国際財務報告基準への技術部門の対応とは

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1. 国際財務報告基準とは

 
 国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards)IFRS のことで、国際会計基準審議会(IASB)というところによって設定される会計基準です。ISO などと同じようにもともとは欧州での標準です。IFRS 対応は経理部門を中心で行い、少なくとも技術部門には大きな影響はないと考えている会社は多いようですが、技術部門への影響はかなり大きなものになると思います。今回は、IFRS の技術部門への影響について考えてみたいと思います。
 
 いろいろなところでいわれていますが、まず最初に重要となるのが、研究段階と開発段階を明確に区別すること。
 
 研究段階の支出はすべて費用として処理できるので現在の会計基準と変わりませんが、開発段階の支出は、成果を利用した将来の収益見込みがある場合は資産として計上しなければなりません。具体的には、以下の要件をすべて満たす場合は「無形資産」とすることになります。
 
1. 技術的に無形資産を完成させることのできる可能性(技術的実行可能性)
2. 無形資産を完成し、使用あるいは売却する意思があること
3. 無形資産を使用あるいは売却する能力があること
4. 無形資産が将来の経済的便益を生成する方法を示せること
5. 無形資産を使用あるいは売却するための十分な技術、財務その他の資源があること
6. 開発中の無形資産関連支出を信頼性をもって測定できる能力があること
 
 研究段階というのは、要素技術開発や基礎技術開発などと呼ばれていることが多く、今まで持っていない技術の開発や、複数の製品に使う共通技術の開発などが相当します。多くの開発組織では別チームになっていると思います。「技術開発」というのが適切でしょう。
 
 一方、開発段階は製造・販売が決まっていて、そのスケジュールにあわせて設計や試作を行う、いわゆる「製品開発」ということになります。技術的な実現性検証を行う先行開発と呼ばれるステップがありますが、これも明確に製品化が目的ですから開発段階のひとつと考えるべきでしょう。
 

2. 技術部門における IFRS 対応のポイント

 
 それでは、製品開発における開発費を資産計上する際に注意すべき点について、技術部門の視点で考えたいと思います。
 

(1) 工程移行判定の運用の厳格化

 
 ほとんどの開発組織では開発工程定義があり、工程ごとに移行判定のための会議体が運用されていると思います。レビュー会議、判定会議、デシジョンポイント、などと呼ばれている会議体です。
 
 この工程移行判定の中でもっとも重要となるのが研究段階から開発段階への移行判定です。この判定の前後で会計処理が変わります。判定前の研究段階での支出はすべて費用として処理できるので、その実績がわかるようになっていることと、判定後の開発段階における原価項目ごとの計画値が明確になっていることが大切です。
 
  技術マネジメント
 

(2) 製品ごとの原価管理

 
 技術部門の多くは、部署ごとに原材料費や人件費などの原価を管理していて、製品ごとの原価管理を行っていません。資産計上は製品ごとに行う必要があるので、製品ごとの原価管理の仕組みが必須となります。
 
 そのためには、原価管理システム含めて、プロダクトコードやプロジェクトコードごとに原価項目を管理できるようになっていなければいけません。たとえば、原材料費や外部の人件費はどのプロダクト(プロジェクト)で発生したものなのかがわかるようになっている必要がありますし、内部の人件費はプロダクト(プロジェクト)ごとに工数を記録・管理する必要があります。
 

(3) 計画妥当性の根拠説明の徹底

 
 工程移行判定における製品開発計画における、販売量、原価、利益などの妥当性を明確に説明できる必要があります。とくに、人件費などの原価についてその計画値の妥当性を説明できることが重要です。つまり、見積もりの妥当性を説明できる仕組みです。
 
 見積もり妥当性は見積もり式(根拠)を持っているかどうかで決まり、また、見積もり式を作るためには、プロダクト(プロジェクト)について過去からの計画と実績をデータとして蓄積できているかどうかで決まります。見積もりを含めて立派な開発計画書フォーマットをもっていても、その見積もりは個人の経験と勘で決めているというのでは、その見積もり根拠は説明できるレベルにはなっていないということです。
 

3. 必要なのはプロジェクト管理の仕組み見直し

 
 このように、IFRS...

