ピクトグラムの著作物性
2017-11-28
本件は、ピクトグラムの著作物製を認めたおそらく最初の判決でしょう。わが国においてピクトグラムは、前回1964年の東京オリンピック以来普及し、多用されています。代表例は非常口を示す図柄やトイレを示す図柄です。文字による表現に代えて図柄で表現することによって、文字を読めない人にも情報を伝えることができるツールであり、文字と同様に情報伝達のための道具です。
そこで、ピクトグラムの著作物製を考えるに際しては、書体(フォント)の著作物製に関する判断を参照する必要があります。本件判決も同様の手法を採用しており、「ゴナ事件」の最高裁判例を引用しています。ここでは「顕著な特徴」「美術鑑賞の対象になる」というハードルが示されています。
著作権法2条1項1号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」と解するのが相当です。
この点につき、印刷用書体について右の独創性を緩和し、又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると、この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあり(著作権法19条ないし21条、27条)著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになります。
本件判決は、この判例を前提として、ピクトグラムは創作の幅が限られているとしつつも、本件ピクトグラムは個性が表れており美術鑑賞の対象になると認定しています。以下に判決の抜粋を示します。
本件ピクトグラムは、実在する施設をグラフィックデザインの技法で描き、これを、四隅を丸めた四角で囲い、下部に施設名を記載したものである。本件ピクトグラムは、これが掲載された観光案内図等を見る者に視覚的に対象施設を認識させることを目的に制作され、実際にも相当数の観光案内図等に記載されて実用に供されているものであるから、いわゆる応用美術の範囲に属するものであるといえる。
応用美術の著作物性については、種々の見解があるが、実用性を兼ね た美的創作物においても、「美術工芸品」は著作物に含むと定められており(著作権法2条2項),印刷用書体についても一定の場合には著作物性が肯定されていること(最高裁判所平成12年9月7日判決・民集 54巻7号2481頁参照)からすれば、それが実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には、美術の著作物として保護の対象となると解するのが相当である。
ピクトグラムというものが指し示す対象の形状を使用して、その概念を理解させる記号(サインシンボル)である以上、その実用的目的から客観的に存在する対象施設の外...
観に依拠した図柄となることは必然であり、その意味で創作性の幅は限定されるものである。しかし、それぞれの施設の特徴を拾い上げどこを強調するのか、そのためにもどの角度からみた施設を描くのか、また、どの程度、どのように簡略化して描くのか、どこにどのような色を配するか等の美的表現において、実用的機能を離れた創作性の幅は十分に認められる。このような図柄としての美的表現において制作者の思想,個性が表現された結果、それ自体が実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている場合には、その著作物性を肯定し得るものといえる。
この観点からすると、それぞれの本件ピクトグラムは以下のとおり、その美的表現において制作者であるP1の個性が表現されており、その結果、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているといえるから、それぞれの本件ピクトグラムは著作物であると認められる(弁論の全趣旨)。