『坂の上の雲』に学ぶコミニュケーション論(その4)

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 人的資源マネジメント

【『坂の上の雲』に学ぶコミニュケーション論の連載目次】

・すべての関係者と課題を共有する。

・課題の共有

・顧客の言うことを鵜呑みにしない

・鵜呑みにしないことの大切さ

・「見える化」を活用する

・共通語の必要性

 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回はコミニュケーション論のその4です。
 

2. 顧客の言うことを鵜呑みにしない

 

(2) 鵜呑みにしないことの大切さ

 
 前回の(1)で海外プロジェクトは、依頼主側が優秀なメンバーを抱えており、プロ対プロの話なのであまり問題が起きない内容でした。しかし、日本国内では、依頼主側が不勉強でいい加減、受け手側にもしっかりした人がいないなど、たちまち破綻するのが現実であると解説しました。実は『坂の上の雲』の中にも似たような話が出てきます。陸軍は明治以降ドイツ式を取り入れていました。ところが、秋山好古は「騎兵だけはドイツ式ではダメだ、フランス式でなければ話にならん」と言って、まったく鵜呑みにしなかったようです。彼はフランスの騎兵学校に留学して、フランス式がドイツ式より実践的であることを熟知していたからです。ドイツ式は硬直美を愛し、見た目には威風があり凛々しいが、騎手は長時間の騎乗に耐えられません。すでに欧州馬術界の定評になるほど欠陥がありました。一方、フランス式の馬術は、騎手の姿勢や反動の殺(そ) ぎ方が馬のリズムに合っていました。当時の陸軍の長老・山(やま) 県(とも) (あり) (がた) 有朋は、陸軍では王様のように威張っていました。長州出身の山県に対して、好古は率直にフランス式の導入を訴えたのです。当時、「薩摩は海軍、長州は陸軍」と言われていましたが、藩閥に関係ない松山藩出身である好古は自分の立場を気にする必要はありませんでした。山県は、陸軍全体がドイツ式を取り入れているのに、騎兵のみフランス式を取り入れるのはまずいと思っていました。その場ではさらに研究を続けるよう指示して即決はしませんでした。最終的には好古の訴えたとおりになったのです。鵜呑みにしないことの大切さを示す好例です。

 

 

(3) 陸軍の大砲選定

 
 大砲の思想というものがあります。当時の陸軍の大砲については上層部が「これでいいだろう」と言ったのを鵜呑みにしました。好古のように実務家として「こんなものではダメだ」と言った者は一人もいなかったのです。『坂の上の雲』では、大砲の性能は破壊力を示すため、当時の諸元として、「初速はこれだけ、射程はこれだけ」と決めました。日本は国土が狭いからこんなものでいいだろうと随分劣った仕様にしていたようです。陸軍の上層部が「日本は狭いんだからこんなものでいいだろう」と言ったら、そのまま鵜呑みにして通ってしまう。射程が短いのは言わずもがなです。日露戦争ではそれで反対にロシア軍は伝統的に大砲にうるさいようで、「初速がどうだ、一時間の連続発射がどうだ」など、とにかく初速エネルギーの量と射程、一時間に何発撃てるかということにうるさくて、少しでも劣るとたちまち旧型扱いにするほどだったそうです。それを日本は最初から「こんなものでいいだろう」と決めていたのです。
 
 一方、海軍はその当時の世界最高水準のものを発注していました。その辺が陸軍と海軍の差であったのでしょう。原作者の司馬遼太郎は、海軍では物理量が死命を制するから逃げ隠れようがない。誰がやっても性能表には戦艦のスピードや大砲の大きさ、それをいくつ持っているかで海軍の戦力が決まってしまうので、海軍は世界中どこも同じように比較できるのではないか、と言っています。その点、陸軍は逃げ道があるとか、人数が多いとかのごまかしようがあるので、「こんなものでいいだろう」がまかり通ってしまったのです。似たような例として、現在のわが国でも主要な国際線空港の滑走路は複数ではなく、一本でもまあいいだろうになってしまったようです。
 
 『坂の上の雲』には出てきませんが、日本の在来鉄道の線路の幅は狭軌です。それはイギリスの鉄道技師が「日本はこんなものでいいだろう」と言ったのを鵜呑みにした結果ではないでしょうか。狭軌はイギリスにしてみたら植民地仕様だったそうです。幅が狭いほうが枕木は短いし、鉄橋をかけるにしてもトンネルを掘るにしても、資材費・建設費・整備費とも少なくて済みます。「日本は国土が狭いからこんなものでいいだろう」と思ったのではないでしょうか。明治維新直後の日本は、イギリス提案の評価能力がなく、その後の経済発展を予想しえなかったことなどは情状酌量するべきかもしれません。ところが、日露戦争の頃は、評価能力がなかったではすまされないのです。ドイツ式の陸軍でも騎兵だけはフランス式にした。海軍は世界最高水準のものを発注した。このように鵜呑みにしない話が『坂の上の雲』の中にはたくさん出てくるので...
 人的資源マネジメント

【『坂の上の雲』に学ぶコミニュケーション論の連載目次】

・すべての関係者と課題を共有する。

・課題の共有

・顧客の言うことを鵜呑みにしない

・鵜呑みにしないことの大切さ

・「見える化」を活用する

・共通語の必要性

 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回はコミニュケーション論のその4です。
 

2. 顧客の言うことを鵜呑みにしない

 

