世界に誇れるイノベーションと自負している。この技術によって...

    、たとえば、ビル内でも自身が使用する部屋だけ空調を稼働することができ、省エネとなるため、この商品がメジャーになりつつある。
    IEA(国際エネルギー機関)の調査によると、世界の空調機の市場ストック台数は現在の19億台から2050年には約3倍の55億台にまで増えるといわれている。今後は、インドやインドネシアなどで普及が進むと考えているが、効率の悪いエアコンが普及してしまうと電気代がかさむうえ、電力需要も逼迫し、化石燃料由来の電力で空調を使用するとCO2の増大による地球温暖化に拍車をかけることに繋がるため、新興国においては効率の良いエアコン普及と資源循環が必須条件となってくる。一方、ヨーロッパでは住宅、産業用ともにヒートポンプの用途が広まりつつある。カーボンニュートラルが叫ばれる中、ヒートポンプは非常に省エネな熱利用技術として注目を集めている。今年1月に発行された『MITテクノロジーレビュー2024』でも、ヒートポンプシステムは世界を変える10大技術の9番目に紹介されるなど、世界的に注目されているが実は、システムに使われる圧縮機やモーターなどは日本が最も得意とする技術領域であり、掲載されている日本企業はダイキンと三菱電機だけとなっている。このようにヒートポンプが注目される中、我が社の戦略経営計画では売上や利益といった経済価値も大事であるが、それ以上に環境価値や社会価値が重視される時代となっているため、我が社の成長戦略として3つの成長領域を軸に進めていく考えだ。

    ダイキンのDXのビジョン

    ダイキン工業は、以前は4つの研究部門を持っていたが、2015年にテクノロジー・イノベーションセンターとして統合した。テクノロジー・イノベーションセンターは差別化商品や技術開発も行うハイブリッド型の、より事業貢献を求めている。一方、先端のIT技術やDX人材の育成のため、ダイキン情報技術大学を開き、情報系人材の育成にも努めている。DXについては、7年ほど前から取り組んでいるが当時は、デジタルについての知識がある者はゼロに近い状態だった。大阪大学の先生方に協力してもらいながらAIやデータ解析などを進めていたが、当時は「ダイキンのDXは3年半遅れている」と指摘された。
    我が社はこれまで、空調機器ハード以外は開発していなかったうえ、アナログ的な開発を進めてきていた。DXを始めとした、世の中の変化のスピードが速いだけでなく、変化の幅も広く、奥行きも深いため、全てを自前で進める時代ではないと感じている。また、企業間競争に勝ち抜くには、変化に柔軟に対応できる企業でないと生き残れないといった危機感の下、DXで新たな価値を作る必要性から取り組みを進めた。これからも空調機器ハードの価値が下がることはないが、ソフトウエアの価値が高まりつつある中、開発のあり方を変えていかないと生き残ることはできない。では、DXに取り組むに当たりビジョンは何か?ビジョンがないとDXが目的化してしまう。また、ビジョンはアウトソーシングできないため、将来における企業の方向性を定める必要がある。さらにDXの“X”、つまり「どのようにトランスフォーメーションするのか」が一番大事である。

    図説明】ダイキン工業のDXのビジョン(同社提供)


    そこで、我が社は徹底的な差別化を図るため、第一ステップとしてものづくりでの圧倒的差別化のために「いかにデジタルの力を活用するか」、次に「ソリューションのプロバイダ―になる」ことに取り組んでいる。お客様が欲しいのは空調機器ではなく、快適な空気環境と少ないエネルギーでの運用であるため、この2つターゲットとした。さらに、空調というのは色々なデータを取ることができるため、たとえば生体データや健康データなどから、空気質管理との相関を取ることを考えている。最近では、コロナウイルスの感染拡大を防止する、つまり、危機管理を実現する手段にもなり得ることから、これらデータを含めて空気環境を保証する保険的なビジネスが展開できないか検討している。このようなビジョンをしっかり作り、DX活用によって①より強いハードを作り出す。②バリューチェーン全体で勝つためのDXを進める。③ソリューション全体で新しい価値を提供していく。そして最後に④ビジネスモデルそのものの変革に繋げるDXを確立したい。

    空調バリューチェーンに注目し高付加価値のDXを推進

    空調のバリューチェーン全体からみると、付加価値が高いのは商品の製造や販売ではなく、商品企画や商品開発と、空調設置工事やアフターサービスにあるため、ベースモデル設計やマテリアルズ・インフォマティクスにAIを活用しているほか、空調データを活用した故障診断などを実施している。生成AIについては、設計基準と空調機のソフト、仕様書、過去の不具合などといったノウハウを溜め込み活用している。特に最近はChatGPTの性能も上がってきているため、設計のレビューや知財調査、ソフトウエア開発も行っている。さらに進化すれば、図面編集の高度化をはじめ、自動シミュレーション、空調制御の高度化記録、特許作成の自動化などが可能になると考えている。
    一方、圧縮機開発においては、設計モデルと解析の二刀流で進め、トライアンドエラーを減らすためのノウハウをいかにデジタルに置き換えていくかといった方法を導入している。
    マテリアルズ・インフォマティクスをはじめとした化学の材料開発では、質の良い大量のデータを取得するため、実験データやシミュレーションデータを基に、材料物性の予測などを行っている。空調の保守サービスでは、30年ほど前から、遠隔で取得した空調データ(運転データ)や故障データをクラウドに蓄積し、各種分析や故障予知に役立てている。すでにインドでは、これらデータを活用した保守サービスを始めている。従来の業務フローでは、サービスマンが現地に出向き、故障原因の特定や部品の手配、修理に数回の訪問が発生していたが、現在は蓄積されたデータから故障要因がすぐ分かり、部品手配も自動で行われるため、修理にかかる日数や訪問回数を大幅に短縮することができている。また、技能のデジタル化として、空調設置工事やメンテナンスなどにおいて、ウエアラブルデバイスを使った熟練者による作業員の遠隔支援を導入している。さらに、ウエアラブルデバイスから日々集められる作業動画データを解析して、熟練者と同様の作業支援を自動化するAIの開発も進めている。

    DXを活用し価値づくり主体の商品・技術開発へ

    DX推進の課題は大きく分けて2つある。1つ目の課題は「課題を解決できるデジタル人材」。現在は、社内にダイキン情報技術大学を設け、新入社員だけでなく中堅社員や役員・幹部向けの研修までを実施している。教育の効果が一番高いのは新人社員であり、中間管理職はあまり効果が高くなく、中には「部下のやっている事は分からなくてよいので、邪魔をしないように。」と指導するケースもある。2つ目の課題は「社内の推進体制」。R&D部門が事業部との協創で研究開発要素を含む先進的な攻めのDXを担当し、IT推進部が全社IT基盤の整備や間接生産性向上などの守りのDXを担当しているが、現場だけで進めても大きな成果に繋がらないため、経営企画室の中に経営層とのコミュニケーションを図るDX推進室を置き、三位一体で推進していくことが大事と考えている。
    日本の製造業は現場の価値観が強過ぎると、経営にとって意味のないDXを進めることになり、大きな成果に繋がらないため注意が必要だ。
    ダイキンが様々な取り組みを始めて7年が経過したが、少しずつ形になってきた。この間には先端のデジタル技術の取り込みのほか、大学との連携や社外の一流人材から卓越したアイデアを得ている。また、我が社のビジョンを実現するために現在、8対2となっているハードウエアとソフトウエアの開発者の割合を6対4程度にしていきたい。このように定量的な目標を決めて推進した結果、少しずつ成果が出始めている。

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