【この連載の前回:当事者意識や自覚を促すために必要な思考法とはへのリンク】
◆状況的学習と一般化が技能伝承を複雑化させる
技能伝承を円滑に進めるために、マイスターは技術を伝えること以外に何を意識すれば良いでしょうか?教えるときに次の2点を意識すると良さそうです。そして、これらがマイスターの姿勢として必要ではないかということが見えてきました。それは、「 状況的学習 」と「 一般化 」です。
1.人は今まで上手くいった方法を続けようとする「 状況的学習 」
技能伝承におけるシーンでは、「 状況的学習 」ができていないばかりに「中学三年生現象」が良く見られます。「中学三年生現象」とは、中学三年生の時は後輩もいて尊敬もされていたのに、高校に進学をすることで高校一年生となり、一気に下っ端になってしまう現象のことです。
社会人における「中学三年生現象」とは、会社を転職をする、部署が変わる等により、会社や部署の内部で一気に下っ端になってしまうということを指します。そして、新しく入ってきた人に対して教育を行うのですが、製造現場で教育というと熟練のマイスターが若手や新人に教える「技能伝承」がこれに当たります。
人は今までの環境と異なる新しい環境に入ると、今までの環境では上手くいっていた成功体験を新しい環境でも適応しようとします。しかしながら、新しい環境において以前の成功体験が同じように上手くいくかはわかりません。新しい環境や状況に合わせて学習していく必要があります。これが「 状況的学習 」です。
「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものでもなく最も頭のいいものでもなく、変化に対応できる生き物だ」 チャールズ・ダーウィン
「進化論」を唱えたダーウィンも変化に対応できる生き物が生き残っていくという言葉を残して今日に伝わっています。まさに技能伝承を受ける人にとっては今までの職場と違うシーンがあったり、新しい道具や知識に触れることもふえるため、その環境に適応するために「状況的学習」を日々行っていかなければなりません。
学生の部活において、下っ端の状況で自分の能力を発揮できなくなると、部活を途端にやめてしまうケースもあるようです。新しい状況に自分が持っている能力をどのように適応すべきか、その人のレジリエンスが試されているのでしょう。
若手に技能伝承をする場合、下記の環境の変化が生じます。
- 周囲の人
- やり方・ルール
- 実施するコト
- 求められる成果
2.実際の現場でも起こっている「 一般化 」
発電のディーゼルエンジンを分解整備をしているとき、私の師匠から「おい、ちょっとメガネを取ってくれや。」といわれました。私は、素直に自分の顔からメガネを外して師匠に渡したことがあります。私にとっては、「メガネ」といえば視力矯正用につかうメガネが一般的です。しかし実際の「メガネ」とは、エンジンのメンテナンスというコンテクスト(背景やシーン)でボルトの形状に合わせた締め工具を指します。これが過去の経験と知識からできあがる思考と行動の「 一般化 」です。
マイスター達にも教えるというコンテクストにおいて、一般化が多くあることが解りました。マイスターは成功と失敗を繰り返した過去の経験と知識の集大成で成り立っており、自然に思考のスイッチが入り意識しなくても行動ができてしまいます。なので、マイスターの教え方も過去の経験と知識で若手に教えようとします。しかし、若手には経験と知識がない状態ですので、マイスターの言葉や行動は若手から見ると「何を言っているのか全然解らない。」「なんでやっているのか解らない。」となってしまいがちです。
この現象が起こる原因は、マイスターと若手の間に「一般化」のギャップがあり、これが技能伝承時の壁になってしまっています。なので、マイスターは自分の一般化されている知識と技能を知り、若手の一般化されている知識と技能にギャップがあることを前提に、技能伝承をしていく必要があります。
3.技能伝承には多くの「伝えにくさ」がある
技能伝承では言葉や文字で表せないノウハウを伝えなければなりません。よって、多くの「伝えにくさ」が存在します。この「にくさ」は、仕事を停滞させる原因でもあるし、災害の原因にもつながります。
例えば「歩きにくい」場所では、転倒事故が起きやすいのです。技能伝承も「にくい」があることで、その情報をスムーズに伝達できなくなり効率が落ちてしまいます。これこそが技能伝承の壁となってしまうのです。そこで、マイスターには「『自分たちの教え方』にしぼって壁を低くするにはどうすべきか?」という視点が必要です。
教える側には教える側の学習プロセスがあり、その他にも納得モードや認知の優位性もあります。それらを統合して形成されるのが、マイスターの教え方になります。...