【ポジティブ心理学 連載目次】
- 1. イキイキ感をプラスにする!「ポジティブ心理学」【出会い編】
- 2. イキイキ感をプラスにする!「ポジティブ心理学」【概要と成果編】
- 3. 強みを活かす!「ポジティブ心理学」【応用編】
- 4. イキイキとした生産性の高い組織をつくる!「ポジティブ心理学」【完結編】
◆関連解説記事 ものづくり現場を『より良くする』、ポジティブ・アプローチの応用とは
◆フロー(Flow)
フローというと、仕事の流れ・フローチャートを思い浮かべる方が多いと思いますが、「ポジティブ心理学」でいう「フロー」は、全く違う意味を持っています。
≪「フロー」とは?≫
日常、好きなことに熱中しているときにそのこと自体が楽しく、それ以外のことや時間が気にならなくなる状態のことを言い、「没入」などと訳されています。
みなさまも、電車に乗っていて読書やゲームに夢中になっていると、周りの雑踏が気にならなくなり、時間を忘れてうっかり乗り過ごしてしまった、なんていうご経験をお持ちではないですか。
フロー状態になると時間感覚が喪失します。一般的に時間がアッという間に過ぎてしまう、という体験をすることが多くあると思います。「アッ、もうこんな時間」っていう状態ですね。
私の場合、おやじバンドで演奏しているときにフロー経験をよくしますが、このときは、時間が早いと同時に止まったようにも感じます。もう終わっちゃったと思う反面、例えばミストーンを出してしまったときは、無意識的になんとかリカバリーしようといろいろ試しています。あとで振り返ってみると、とても長い時間だったように感じます。でも、「アー、失敗した」と思いつつビデオを見てみると、「えっ、どこ?」と思うくらい一瞬の出来事だったりします。
≪なぜフローが注目されるのか≫
人々が最高の楽しみを感じ最大限の能力を発揮しているとき、「外的な力で運ばれていった、エネルギーの力で努力せず流されていく」という類似の体験が報告されていることから、この分野の第一人者であるクレアモント大学院大学のミハイ・チクセントミハイ教授が「フロー」と名付けました。
そして、フロー体験がどのようなときに起こりやすいのかが研究されているのです。
また、東京成徳大学の石村郁夫助教の調査では、フロー状態のときに創造性、ひらめき、発想力が高い、という結果が報告されています。また、フロー体験をしやすい人は閉鎖的でなく他者受容度が高い、強みを活かし自分らしさを発揮しているとも報告されています。
≪どんなとき、フロー状態になるのか?≫
フローには、能力レベルと挑戦レベルが大きく関係します。
今持っているレベルより高い目標に挑戦しており、それを達成する自信がある能力レベルのときにフロー状態は起こり、成長へとつながります。
これに対し、能力レベルが低く自信が持てないときは「不安」状態となり、挑戦レベルが低いときは「退屈」(くつろぎ、リラックス)、両方とも低いときは「無気力」の状態となり、成長につながらなくなってしまいます。
そのため、目標設定と挑戦へのサポートがとても大切になります。
成功体験による自信がまだない初心者に対しいきなり高い目標を押しつけても、不安がつのり、もがき苦しんだ末、自己嫌悪に陥り成長どころではなくなってしまうかもしれません。一旦目標を下げてリラックスさせ、体験を通して自信をつけさせたうえで挑戦レベルを上げていくというステップが必要です。
一方、ベテランはすでに成功体験による自信を持っているので、適度な目標を設定することでフロー状態を起こすことが可能です。ただし、挑戦レベルが高すぎれば不安状態になってしまいますし、逆に退屈状態を放置しておけば挑戦しなくなってしまいます。
その他、考慮すべき点として
・フローは個人差があり、フロー経験の頻度は人によって差が大きいことが分かってるので、個々に合った設定が必要になります。
・フローでなければだめ、と言っているわけではないので、フロー経験を感じにくい場合は、別の方法をとることも大切です。
・ゲームやテレビ、井戸端会議に夢中になる。これもフロー経験ではありますが、成果や人間的な成長に結び付くものではありません。これらを「ジャンクフロー」と呼び、本当のフローを妨げてしまう場合があるので注意が必要です。
