本稿では、ある上場企業の海外子会社で発生した着服について考えます。
以下は、実際に報道された新聞記事の要約です。事件がここまで大きくなってしまった背景には、いったい何があったのでしょうか?
<新聞記事の要約>
A社は、B国子会社で法務業務を担当していたB国人の元男性役員が約7億円を着服した疑いがあると発表した。同社はすでに捜査当局に刑事告訴している。
同社によると、この元役員はB国の弁護士資格を持ち、1月に副社長として現地採用され、訴訟など法務業務を中心とした管理部門を担当。11月から翌々年4月にかけ、訴訟費用の水増しや架空請求を繰り返し着服したという。子会社の法務費用が急激に増えたことから内部調査が行われ5月に着服が発覚。元役員は同月解任された。
彼の手口は、架空の弁護士事務所名義で請求書を発行し、A社から支払わせる、というものでした。この話には続きがあり、元役員は、5月の解任後、12月に自首しました。着服した金は、骨董品購入に充てていたようです。 それにしても、1年半に亘って、7億円という多額の不正処理が見過ごされてきたことに驚きを禁じえません。手口も単純です。この事件には、以下のような複合的な要素が背景にあるものと考えられます。
<事件の背景>
- 1.不正を防ぐ仕組が存在・機能していなかった
- 2.「弁護士だから大丈夫」という思い込みがあった
- 3.海外の「法務費用は高い」という思い込みがあった
1.「不正を防ぐ仕組」
本社が内部監査を実施するにしても、その範囲や頻度には限界があります。子会社でしっかりとした内部統制を構築しておくことが必要です。この事例の場合、新規取引先や委託先に対する実在性や安全性を調査し、問題ないことを確認したうえで取引を開始する、というプロセスが機能していれば、問題が大きくなる前に防げた可能性があります。
不正を防ぐ仕組を作ることは、企業と従業員を守ることにつながります。
2.「弁護士だから大丈夫」
海外では、資格を持った人間や役員経験者が新役員として採用されることが普通に行われています。「素晴らしい経歴の持ち主は、悪事を働かない」という思い込みは禁物で、企業に属する全ての構成員に対するリスクと仕組を検討し、「聖域」を作らないことが必要です。
3.「法務費用は高い」
法務のような無形の業務の場合、提供者によってサービスレベルが異なることがあります。しかし、専門性が高く、しかも外国語となるとその違いを見抜く事は難しく、費用の妥当性の判断は難しい面があります。しかし、相見積をとったり、現地にある日系企業団体などに相談したりすることで、おおよその費用を算出する事は可能です。
手間やコストはかかりますが、不正による財務的ダメージや社会的な信頼失墜からの回復に、それ以上の犠牲を払うことになりかねません。
ここでは上場企業の例を採りあげましたが、中小製造業が海外展...