オープンイノベーションを成功させる 『発注者のエンジニアリング』

 『発注者のエンジニアリング』とは、耳慣れない言葉だと思いますが、技術革新が著しい分野でオープンイノベーションにより優れた特注品を創り出したいときに、目覚ましい効果が期待できる手法です。
 
 これまでに無い画期的な特注品を創り出そうとすれば、発注者側のニーズとベンダー側のシーズをベストマッチングさせなければなりません。ここでのニーズとは、発注者が特注品に求めたい機能と性能です。また、ここでのシーズとは、ベンダーが保有している詳細設計と製造のノウハウです。
 
 しかし、ベンダーにはそれぞれ得手と不得手がありますし、技術革新が急激に進む中では、得手と不得手が短期間に入れ替わることも稀ではありません。このような状況下であればこそ、発注者のエンジニアリングを適切に行って、求めたい特注品の設計と製造に最適なベンダーを見つけ出す必要があります。
 
 この手法の鍵を握っているのは、発注仕様書です。技術革新が緩やかに進む分野では、これまでの発注経験を活かして発注者が詳細設計を行い、それを発注仕様書としてまとめるのは難しくはないと思います。ところが、技術革新が急激に進む分野では話が全く違ってきます。発注者が詳細設計を行うには、最新技術の動向調査から始めなければならないからです。しかし、これは決して容易なことではありません。そこで登場するのが、オープンイノベーションです。し烈な技術革新の成果を速やかに存分に享受したいのであれば、研究開発も含めた詳細設計を広く外部に求めるオープンイノベーションが非常に効果的です。
 
 オープンイノベーションの発注仕様書では、詳細設計は致しません。その代わりに、発注者が特注品に求めたい機能要件と性能要件について、ベンダーが詳細設計を行うために欠かせない情報を、分かりやすく発注仕様書に記載します。ここで、性能要件は具体的な数値で示す必要があります。この数値目標の達成に向けて、ベンダーは特注品の詳細設計を行います。このため、性能要件間のトレードオフ関係を十分に検討して、達成が容易ではないけれども決して不可能ではないぎりぎりの数値を設定することが、理想的な発注仕様書を作成するための要諦となります。
 
 理想的な発注仕様書では、価格と技術の両面での競争原理が働くようになります。このような発注仕様書を提示してベンダーを広く募れば、発注者は、求めたい特注品の設計と製造に最適なベンダーを容易に見つけ出せることでしょう。
 
 まとめますと、発注者のエンジニアリングとは、技術革新が著しい分野でオープンイノベーションにより優れた特注品を創り出すために、価格と技術の両面での競争原理が確実に働く理想的な発注仕様書を作成することだと言えます。ここで大事なポイントは、次の3点です。
 
(1)ベンダーが詳細設計を行うために欠かせない機能要件及び性能要件を、漏れ無く発注仕様書にリス  トアップすることです。この際に、性能要件間のトレードオフ関係について十分に検討して、実現が決して不可能ではないように要件定義をしなければなりません。
 
(2)発注仕様書では、ベンダーに委ねる詳細設計には踏み込まないことです。踏み込んでしまいますと、ベンダーが行う詳細設計の自由度を狭めてしまいますし、性能要件の達成責任の所在が曖昧となる恐れが生じます。
 
(3)発注仕様書の作成に先立って、概要設計書を作成して発注者側の意志統一を図ることです。概要設計書には、①解決しようとする課題、②技術的な課題解決方策の概要、③課題解決により期待される効果、の3点を分かり易い文章で記載することが大事です。
 
 ところで、既にお気付きのことと思いますが、理想的な発注仕様書を作成するには、発注者ならではの目利き力が欠かせません。この目利き力を具体的に申しますと、最新技術で解決できる現場の課題を見極める力と、課題解決により期待される効果を的確に予見する力です。このような力量の発揮が、発注者のエンジニアリングを成功に導きます。
 
 発注者ならではの目利き力は、発注者エンジニアリング力と言い換えることもできますが、これは、ベンダーが保有する詳細設計と製造のための技術力とは全く次元が異なる...
ものです。ところが、我が国ではこれまで、発注者エンジニアリング力の意義や重要性、涵養と発揮の仕方について、全くと言って良いほどに注意を払ってきませんでした。
 
 しかし、情報通信分野などの技術革新は、益々激しさを増しているところです。これからは、我が国のベンダー企業群が産み出す優れた技術的成果を、オープンイノベーションにより速やかに存分に享受できた者が勝ち組となることでしょう。発注者エンジニアリング力の涵養と発揮が、ビジネスにおける勝敗の鍵を握る時代となりつつあります。
 
           この文書は、 2016年1月28日の日刊工業新聞掲載記事を筆者により改変したものです。
 
 
 
 

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