『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『学習する組織をめざせ』の章です。活動するたびにいつも組織と構成員の成長があること、そのしくみが「学習する組織」です。それをめざすにはどうするのか、この章で解説します。
1. 仕事を通じて成長する
人は仕事を通じて鍛えられます。仕事には責任や義務が伴い、結果の良し悪しはすぐわかからです。趣味と違って何かを行うと、それに伴って必ず責任が生じます。仕事の過程と結果には、その人の人格や能力が全部出ることになります。
同時に成長する機会でもあるのです。たとえ仕事が悪い結果であったとしても得るところは大いにあるのですが、そこからは成長の決め手は得られないでしょう。成長の決め手はやったという達成感なのです。この達成感が自信にもつながるのです。
2. 成功体験と達成感
人が成長するのは、小さいものでも大きいものでもひっくるめてたくさんの成功体験を積み、達成感を味わうことによって決まります。まわりの人、たとえば子供の頃であれば親の責任、先生の責任であり、勤めた後は上司の責任です。多くの成功体験を積ませ、達成感をいかに味わせることができるかによってその人の成長を決めることになるのです。少なくとも大きなキッカケになるわけです。人を育てるマネジャーは、メンバーに成功体験をさせるか、達成感を味わってもらえるかに苦心しています。
ダメ元という言葉があります。ダメで元々というくらいだから、成功の確率が低いことは見えています。しかし、失敗してもリスクはないからやってみようということです。ビジネスの現場で使われるやり方です。しかし、人を育てるときに限っては決して使ってはならないやり方です。1回の失敗体験がその後に大きく影響することが少なくないからです。最初からダメでと言うくらいだから、リスクは大きいと考えなければならないでしょう。何もしないほうがよほどましなのです。
最近は、マネジャーであっても自分だけで担当する仕事を持つことも増えてきました。いわゆるプレイイングマネジャーです。こうなると部下に成功体験を積ませたり、達成感を味わわせたりするようなことに時間を割くことが難しくなります。自分の仕事には明確な納期があるのに対し、部下の育成は時間をかけたからといってすぐに成果が出るわけではありません。つまり、重要ではあるが、緊急性は感じられないのです。
成り行きとして部下の育成はいつも後回しになり、結局何も手がつかなかったということになりやすいのです。プレイイングマネジャーは部下と関わる業務遂行の機会を、育成のためにフルに活用するように心がけたいところです。たとえば、いま部下はどの仕事をしていて何に苦労しているか、少し思い巡らすだけでも育成のヒントは見つかるのです。さほどの時間をかけることなくできるものです。
キーとなるのは、育成と業務遂行の同時進行です。プレイイングマネジャーのみなさんには、職場にあった効果的なやり方を見つけてもらうことを期待しています。『坂の上の雲』では秋山兄弟の好古にしても真之にしても、いかにこの成功体験や達成感を得て成長したかが書かれています。
真之の例を見ると、参謀(高級指揮官のスタッフとして作戦指揮を補佐する将校)として成長していく様子がわかります。あるときから自分は参謀として向いていることを自他共に認めるようになるのです。それは仕事を通じて成長したのです。
東郷平八郎の例では、山本権兵衛(海軍大臣)が育成に努めている様子が書いてあります。東郷は多病のため、艦隊勤務の期間が少なく、さしたる目立つ業績はなかったらしいのです。整理リストに入るかどうかという状況で、山本は「様子をみよう」と小さな巡洋艦の艦長に配属します。つまり、東郷に機会を与えているわけですが、山本にすれば上司として東郷の持つ才能を...
引き出そうという試みでもあったのです。このあと、日清戦争時の高陞号事件*に際して東郷は冷静沈着な決断を示したのです。これが山本としては、後に東郷を連合艦隊司令長官に大抜擢する伏線になっています。
【注】 *高陞号事件
日清戦争時、清国陸軍兵士を朝鮮半島に輸送中のイギリス商船を東郷艦長の巡洋艦「浪速」が撃沈した事件。この「暴挙」にイギリス世論は激高したが、東郷のとった処置が国際法に基づく的確なものであったことが判明すると、一気に静まったと言われています。
【出典】
津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
筆者のご承諾により、抜粋を連載。