◆レジリエンス(Resilience)
東日本大震災を境に、「レジリエンス」という言葉が目につくようになりましたが、もう何十年も前から研究されている領域です。
≪「レジリエンス」とは?≫
もともと、へたれにくいカーペットなどを表すのに使われていた言葉のようですが、心の弾力性、柔軟性、敏速な適応力、強靭さなど、どんな逆境においても折れることなく困難を克服し、乗り越えられる「しなやかさ」を意味します。
たとえ、一旦は傷つき、気落ち、悲しみ、怒り、失望し、混乱しても、それを長引かせず立ち直り、より強い自分を確立することができる力なのです。
まさにいまの日本にとってとても重要なキーワードであるわけです。
≪「レジリエンス」を強化するには?≫
人は困難に際したとき、キレる(爆発する・開き直る)、こもる(どうしていいか分からず逃げる・人のせいにする・悲劇のヒロインになる)か、切り抜ける(困難に向き合い、乗り越える)、のどれかを選んでいます。
選んでいると書きましたが、まさにこれらは自分が決めていることなのです。
本来、人は誰でもしなやかさを持って生れてきているのですが、何らかの要因でそれが阻害され、キレたりこもったりしてしまいます。自分の人生は自分が責任を持つしかないのです。まず、困難に立ち向かうことを決意し覚悟を決めることが肝心です。
また、レジリエンスには次のような力が必要になります。
・自己効力感 :困難を乗り越えられると思えるだけの自信
・社会的能力 :コミュニケーションを深め人間関係を構築する力
・社会的支援 :家族・友達・上司・同僚などからの支援や応援
・認知の仕方 :困難な状況を災難と捉えるかチャンスと捉えるか、捉え方の違い
・強みの活用 :強みを発見し活用すること
・現実的楽観 :現実的で前向きなことを積極的に考える考え方
・希望 :夢と希望を持つ力、希望を捨てず夢に向かって進めば絶大な力を発揮できる
・自己統制力 :自分をコントロールできる力
・忍耐力 :耐える、我慢する力
・柔軟性 :物事を多面的に考え、多くのアイディアを創り出せる柔らかさ
・健康な心身 :心身ともに健康であること
これらの力をベースに、困難をポジティブに捉え、どんな変化があるのかを予測し、強みを強化し、他者の協力が得られる人的ネットワークを構築すれば、レジリエンスは強化されていきます。
次にビジネスでの応用・組織編、そして私が今思うことやこれからしたいことをまとめてみます。
その前に、みなさまは、アバターという映画覚えていますか?私は、2回も観てしまいました。
人間は、貨幣という手段を手にし現在の繁栄を築いてきました。一方、惑星パンドラのナヴィーという種族は自然との共生の中で、全く違った生活を営んでいます。人間はナヴィーを野蛮人と呼び、部落の下に眠る鉱物を採取すべく、自然を破壊しナヴィーを駆逐しようとしますが、自然には勝てず結局敗れ去るのです。
これを観て、どちらが野蛮人なのだろう?今私たちが手にしている枠組みは「人類社会の永続的繁栄」を約束できるものなのか、本当に考えさせられました。
また、この映画がアメリカで制作されたということに大きな意味を感じます。侵略と階級制度の歴史を持つ西欧文化を否定する内容です。
今、歴史は大きく変わろうとしている、そんな気がします。
◆ビジネスでの応用・組織編
今以上に生産性が高く、創造性豊かで、革新性に富んだポジティブな組織をつくるために、「人の心を通したアプローチ」によってメンバーのエンゲージメントを高めていくことが大切です。
エンゲージメントというと婚約指輪が思い浮かびますね。でも、婚約して舞い上がっている状態ではなく、組織とメンバーが互いに将来を約束し合い「絆」を深めるといったイメージです。
プロセスを作業のつながりとして捉え、基準通りの平均的な作業を誰でも行えるようにすれば信頼性の高い均一な結果を得ることができますが、想定を超える成果は望めません。
プロセスを人・心のつながりとして捉え、相手を認め合い、自らの役割を認識し、互いの強みを活かし、欠点を補い、手を取り合って励まし合い、苦楽を共にしながら困難に立ち向かう。そうすれば、基準の枠を超えたお互いのよい面や強みが活きてきて、水準をはるかに超えた成果が見込めます。まさにチームの原点がここにあります。
でもどうでしょう?
