顧客ニーズの4ステップ(その1)

 マーケティング活動において顧客ニーズは最も重要な拠り所です。今回は、この顧客ニーズについて考えましょう。

 顧客ニーズの議論で良くあるのは、「ニーズとウォンツ」や「顕在ニーズと潜在ニーズ」についての議論です。ウォンツは、既に顧客がどの製品もしくはどのような製品を欲しいかまでわかっている欲求。ニーズはこのような問題を解決したいというレベルの欲求。顕在ニーズは、文字通り既に顧客が明確に認識している要求。潜在ニーズは、顧客自身がまだその存在を認識していない要求のことを言います。

 以上を踏まえ、今回は顧客ニーズを4段階で捉えてみましょう。4段階とは、「製品化済み」、「形式知化済み」、「暗黙知」そして「未知」です。下で一つ一つ議論をします。

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1.「製品化済みニーズ」

 「製品化済みニーズ」は文字通り、既にその顧客ニーズが製品化されているニーズです。ウォンツは通常このレベルのニーズを言います。多くの企業の開発は、この「製品化済みニーズ」の製品化を狙って進められています。他社から上市された製品が市場で好評を博していて、自社でも早く発売しなければならないと考える場合です。

 この場合の製品企画は、一見リスクが低く見えます。なぜならば、既に顧客および顧客のニーズが存在することは明確であり、市場が拡大していればとりあえず自社製品が売れる可能性があるからです。その為、社内での承認は得やすいでしょう。商品企画や開発部門にとっては、リスクも低く、社内での稟議が簡単に下り、大変都合の良いニーズです。 

 しかし、実際のリスクは高いのです。なぜなら、今から製品化しても、自社がその製品を上市した時に先行企業はさらに次の製品を展開している可能性があり、またその他複数の競合企業も自社と同じように追随するからです。加えて競争の中で価格が決まるため、高い利益率を実現することは困難です。

 この点は、私が言うまでもなく自明のことなのですが、上のような組織的な理由で、このような活動に血道を挙げている企業が相変わらず多いのも事実です。このような展開を続けていると、追随者としてよほど強い力を持っている場合を除き、現在の日本のような低成長下では長期凋落の道を辿ることになります。

 

2.「形式知化済みニーズ」

 ご存知の方も多いと思いますが、十数年前に一橋大学の野中郁次郎教授他が使い始めた言葉に形式知という言葉があります。形式知とは、言葉、文章、絵などに表すことができる知識のことを言います。つまり形式知化済みのニーズとは、顧客が言葉や文章にして、サプライヤーを含め第三者に説明することができるニーズです。

 近年顧客の声(VOC:Voice of Customers)が大事であるという議論が盛んです。なぜなら、新しい製品の企画・開発を行う場合、顧客のニーズを気にせず、自社の思い込みで出した製品が、市場に出してみたらさっぱり売れなかったという事例が多いからです。その点で、VOCを重視する意味は大きいことは間違いありません。しかし、VOCとはあくまで、『顧客が発する声』であり、『顧客が』声を発することを前提としています。

 ここでのポイントは、なにかしらニーズの源を明確な顧客ニーズという形式知に置き換え、顧客が声を発することができるようにするまでの作業は、製品アイデアや設計上の工夫などを経て実現されるものであり、顧客自身がそれを行うことが前提となります。この場合アイデアの発想や設計上の工夫は顧客に帰属し、その果実は顧客自身が得ることになります。その結果そのニーズを製品化した場合でも、顧客が認識するその製品の価値は低いものとなります。

 加えて形式知は、仕様書のように誰にでも比較的簡単に移転できるものであり、自社と同じようにVOCを集める競合企業も既に入手していて、製品化...

してもそこには競争が待ち構えています。以上の結果、必然的に自社製品の利益率は低く抑えられてしまいます。

 以前の日経新聞記事に、NECの研究者が顧客ニーズを集めるために、顧客訪問をし、顧客に対し「何かお困りのことはありませんか?」と聞いて回る仕組みを導入したとありました。もちろん、これまで象牙の塔に閉じこもっていた研究者が市場に出て顧客との接点を持つということの意味は大きいのですが、「何かお困りのことはありませんか?」という質問は、この形式知化済のニーズを聞くことであり、加えて研究所という製品のかなり上流の新たな技術への取り組みを使命とする組織においては、ちょっと的外れに思われます。加えて、顧客によっては、「忙しいのに何だ。提案ぐらいもってこい。」と言われる可能性は高いですし、このような訪問は顧客一箇所に対し、一回しかできません。次回は、顧客ニーズの4段階のうち、後半部分を説明します。

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