1. 国際財務報告基準とは

 
 国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards)IFRS のことで、国際会計基準審議会(IASB)というところによって設定される会計基準です。ISO などと同じようにもともとは欧州での標準です。IFRS 対応は経理部門を中心で行い、少なくとも技術部門には大きな影響はないと考えている会社は多いようですが、技術部門への影響はかなり大きなものになると思います。今回は、IFRS の技術部門への影響について考えてみたいと思います。
 
 いろいろなところでいわれていますが、まず最初に重要となるのが、研究段階と開発段階を明確に区別すること。
 
 研究段階の支出はすべて費用として処理できるので現在の会計基準と変わりませんが、開発段階の支出は、成果を利用した将来の収益見込みがある場合は資産として計上しなければなりません。具体的には、以下の要件をすべて満たす場合は「無形資産」とすることになります。
 
1. 技術的に無形資産を完成させることのできる可能性(技術的実行可能性)
2. 無形資産を完成し、使用あるいは売却する意思があること
3. 無形資産を使用あるいは売却する能力があること
4. 無形資産が将来の経済的便益を生成する方法を示せること
5. 無形資産を使用あるいは売却するための十分な技術、財務その他の資源があること
6. 開発中の無形資産関連支出を信頼性をもって測定できる能力があること
 
 研究段階というのは、要素技術開発や基礎技術開発などと呼ばれていることが多く、今まで持っていない技術の開発や、複数の製品に使う共通技術の開発などが相当します。多くの開発組織では別チームになっていると思います。「技術開発」というのが適切でしょう。
 
 一方、開発段階は製造・販売が決まっていて、そのスケジュールにあわせて設計や試作を行う、いわゆる「製品開発」ということになります。技術的な実現性検証を行う先行開発と呼ばれるステップがありますが、これも明確に製品化が目的ですから開発段階のひとつと考えるべきでしょう。
 

2. 技術部門における IFRS 対応のポイント

 
 それでは、製品開発における開発費を資産計上する際に注意すべき点について、技術部門の視点で考えたいと思います。
 

(1) 工程移行判定の運用の厳格化

 
 ほとんどの開発組織では開発工程定義があり、工程ごとに移行判定のための会議体が運用されていると思います。レビュー会議、判定会議、デシジョンポイント、などと呼ばれている会議体です。
 
 この工程移行判定の中でもっとも重要となるのが研究段階から開発段階への移行判定です。この判定の前後で会計処理が変わります。判定前の研究段階での支出はすべて費用として処理できるので、その実績がわかるようになっていることと、判定後の開発段階における原価項目ごとの計画値が明確になっていることが大切です。
 
  技術マネジメント
 

(2) 製品ごとの原価管理

 
 技術部門の多くは、部署ごとに原材料費や人件費などの原価を管理していて、製品ごとの原価管理を行っていません。資産計上は製品ごとに行う必要があるので、製品ごとの原価管理の仕組みが必須となります。
 
 そのためには、原価管理システム含めて、プロダクトコードやプロジェクトコードごとに原価項目を管理できるようになっていなければいけません。たとえば、原材料費や外部の人件費はどのプロダクト(プロジェクト)で発生したものなのかがわかるようになっている必要がありますし、内部の人件費はプロダクト(プロジェクト)ごとに工数を記録・管理する必要があります。
 

(3) 計画妥当性の根拠説明の徹底

 
 工程移行判定における製品開発計画における、販売量、原価、利益などの妥当性を明確に説明できる必要があります。とくに、人件費などの原価についてその計画値の妥当性を説明できることが重要です。つまり、見積もりの妥当性を説明できる仕組みです。
 
 見積もり妥当性は見積もり式(根拠)を持っているかどうかで決まり、また、見積もり式を作るためには、プロダクト(プロジェクト)について過去からの計画と実績をデータとして蓄積できているかどうかで決まります。見積もりを含めて立派な開発計画書フォーマットをもっていても、その見積もりは個人の経験と勘で決めているというのでは、その見積もり根拠は説明できるレベルにはなっていないということです。
 

3. 必要なのはプロジェクト管理の仕組み見直し

 
 このように、IFRS 対応は社内の経理部門に任せっきりでできるものではなく、技術部門が製品開発におけるプロジェクト管理の仕組みとして取り組む必要があるテーマです。
 
 さらに、単に技術者の工数を収集・管理すればいいというような話ではなく、製品開発におけるプロジェクト管理の仕組みとして、見積もり式による計画根拠の明示や、工数などの実績データ収集による継続的な計画の見直し、さらには、工程移行判定の運用徹底などに取り組む必要があると考えられます。
 
 技術部門はまだまだ IFRS は他人事のように考えているような感じです。しかし、後々になって場当たり的に対応するのではなく、見積もり精度向上や、製品開発の妥当性検証の仕組み化という広い視野で、早い段階から積極的に取り組むのがよい結果を生むと思います。
 

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この記事の著者

石橋 良造

組織のしくみと個人の意識を同時に改革・改善することで、パフォーマンス・エクセレンスを追求し、実現する開発組織に変えます!

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