現実には、企業間、或いは一つの企業の中でさえこのことがうまくいっている組織とうまくいっていない組織があり、成果に大きなばらつきが出てしまうことが問題となっていませんか。
【応用編】≪現状はどうでしょう?≫で書きましたが、ビジョンを掲げ、戦略を立て、方針展開し、目標管理するという今までの経営プロセスの中に「心を通したアプローチ」という概念がどこにも出てきません。それどころか、人と人とが通じ合うために最も大切なコミュニケーションの時間は、不況の影響で減らされる一方です。人はアメとムチだけでは動きません。
マネジャーの一番の悩みは「部下のモチベーション」という調査結果があります。
もはや、この問題を現場に丸投げしていても一向に解決しない状況です。従来、泥臭いと敬遠されていた人の心を通したアプローチについて、全社を挙げて取り組むときなのだと感じます。
そして、今までと違いその答えの多くは「ポジティブ心理学」の成果を活用することで糸口を見つけることができる時代なのです。
◆ポジティブBSCの提案
1992年にアメリカで提唱されたBSC(バランス・スコアカード)は、戦略実行ツールとして多くの企業に取り込まれてきました。
私は、このBSCに人の心に関わる情動的な要素を組み入れることで、戦略として「人の心を通したアプローチ」を実現し、運用できるのではないかと考え、2010年6月、「人類社会の永続的繁栄」を旗頭とし、BSCフォーラムの中に「ポジティブBSC研究会」を創り研究を進めてきました。
戦略マップ構築の段階から、各視点ごとに情動的な要素を検討し加え、その施策として「ポジティブ心理学」の成果を活用するという方法で、人の心を通したアプローチを体系化します。
雛型の開発、サンプルケースでの検討が終わり、実践段階に入っています。
この場で詳しく説明することはできませんが、日本発世界初のポジティブBSCについてご興味をお持ちいただけたらぜひ連絡ください。
◆今思うこと、これからしたいこと・・・(あくまで私見です)
原発事故を境にエネルギー政策の見直しが叫ばれる一方で、全世界のエコロジカル・フットプリント(環境容量と資源消費量の比率)は既に地球1.3個分に当たるといわれています。また日本の消費水準を基にすると地球が2.7個分必要という計算になり八方ふさがりの状況です。
有限の地球上において、もはや増大的な成長をし続けるということは不可能なことなのだと思います。
社会のサステナビリティ(持続可能性)を考えたとき、大きな発想の転換が必要です。
振り返ってみると20世紀は、[充足=幸せ]と捉え、「満足」を追求してきた感があります。けれども、充...
ではどうすればいいのか?
技術革新によるエネルギー効率の大幅改善はその答えの一つだと思います。でも、それだけで済むものではないでしょう。大きな価値観の変革を伴いますが、私は、増大的な成長から進化的な成長へと発展させることだと考えます。
「ポジティブ心理学」が、一つの答えを与えてくれています。
エド・ディーナー博士は、本当の幸せは充足ではなく、困難を乗り越え物事を成し遂げる過程、プロセスにあると主張しています。
「ポジティブ心理学」を活用し、イキイキとした生産性の高い組織をつくる。そして、組織と個人がともに進化的な成長を果たすことを目指すのです。それによって本当の幸せをつかみ、増大的な成長にピリオドを打つことができるのではないかと考えています。
売上・利益は企業が存続するためのリソースであって目的ではありません。人が、仕事を通し、自己成長・自己実現を果たすことを目指し、その場を提供する企業経営へと進化させるのです。
これから、どんな障害が待ち受けているか分かりませんが、みなさんと一緒に人類進化の過程をポジティブに活動し、楽しんでいきたいと思います。
◆最後に
4回にわたって、「ポジティブ心理学」について解説してきましたがいかがでしたか?
21世紀に入り、今まで築いてきた多くの枠組みが機能不全に陥り、今、根本的な見直しを迫られています。「ポジティブ心理学」は、次代が求めている答えを見出すため欠くことのできない分野の一つとなると確信しています。
ぜひ、ご自身でも「ポジティブ心理学」の成果を活用され、より良き人生(Well Being)を大いに満喫されることを期待しています。
参考文献:
『ポジティブ・サイコロジー』クリストファー・ピーターソン著、春秋社
『フロー体験 喜びの現象学』ミハイ・チクセントミハイ著、世界思想社
『フロー体験とグッドビジネス』ミハイ・チクセントミハイ著、世界思想社
『フロー体験入門』ミハイ・チクセントミハイ著、世界思想社
『凹まない人の秘密』アル・シーバート著、ディスカバリー・トゥエンティワン