エンタープライズ・セリング(Enterprise Selling)・ビジネスを立ち上げるお手伝いをしています。特定の相手にプロダクトやサービスを販売することから、企業として信頼関係を構築し様々なソリョーションを販売することを目指すというものです。一方で、いくつかのコンサルティング会社と一緒に仕事をする中で、ソリューションが売れなくなってきているという話をよく聞くようになってきました。
個別のプロダクトやサービスではなく、顧客の問題を解決するソリューションを提供するビジネスに移行することは、多くの会社が目指していることですが、まずはソリューションの売り方について目指すべき姿を明確にすることが重要です。今回は、ソリューション・ビジネスやエンタープライズ・セリングにおける営業スタイルについて考えたいと思います。
1. プロダクト営業とソリューション営業
優れたプロダクトやサービスを開発し、それを販売するビジネス・スタイルであるプロダクト営業は、顧客が具体的な問題を抱えていて、それらを解決する方法が明らかな場合に有効な営業スタイルです。プロダクトやサービスの機能、性能、品質が売れるかどうかの主要因となり、開発部門がビジネスを伸ばすカギを握ることになります。
ビジネスがある程度の規模になると、機能や性能が競合他社と差別化できなくなる、あるいは、既存のプロダクトやサービスが行き届いて需要が落ちてくるなどの理由から、プロダクト営業ではビジネスを拡大することが難しくなります。そのため、顧客が抱えている問題を分析して、自社のプロダクトやサービスを適切に組み合わせることでその問題を解決するというソリューション・ビジネスに移行するようになります。
ソリューション・ビジネスにおける営業スタイルがソリューション営業で、顧客が困っていることや障害となっていることを分析して原因を特定し、プロダクトやサービスを組み合わせたソリューションを設計し提供することができるコンサルタントの存在がビジネスを伸ばすカギとなります。
ソリューション営業を得意としているコンサルティング会社や SIer が、アセスメントを通じて顧客に対するヒアリングや業務調査などを行い、顧客の現状を整理、分析し、問題を引き起こしている根本原因を特定し、その解決策を提案するコンサルタントの確保や育成に力を入れているのもそのためです。
2. インサイト営業
ソリューション営業を得意とするコンサルティング会社や SIer でも、先に紹介した「ソリューションが売れなくなってきた」ということが起きているということは、コンサルタントによるソリューション営業にも限界があるということです。
優れたコンサルタントは高い問題解決能力を持っているわけですが、顧客が持っている情報や知見を把握し分析することが大前提となっています。そのため、ソリューション営業は、顧客が認識できている問題を解決するという枠を越えることはできませんし、顧客が問題解決力を高めることでコンサルタントも必要ではなくなります。ソリューション営業にも限界があるのです。
ソリューション営業の次の営業スタイルといわれているのがインサイト営業です。これは、ビジネスを続けることが難しくなるという問題に気づいていない顧客に対して、顧客やそのビジネス環境に対するインサイト(洞察)を提供し、潜在的な問題を顕在化して解決に導くという営業スタイルです。
インサイト営業は、インサイトによって顧客が見えていないことを気づかせ、顧客が自ら設定している枠組みを越えること、つながる価値を提供して強固な信頼関係を構築することで、より複雑で大規模な案件を獲得することを可能にします。
3. チャレンジャー・セールス・モデル
インサイト営業を具体化したものに米国 CEB社が提唱している「チャレンジャー・セールス・モデル」があります。これは、4年間 90社 6,000人を対象にした調査結果から導き出したというものです。インサイト営業をイメージしてもらうために、内容を簡単に紹介しましょう。
CEB社の調査によれば、顧客がプロダクトやサービスに対して感じる信頼や愛着を示すカスタマー・ロイヤリティを左右しているのは営業段階での体験であり(50%以上の寄与率)、営業(セールス)担当の振る舞いがもっとも重要だということです。
そこで、営業担当の振る舞いを分析したところ5タイプに分類でき、それぞれについての営業パフォーマンスを調べたのです。各タイプの特徴は次の通りです。この中で「チャレンジャー」がインサイト営業を実践している営業担当です。
小規模で比較的シンプルなプロダクトやサービス、ソリューションの案件(セールス)で高いパフォーマンスを出しているセールス担当タイプ別の比率は、図に示すように「ハードワーカー」と「ローンウルフ(一匹狼)」が大きな割合を占めています。一方、大規模で複雑な案件の場合は、「チャレンジャー」が半分以上を占めています。つまり、インサイト営業の実践者である「チャレンジャー」タイプの営業担当は、確かに大きな案件を獲得していることがわかります。
図199. 高いパフォーマンスを出すセールス・タイプ別比率
セールスにとって重要なのは顧客との関係を築くことだと考えられているため、プロダクト営業やソリューション営業で重視される傾向なのは「リレーションシップ・ビルダー(関係構築)」タイプだと思いますが、興味深いことに、小規模でシンプルな案件でも、大規模で複雑な案件でも、高いパフォーマンスを出しているセールスに「リレーションシップ・ビルダー」タイプは少ないのです。効果的な営業スタイルについて改めて考える余地があるかもしれません。
4. インサイト営業実現のためのポイント
冒頭に述べたエンタープライズ・セリングの立ち上げですが、基本になるのはインサイト営業の確立だと考えて取り組んでいます。チャレンジャー・セールス・モデルをそのまま導入するのではなく、ソリューション営業もインサイト営業もできる営業スタイルを目指しています。
ソリューション営業では現状整理や根本原因分析などが重要なスキルですが、これらはインサイト営業でも有効です。ただし、ソリョーション営業に加えてインサイト営業も実施するには、次のようなスキルを身につけることが重要だと考えています。
・推測による仮説構築
・固定観念や思い込みを破壊できる視点
・新しい世界観(ビジョン)の設計
・感情への働きかけ
さらに、セールスプロセスも見直す必要があります。継...
続的、段階的に顧客の情報を入手し、その度に仮説を再構築し、再提案するというサイクルを繰り返すことで、仮説と提案の精度を高めていくのです。
ところで、インサイト営業のためのセールス担当の育成に関して多くの組織で問題となるのが、プロダクト営業が主となっているセールスを対象に行うのがいいのか、プロダクトやサービスを開発している技術出身者を対象に行うのがいいのかということです。明確な答えを持っているわけではありませんが、今のところは、技術出身者を対象に育成するのが早道だと思っています。「チャレンジャー」タイプの特徴は、新たなプロダクトやサービスを開発する技術者が持つべき特徴と重なる部分が多いと考えるからです。
いずれにしろ、インサイト営業にシフトする人材育成や、積極的にインサイト営業に挑戦することが必要となるのは間違いありません。
今回は、プロダクト営業、ソリョーション営業の先にある、より強固な顧客との信頼関係を構築し、より大きな価値を提供するビジネスにつながる営業スタイルであるインサイト営業について紹介しました。営業スタイルをインサイト営業にシフトするための具体的な方法については、また別の機会に紹介したいと思っています。