「死の谷」問題は、研究開発テーマの事業化で避けて通ることができません。これは、洋の東西を問わず、多くの企業の研究開発プロセスに横たわる問題です。
1.死の谷とは
死の谷とは、研究開発活動と事業化活動との間に横たわる溝のことを意味し、具体的には研究開発部門と事業部門との間の組織的な壁により、研究開発部門で創出されたテーマの成果がうまく事業化されず、谷に落ちてしまうことを意味します。
2.死の谷は必ずしも悪ではない
通常死の谷は、そもそもはあってはならないネガティブなものとして捉えられます。せっかく研究開発への投資により生み出されたテーマの成果が、事業化されないのですから、それまでの研究開発の成果がムダになってしまいます。また、本来事業化されれば大きな収益をもたらしたであろうそのテーマが、事業化されず、機会損失が発生します。加えて、そのテーマに携わったメンバーのモラールも低下してしまいます。悪いことだらけのように見えます。
しかし、本当にそうでしょうか?顧客へのインパクトが小さい、自社で取り組むには市場が小さすぎる、自社の事業化のための諸々の能力が他社に比べて劣る、事業化には追加的な難しい技術開発を必要とするなど、研究開発段階では、現実には事業化の点からは問題を抱えたテーマに取り組まれていることが多いものです。死の谷の役割は、これらのテーマを事業化のフェーズに入る前にふるい落とすことであると、ポジティブに捉えることもできます。
3.死の谷の代替としてのステージゲート法のゲート
既に気付かれているかもしれませんが、誤解を恐れずに言えば、死の谷はステージゲート法のゲートの役割と同じなのです。事業化直前のゲートの役割は、本当に事業化のための大きな投資をしても良いのかを評価するゲートです。ゲートで評価する、顧客のニーズは大きいか? 市場は魅力的か? 自社の強みは生かせるか? 技術的に勝てるのか? 投資に対し正当なリターンが得られるか?などは、実際にリスクをとって事業化を行う事業化部門から突きつけられる問いであり、この問いの答えが否定的であれば、そのテーマは死の谷に落とさなければならないのです。
4.死の谷とステージゲート法の違い
その役割が死の谷と同じであれば、ステージゲート法の価値はありませんが、もちろんそうではありません。事業化前の死の谷が無いがのごとく、全体のプロセス上に流れるテーマを効率的に流すのがステージゲート法の役割でもあります。大きく死の谷とステージゲート法とは以下のような大きな違いがあります。
(1)事業化部門が判断すべき評価を予め明確にする
通常死の谷に悩む企業の問題は、いざ事業部門への移管の段階で、研究開発部門と事業化部門との間での認識の違いが発生し、テーマが前に進まず死の谷に落ちてしまうということです。ステージゲート法では、事前に事業化部門が判断すべき評価項目が明示されています。従って、その場で突然、認識の違いが顕在化することはなく、プロジェクトチーム側は、研究開発がスタートする以前から、クリアすべき点を理解することができます。
(2)事業化成功のための信頼性の高い評価項目となっている
その評価項目は、事業部門の事業化担当の属人的な判断ではなく、自社、さらには他社のテーマの事業化の経験や教訓から導きだされた評価項目になっています。加えて、それが網羅的に決められています。当然、事業化の成功に向けて充足しなければならない項目は少なからずあります。それら項目は漏れなく検討されなければなりません。
(3)死の谷のずっと以前から死の谷を越える評価がなされる
ステージゲート法では、実際に事業化担当部門にテーマが移行するずっと前から、事業化の視点で評価されます。従って、事業化直前ではなく、そのずっと前から事業性の評価がなされ、死の谷を越えられないようなテーマは極力もっと前の段階で中止するということを行います。
(4)プロジェクトがスタートする時点から谷...
上のような評価項目が事前に明示されていれば、大きな効果がありますが、それだけでは不十分です。不確実性の高い革新的なテーマにおいては、その評価項目を実際のプロジェクトに当てはめ検討するには、プロジェクトを進める中で高い密度のコミュニケーションが必要とされます。従って、そのようなコミュニケーション上の課題に対応するためには、プロジェクトがスタートする時点から谷の向こう側の人たちに直接・間接に関与してもらうことです。実際にプロジェクトチームに事業化部門の人に入ってもらうり、適宜情報共有化の機会を持つ、初期のゲートでも事業化部門の人にゲートキーパーとして入ってもらうなどを、ステージゲート法では行います。
以上のように、ステージゲート法は「死の谷」の代替システムでもあり、また「死の谷」を効果的に乗り越えるシステムでもあるのです。