人々の理解を得るために 物流地位向上に向けて (その2)
2016-09-05
メーカーでも、なかなか物流部門の地位が向上しません。どこの会社でも異口同音で物流の地位の低さを嘆いています。それには要因があるのですが、意外と当事者はそれに気づいていないのかもしれません。それとは、「お客様に喜んでもらえる仕事」ができていないことです。メーカーで物流にとってのお客様は製造工程ですが、そこが喜ぶレベルの物流ができていないのです。よく「運び屋」と揶揄されることがありますが、まさに言われたとおりにものを動かすことが仕事の中心になってしまっているのです。
このサービス水準を「適正水準」に戻さない限り、メーカー内での物流の地位向上は難しいと言わざるを得ません。物流の地位が低いことに対して、当事者は愚痴の一つや二つを言いたくなることはわからないではありません。ただしそれは逆効果です。愚痴を言えば言うほど、またか、ということで物流の評判を下げてしまいます。
他者に頼ることもほどほどにした方が良いのではないでしょうか。自分たちでは何ともならない、国はもっと動くべき、という主張も耳にします。たしかに日本の物流政策は今一つの感を脱することはできません。しかし、だからといって、自分たちがやるべきことを棚に上げて他者のせいにするのもいかがなものかと思います。
人々の理解を得るためには「自分たちがやるべきことをやる」、これに尽きるのではないでしょうか。お客様が喜ぶサービスを提供する、お客様の効率化に寄与する物流を行う、こういった心がけは当たり前のことですが、改めて振り返ってみる必要が...
ありそうです。
特に運送業につきましては、現在、約6万3000社が存在しています。この状態は典型的なレッドオーシャンですが、この状況を生み出したのは他でもない、私たち物流にかかわる者たちです。価格競争が大変であることは間違いありません。その一方で、ちょっとした工夫がお客様に喜ばれるサービスとなり、他社より一歩抜きんでることもできるのです。それが人々の理解につながることは言うまでもありません。