(2) 鵜呑みにしないことの大切さ

 
 前回の(1)で海外プロジェクトは、依頼主側が優秀なメンバーを抱えており、プロ対プロの話なのであまり問題が起きない内容でした。しかし、日本国内では、依頼主側が不勉強でいい加減、受け手側にもしっかりした人がいないなど、たちまち破綻するのが現実であると解説しました。実は『坂の上の雲』の中にも似たような話が出てきます。陸軍は明治以降ドイツ式を取り入れていました。ところが、秋山好古は「騎兵だけはドイツ式ではダメだ、フランス式でなければ話にならん」と言って、まったく鵜呑みにしなかったようです。彼はフランスの騎兵学校に留学して、フランス式がドイツ式より実践的であることを熟知していたからです。ドイツ式は硬直美を愛し、見た目には威風があり凛々しいが、騎手は長時間の騎乗に耐えられません。すでに欧州馬術界の定評になるほど欠陥がありました。一方、フランス式の馬術は、騎手の姿勢や反動の殺(そ) ぎ方が馬のリズムに合っていました。当時の陸軍の長老・山(やま) 県(とも) (あり) (がた) 有朋は、陸軍では王様のように威張っていました。長州出身の山県に対して、好古は率直にフランス式の導入を訴えたのです。当時、「薩摩は海軍、長州は陸軍」と言われていましたが、藩閥に関係ない松山藩出身である好古は自分の立場を気にする必要はありませんでした。山県は、陸軍全体がドイツ式を取り入れているのに、騎兵のみフランス式を取り入れるのはまずいと思っていました。その場ではさらに研究を続けるよう指示して即決はしませんでした。最終的には好古の訴えたとおりになったのです。鵜呑みにしないことの大切さを示す好例です。

 

 

(3) 陸軍の大砲選定

 
 大砲の思想というものがあります。当時の陸軍の大砲については上層部が「これでいいだろう」と言ったのを鵜呑みにしました。好古のように実務家として「こんなものではダメだ」と言った者は一人もいなかったのです。『坂の上の雲』では、大砲の性能は破壊力を示すため、当時の諸元として、「初速はこれだけ、射程はこれだけ」と決めました。日本は国土が狭いからこんなものでいいだろうと随分劣った仕様にしていたようです。陸軍の上層部が「日本は狭いんだからこんなものでいいだろう」と言ったら、そのまま鵜呑みにして通ってしまう。射程が短いのは言わずもがなです。日露戦争ではそれで反対にロシア軍は伝統的に大砲にうるさいようで、「初速がどうだ、一時間の連続発射がどうだ」など、とにかく初速エネルギーの量と射程、一時間に何発撃てるかということにうるさくて、少しでも劣るとたちまち旧型扱いにするほどだったそうです。それを日本は最初から「こんなものでいいだろう」と決めていたのです。
 
 一方、海軍はその当時の世界最高水準のものを発注していました。その辺が陸軍と海軍の差であったのでしょう。原作者の司馬遼太郎は、海軍では物理量が死命を制するから逃げ隠れようがない。誰がやっても性能表には戦艦のスピードや大砲の大きさ、それをいくつ持っているかで海軍の戦力が決まってしまうので、海軍は世界中どこも同じように比較できるのではないか、と言っています。その点、陸軍は逃げ道があるとか、人数が多いとかのごまかしようがあるので、「こんなものでいいだろう」がまかり通ってしまったのです。似たような例として、現在のわが国でも主要な国際線空港の滑走路は複数ではなく、一本でもまあいいだろうになってしまったようです。
 
 『坂の上の雲』には出てきませんが、日本の在来鉄道の線路の幅は狭軌です。それはイギリスの鉄道技師が「日本はこんなものでいいだろう」と言ったのを鵜呑みにした結果ではないでしょうか。狭軌はイギリスにしてみたら植民地仕様だったそうです。幅が狭いほうが枕木は短いし、鉄橋をかけるにしてもトンネルを掘るにしても、資材費・建設費・整備費とも少なくて済みます。「日本は国土が狭いからこんなものでいいだろう」と思ったのではないでしょうか。明治維新直後の日本は、イギリス提案の評価能力がなく、その後の経済発展を予想しえなかったことなどは情状酌量するべきかもしれません。ところが、日露戦争の頃は、評価能力がなかったではすまされないのです。ドイツ式の陸軍でも騎兵だけはフランス式にした。海軍は世界最高水準のものを発注した。このように鵜呑みにしない話が『坂の上の雲』の中にはたくさん出てくるのです。
 

(4) 子供の使い

 
 鵜呑みにしないためには、目的とその手段を明確にすることに尽きま。大砲の目的は何かと言えば、「敵に勝つ」ことです。兵力が同じ数だったら、自軍の射程距離が敵を超えていなければ勝てない。「敵に勝つ」という目的は明らかなので、手段としてはこのくらいの仕様がなければダメであるとの発想になります。大砲はこういうのをそろえろと言っても、上がこの程度でいいだろうと言ったら、あとはそろえるのが目的になって敵に勝つという大目的が疎かになってしまうのです。鵜呑みにしてしまうことは、ビジネスの世界にもよくあることです。鵜呑みにするのは子供の使いと同じで、子供だったら許されても、大人のビジネスの世界では許されないのです。
 
 次回は、コミニュケーション論の3. 見えるかを活用するを解説します。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  

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この記事の著者

津曲 公二

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