企画プロジェクトが越えるべき2つの難所
2017-04-19
未来の事業や商品につながる新たなテーマの創出は、研究開発における最重要課題の一つです。とりわけ、ものづくり企業の成長戦略の柱としてイノベーションが位置づけられ、研究開発に対する経営からの期待が、「現在の経営戦略・事業戦略との整合」から、「経営戦略・事業戦略との創発による未来の創造」へと変化する中、新たなテーマの創出が益々重要になっています。
研究開発テーマの創出は、トップダウンで設定する、技術者・研究者からテーマを募集しボトムアップで設定する、チームによる企画プロジェクトを立ち上げる、など様々なやり方があります。また、テーマ創出のためのフレームワークについても、未来の社会や市場を想像しながら顧客課題を先取りする「価値革新」、自社の持つ技術を機能として定義し、新たな用途や市場を探索する「技術展開」、先端技術や萌芽技術を探索し、自社の技術と融合させることで新たな価値を構想する「技術新化」など、自社が生み出したいイノベーションの方向性に応じたいくつかのやり方があります。ただし、どのような形であれ、テーマ創出を一過性のイベントや単発の活動で終わらせず、価値創造力及び、技術力の向上へむけた現場の自己革新として戦略的に取り組むことが大切です。
少人数の技術者、研究者でチームを組み、3~6ヶ月程度の期間をかけて行う企画プロジェクトは、新たなテーマの創出と同時に、自社の特性に応じた独自の企画プロセスの構築や技術人材の育成を狙った2軸型の取り組みであり、イノベーション戦略の実践において有効な方法です。チーム活動は、悪い形になるとグループシンクの状態に陥ってしまいますが、よい方向に進むとチームダイナミクスを発揮し、個人の取り組みでは生み出せないような成果(テーマの内容だけでなく、その実行力を含めて)を生み出します。
企画プロジェクトがチームダイナミクスを発揮するためには様々な要素が絡みますが、今回は、活動の過程で生じる2つの難所について紹介したいと思います。まず、1つ目の難所は、活動の前半、スタートして1~2ヶ月くらいにやってきます。企画チームは、プロジェクトの目的や目標、基本的な進め方や用いるフレームワークをメンバーが共有してスタートしますが、実際に活動が始まってみると、現在自分たちがどこにいるのか、今後どこに向かってどう進めばよいか、本当にゴールに辿り着けるのかが不安になり始めます。それは、まるで光の射さない暗い森の中に入ったような感覚です。私は、この難所を「迷いの森」(注)と呼んでいます。
迷いの森を抜けると、チームの活動は軌道に乗ります。情報があつまり、アイデアが生まれ始めます。メンバーの表情や動きにも変化が現れます。しかし、ここで2つ目の難所が待っています。これを私は、「統合の山」と呼んでいます。統合の山では、活動から得られた情報やアイデアをどのように解釈し、まとめながらテーマに仕上げていけばよいのかが見いだせず、「本当にまとまるのだろうか。テーマとして仕上げられるのだろうか。」という不安にメンバーが襲われます。まるで、情報が積みあがった高い山を前にして、立ち尽くすような不安な感覚です。
「迷いの森」と「統合の山」、この2つの難所は、企画プロジェクトがよい形で組織化し、成果を形にするうえで重要な要素です。難所を越える過程は、メンバーの思考を深め、前に進むためのエネルギーを生み出します。これらの難所を経験せず進んだプロジェクトは、外目にはスムーズに進んだように見えますが、実際にはあまりよい成果に繋がりません。
企画プロジェクトは、「生きもの」です。決して、手法やフレームワークを当てはめて、そのとおりに進めればうまくいくというものではありません。先行きの見通せない状態や散在した情報を前にしたモヤモヤ感や不安感、先が見えてきたときの安堵感、新しい知識や気づきに触れた時のワクワク感、そして思いを形にできた時の喜びや達成感など、人間だからこそ持つ感情を原動力として進む人間臭い活動なのです。近年の神経生物学の研究によって、感情や情動は、創造性や合理的な意思決定に強く結びついていることが明らかになってきました。スピードを重視するあまり、粛々と機械的に調査や分析作業を行い、ブレ―ストーミングを繰り返すような進め方だけでは、企画プロジェクトを行う価値は半減します。
企画プロジェクトに携わるコンサルタントの重要な仕事は、2つの難所を組...
み込んだ活動プロセスを設計すること、活動状況を見極めながら、それに応じて柔軟に進め方を修正していくことで難所を越える経験を支援すること、そして人間臭い活動としての企画プロジェクトの重要性に対して、経営者・管理者及び現場の技術者・研究者の理解と共有を促進することであると考えています。
単にテーマを生み出す作業ではなく、様々な経験や新たな知との接触をとおして学習する組織学習として企画プロジェクトを捉え直すことは、イノベーション戦略を実践し、技術力・価値創造力を高めるために自社の研究開発現場に何が必要なのかを考えるうえで重要な示唆を与えてくれます。
(注)「迷いの森」は、「研究過程においては必ず迷いの森が存在し、それを越えることで研究者は成長していく」という北陸科学技術先端大学大学院マテリアルサイエンス研究科の高木昌宏教授のお話から教えていただいた言葉です。