あらゆる分野で専門化・細分化が進む一方、異分野連携(車の電子化、医工連携など)やIoTの動きも強まり、
複雑なシステムやプロジェクト(以下、複雑系と呼ぶ)を分析・管理する必要性が増しています。そこで、役に立つのが
DSM (Design Structure Matrix) です。DSMは1990年代から(米)MITを中心に推進されているモデリング手法で、私は2003年から使い始めました。2007年には機械工学便覧で設計工学手法として紹介されました。以下、DSMの原理と面白さを解説します。
従来、複雑系を可視化・管理するモデリング手法として思い浮かぶのは、図1のように縦割り構造を定義するツリー図と、横串に相当するネットワーク図やフローチャートと呼ばれる図2のような箱&線図です。この例では、説明のために要素数A~Hの8にしてありますが、実務では要素は数十、数百で、可視化セッションをするたびに箱&線図が複雑になり、AsIs把握だけで疲れ果てる。となりかねません。
図1.ツリー図
図2.箱&線図
さて、ここで問題です。図2を整理するともう少し見やすくなるのですが、その答えがすぐに判るでしょうか?暗算では難しく、紙とペンが必要で難度としては手計算でしょうか。今は要素数が8つですが、80になったら手計算で整理できるでしょうか?世の中には要素数80くらの複雑系はありふれているのに困ったものです。縦割りを排し横串連携が技術的にも難儀やなーという訳で、個別最適に走るのもしかたない?
そこで役に立つのがDSMであり、図3がその原理です。矢印の代わりに、行に入力マーク◯を書いて、箱&線図をマトリクスに変換(写像)します。行・列の順序を並べ替えても中身(各要素の依存関係)は変わりませんが、見た目は下段のように整理されます。箱&線図が作業プロセスだとすると、整理する=手戻りが少ない手順を発見する=マークがなるべく対角線の下にくる並び順を発見する、という問題として定義されます。この例では、BからEへの手戻りが問題で、BとDは1つの業務モジュールを構成していると判明します。このように、簡単な原理で複雑系の本質構造を俯瞰できる訳で、これを使えばエンジン設計のような複雑な検討プロセスの整理も楽になります。
図3.Design Structure Matrixの原理
また、作業が80もある多職種連携だと、箱&線図の線を引くのも大変です。全職種(例えば、メカ・エレキ・ソフト連携、省庁連携)の作業内容を把握している人は多分いないでしょうが、各作業の入力(前提作業)を特定して入力マーク◯を行に記入すれば、マトリクスが作れます。作業者は、自分の出力が誰の入力(前提作業)になっているかが定かでなくとも、自分に必要な入力は答えられます。入力マークを集めると出力先も判明し、伝達もれを防げます。並べ替え演算で本質構造を俯瞰して、全体最適が検討できます。複雑なプロジェクトを担うプロジェクトマネージャには朗報ではないでしょうか?
表現を変換(写像)・演算する事で答えが出る所が面白く、工学屋の興味を刺激します。対数・ラプラス変換・2進数などが連想されます。対数を応用した計算尺の発明について、ラプラスは“天文学者の寿命を2倍にした”と言ったとか。電卓は、10進数を2進数に変換・演算して、再度10進数で表示します。ソロバンも10進数を玉の位置に変換しますから、見た目&機能から“DSMは複雑系のソロバン”と評しています。
このソロバン演算はPartitioning:パーティショニングと呼ばれ、そのアルゴリズムは様々なものが提案されています。FEM(有限要素法)に例えれば、多元連立方程式を解くアルゴリズムに相当します。FEMが高応力域(危険域)を可視化して形状の最適化を検討するように、DSMはプロセスのループや業務モジュールといったすり合わせ域(管理上の危険域)を可視化する事でプロセスの最適化を検討しますので、DSMはプロセスCAEの道具とも言えます。
図4.プロセスCAE
ところがDSMも当然万能ではありません。多くの技法同様、学問と実務使用の間の『死の谷』に課題が幾つも潜んでいま...