人材の課題 伸びる金型メーカーの秘訣 (その20)
2018-01-17
今回、取り上げる金型メーカーは、I 精機株式会社です。同社は、高い職人技術で、金型製作から試作板金、部品加工まで幅広く手がけてきましたが、今後はその職人技術の継承を確実に行っていくため、応用力を持つエンジニアを採用し育てていかなくてはならない必要性を感じています。そこで筆者は、同社の教育カリキュラムを構築するお手伝いをしました。今回、この取り組みを紹介するので、ぜひ参考にして下さい。
今回の支援においては一部、国や県の専門家派遣制度を利用しています。この制度は、筆者のような中小企業診断士や他の士業など、色々な方面の専門家が国や県の機関から派遣され、その費用は国や県が支払ってくれるというものです。これは、中小企業を支援するための制度なので、何か相談したいことや、同社のように何か取り組みたいテーマがあれば、ぜひ活用してみると良いでしょう。
筆者は拠点とする愛知県や、ミラサポといった中小企業庁の専門家派遣制度に登録しており、遠方の県外企業から申請をいただくこともあります。こうした制度は、取引金融機関や地元商工会議所から詳しい情報を聞くことができます。
金型業界や機械加工業では今、多能工や応用力のある若手人材が減っています。この点について筆者は、採用後のスタート教育が原因だと考えています。例えば、多くの金型メーカーにて新規採用者は、設備償却費が高く、なるべく稼働率を高めたいマシニングセンターや、工具を選ぶ作業がなく、また年々操作が優しくなっているワイヤー放電加工機の担当者になることが多いようです。
そこではまた、早期に機械稼動率を高めるため、手順ありきの教育になってしまう場合が多いのです。こうした教育は、いかにその「手順」を早く多く覚えるかといったものになり、暗記的な意味合いが強くなります。学生時代の勉強のやり方の延長に近いのです。また、こうした定型的な勉強は今の若手は得意です。しかし、こうした仕事のままでは、本人の付加価値の上がる要素が少なく、本人にとっても会社にとっても不幸になりかねないのです。
仕事でも勉強でも、単語(手順)をたくさん覚えることが重要なのではなく、覚えた知識をどう活かすかを考えられる能力を持つことが重要です。それこそ、今は細かな知識を覚えていなくても、インターネットで簡単に調べられる時代であり、ちょっとした調べモノは、本で調べたり先輩・上司に質問しなくても、インターネットですぐに情報が手に入ります。
だからこそ、技術者として、本当の価値の出し方が問われる時代になったのです。多くの経験をしてきたベテランも、それだけでは部下や後輩に尊敬してもらえる時代ではなくなりました。知識だけでもいけないのです。知識と技能、両方を合わせ持った技術者が価値を持つ時代です。
また、かつては多く存在した勘コツの優れた技術者も、高齢化に伴い減少しています。勘コツの基礎となるような、あれこれ試せる時間や予算の余裕が無くなったことも原因です。このような時代だからこそ、きちんと根拠や理由から説明できる教育が必要です。そうした事態になっていることを、M社長は気づき、いつか自社の強みを継承していくエンジニアが減ってしまうことを危惧しています。そこで計画的に、金型エンジニアを育成していける自社なりの教育カリキュラムを作るため、筆者に声をかけたというわけです。
筆者は、金型メーカーや機械加工メーカーの教育のあり方について、次の3点で整理しています。それは、①知識、②技能、③手順の3つであり、これらは、それぞれ教育方法が異なるため、扱いに注意を要するのです。
①の「知識」は、③の「手順」と明確に扱いを分けることが重要で、「知識」は、「手順」のように作業の順番ではなく、加工技術の理屈についてしっかりと教える必要があります。例えば、マシニング作業において、エンドミルの刃数の意義とそれをどう使い分けるのかなどが「知識」にあたります。ミーリングチャックへのエンドミルの取り付け方やその注意点などは、「手順」にあたります。
また②の「技能」は、手順を知ったとして急に出来るものではない作業を指します。いわゆる経験が必要になる技術で、例えば、マシニング作業においては、平行出しや基準位置決め、ドリル研ぎなどの作業が該当するのです。
ただし「知識」にあたる、正しい道具の使い方や操作方法など指導を受けなければ、自己流として間違った方法で覚えてしまう場合もあります。「技能」を効果的に習得するコツは、正しい「知識」を覚えた後、いかに「反復効果」を効かせた練習ができるかに尽きます。よく、この技能を覚えるには5年かかるとか、10年かかるといった比喩を聞くが、こと金型製作の技能においては、その限りではないと考えている。
結局、通常業務の中で習得していこうとすると、覚えようとする技能について、反復効果が表れるほど繰り返し実施する機会に恵まれず、5年や10年以上、会社で仕事をしていると、ようやく習得できるくらいその技能に触れる機会が出てくるという話であって、意図的に反復効果の効く練習方法をとれば、もっと効率的に習得することは充分に可能です。
こうしたトレーニングに有効なのが、昔、学校の勉強で使った「ドリル」です。ゴルフの練習でも、よくこの表現が使われます。ある体の動きを短期間で強制的に体に覚え込ませたいときに使われるトレーニングで、「この動きをこの順番で続けて行え...
ば頭や体に覚えさせることができる」といったトレーニング方法を、作業ごとに作ることが有効です。
このようなポイントを押さえながら、今回、同社では、①CADの操作、②板金展開、③金型部品の作図、④SolidWorksを使った3次元モデリングなどの項目について、教育を実施しました。今回の取り組みをきっかけに、今後同社の技術者が習得していくべき技術について、①知識、②技能、③手順の切り口に分け、教育カリキュラムを作っていくことができるのです。
同社は、高い応用力を持つ金型エンジニアを増やしてくため、採用活動を強化しています。多くの中小製造業で課題になっている人材の定着については、同社も重く受け止め、性別や年齢層を超えた、一体感のある社内の雰囲気づくりを心がけています。昨今の短納期化・低コスト化により、殺伐とした雰囲気になりかけている金型業界ですが、それを払拭するべく、同社ではM社長を中心として、若者からベテランまで満足して働きやすい職場を作る取り組みを日々実践しています。M社長は、企業の新たな付加価値創出のため、継続した技術開発に余念がありません。国境を越えた金型エンジニア育成に意欲を燃やす同社の未来に、筆者は大きな期待をしています。
この文書は、『日刊工業新聞社発行 月刊「型技術」掲載』の記事を筆者により改変したものです。