【経済性工学 連載目次】
1. フリー・キャッシュフロー
今日、企業に要求されている財務諸表では、損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)だけでなく、キャッシュフロー計算書が重要視されています。高リスク時代には戦略的マネジメントが重要となり、「部分最適」ではなく長期的・総合的に資本の生産性を向上する「全体最適」が問われることになります。注目が高まっているキャッシュフロー経営とは、当期のフリー・キャッシュフロー(FCF)の最大化だけでなく、それを再投資し、将来にわたりフリー・キャッシュフロー(FCF)を継続的に増やしていこうというものです。
フリー・キャッシュフロー(FCF)は、次式で定義されます。
FCF=営業利益(1-税率)+減価償却費-投資±運転資本の増減
ただし、運転資本=売上債権(受取手形+売掛金)+在庫-仕入債務(支払手形+買掛金)であり、キャッシュとは現金だけでなく現金等価物(当座預金・普通預金・通知預金や3ヵ月以内の定期預金・コマーシャルペーパー・公社債投信など)も含みます。フリー・キャッシュフローは、金利を含まず、無借金であると仮定した場合のキャッシュフローとなります。
フリー・キャッシュフローの構成要素のなかで、技術者といえども必要な知識なのが投資です。投資とは、本来的には、将来に期待される不確実なリターンに対し、現在どれだけのコストを許容するかを決定することです。つまり、現場レベルの実践DCF法が意思決定に威力を発揮するのです。
2.経済性工学の意味
企業価値(株価)や投資価値とは、将来のキャッシュ獲得能力であり、その現在価値を分析するのにDCF法が用いられます。DCF法とは、将来のキャッシュフローを時間とリスクを考慮した割引率で現在価値に換算して評価するものです。生産技術の世界では周知の事実ですが、設備投資のDCF実践手法としては経済性工学しかないと考えられます。企業の最終目的は、現金の正味増加額(儲け)の最大化であり、P/L利益や生産性指標は目的ではなく手段となります。
経済性工学とは、経済的に有利な方策を探し、比較し、選択するための理論と技術の総合されたものに対する呼び名であり、経営科学の1分野とされています。簡単にいうと、採算計算や経済性分析などの“損得計算”の意味です。財務会計が過去、管理会計が現在の活動状況を表すのに対して、経済性工学(損得計算)は、将来に向けた意思決定のための計算なのです。
3.よくある間違い
企業の損得計算の中で、よく間違いを見かけます。たとえば、製品原価を算出するのに固定的費用を単純に割り掛けたり、既存の設備を使う場合と新規設備投資を行う場合に埋没原価(sunk cost)を含めて計算したりするなどです。また、内外作の決定に対して、手余りか手不足かでの使い分けや内外作の選択対象部品の優先順位付けも、正しく認識されていない場合が多いようです。さらに、利益率法や回収期間法の使い方、寿命の違う投資案の計算方法などもうまく使われていません。
また、金額的な尺度で評価することが難しい要因をインタンジブルファクターと呼びます。具体的には、お客様のイメージ向上、環境問題への対応、製品の操作性や安全性、納期遅れ防止による信用の維持などです。これらは、金額的に評価できないということで除外されてしまうことが多いと思われます。経営者も代替案をもたないことから「しょうがないなあ」で済まされているようです。
4.経済性工学の活用場面
経済性工学は、経済性の評価を行うあらゆる場面で活用できます。マーケティング部門では、商品の需要動向からどの商品をどこで投入したら儲かるか、値下げによって拡販すべきかなどの評価に使えます。購買部門では、購入資材の選定や購入量の決定、過剰在庫の処分方法、資材の先行手配の可否、倉庫の活用方法などきわめて多様です。製造部門では、内外製区分の判断、作業方法や工程不良率の低減、生産性の向上、設備の更新、段取替えの判断、安全性や環境対策などです。人事部門でも、総人件費の削減や教育費の効果算定などが避けられない状況となっています。最後に、技術部門の技術者や設計者には...
たとえインタンジブルファクターがあったとしても、次のように考えていけばよいでしょう。例えば、A案、B案、C案の3つを比較する場合、可能な限り経済性の評価を行います。B案は、A案とC案よりどの程度多く利益を得られるかを判定します。その上で補足的にパラメータ条件を振った感度分析を併用するのです。
参考文献
- 1) 千住鎮雄/伏見多美雄:経済性工学の基礎、日本能率協会マネジメントセンター、2000
- 2) 鎮雄/伏見多美雄:経済性工学の応用、日本能率協会マネジメントセンター、1982