信頼性の高い官能検査とは:官能検査の基礎(その2)

 

官能評価は食品・衣料・化粧品から自動車・情報機器・ロボットまであらゆる商品開発の現場で使われる必須のツールです。しかし、使用者の感じた感覚を正確に評価し、商品設計やマーケッティングに結び付けるのは難しいものです。独学で、試行錯誤しながら官能検査を進められている方が多いのではないでしょうか。すでに官能検査、官能評価を実践されている方も、これから始めようとされている方も、体系的に官能検査、官能評価を学び直して下さい。

この連載では様々な評価事例を盛り込みながら、食品の味覚・嗅覚を中心とした官能評価の基本と進め方を解説します。官能評価は「高度な専門技術」ですので、理論に基づいた正しい方法を身につけることが重要です。

 

官能検査とは、検査員の感覚(視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚)を使って対象物を検査・評価することであり、官能評価、官能試験とも呼ばれることもあります。 計量、計数できる検査・評価方法に比べて、検査員の主観や体調にも左右されるため、安定的に検査・評価する独自の仕組みが必要です。官能評価は人の快適性をつかむ上で非常に有意義な手法です。この連載によって、官能評価を計画するための注意点、実施の際の留意事項、そして分析に当たっての基本的考え方や分析手法の概要を習得して下さい。 

 

【目次】

     

    1.官能使い、モノを検査し評価する

    1.1 官能検査の問題点

     官能検査は、ヒトの感覚を用いてデータをとるので、機器測定とは違っていくつかの問題点があります。

     

    (1) 人により判定(評価)に差がある(個人差)

    例えばリンゴジュースのpH(水素イオン濃度)を測る場合、その値はほぼ等しく、データのバラツキはほとんどないでしょう。しかしヒトの場合、AさんとBさんとでは、同じリンゴジュースを味わっても、酸味の感じ方は各人まちまちで多くの場合同じではないのです。 

    (2) 個人でも常に一貫した判定をするとは限らず、バラツキが大きい(個人の精度)

    前記のジュースをpHメーターAで測定した場合、今日測っても、明日測ってもほぼ同じ値を示しますが、ヒトの感覚は曖昧(あいまい)で、同ジュースを味わってもその判定はその時の気分で変化します。

    (3) ヒトは知覚した内容を定量的に表現する事は難しい

    測定機器を用いれば、モノの重さはグラムで、長さはセンチでそれぞれ定量的に数値で表してくれます。しかし、ヒトが感知した内容を表現するは言葉にはモノサシ(尺度)がありません。「このジュースは酸っぱい」といってもどの程度酸っぱいのか定量的に表現をすることは難しいのです。

    このように機器測定に比べ、官能検査には曖昧さがつきまといます。従って官能検査を実施するに当たってはこのような問題点を加味した上で、より精度の高いデータを得るための工夫が必要です。

     

    1.2 官能検査のメリッ...

    このような「曖昧さ」を持つ官能検査がなぜ必要なのでしょうか。近年、理科学機器の発達はめざましく、非常に精度の高いものが開発されています。しかし機器測定値とヒトの感覚による測定値との間に矛盾が生じても、それぞれが正しい結果となることもあります。

    例えばA、B、2種類のハンバーグに含有する食塩の分析を行いA>Bであっても、ヒトが味わうと統計的に有意差を持ってB>Aという結果になる場合もあります。ここでヒトの判断が間違っていると決めつけてはいけません。
    この矛盾が生じる理由は、分析機器による食塩分析では、純粋にそのハンバーグに含まれる食塩量のみを測定しますが、官能検査の場合は食塩以外の味(原料に由来する味、例えばタマネギの甘味、肉のうま味、食塩以外の調味料の味など)の影響を受けて、塩味の強さの感じ方が違ってしまうからです。

    すなわち人の舌は複合味の中での塩味として感知するので、食品の味を研究する上において官能検査は、機器では測定し得ないデータをとる1つの測定法といえます。その他、機器測定の代替として官能検査は感度が良く、迅速です。コストが安いなどの理由で活用できるケースも多々あります。

    また食品の開発においては、第1に「美味(おい)しいもの造り」が期待されます。そのためには官能検査は不可欠です。官能検査は前述のようにヒトの感覚が測定器となるので、その測定器がどの程度の精度(感度)なのか、どのような特性を持っているのかを併せて研究しておくことが大切です。

     

    1.3 信頼性の高い官能検査の条件

    官能検査を行う上で最も大切なことは信憑(しんぴょう)性の高いデータを得るための工夫です。その要点は  

    1. 官能検査の目的を明確にする
    2. 目的に適した評価対象者(パネル)を決める
    3. 精度の高いデータを得るための官能検査手法を選択する
    4. より多くの情報を抽出するための統計的解析手法を適用する
    5. パネルに与える心理的、生理的影響を少なくする環境づくり
      (例えば検査室の温度、湿度、照明、騒音、検査の時間帯など)
    6. 試料提示条件のコントロール(識別しやすいサンプルの温度設定、料理の適温設定など)
    7. 分かりやすい評価シートの作成 

       
     などで、これらの要件を十分配慮した実験計画が必要です。いずれか1つでもおろそかにすると、おそらく信頼できるデータは得られないでしょう。

     

    1.4日本における官能検査の歴史

    日本における官能検査は1907(明治40)年、清酒の第1回全国品評会が開かれ、採点法(scoring method)で用いられたのが最初といわれています。第2次世界大戦後、海外から雑誌類の入手が容易になってから、官能検査は関連情報に関心を持つ人達の注目を引くようになりました。

    1955年(昭和30)年、(財)日本科学技術連盟が多分野の専門家を集め、官能検査部会(後の官能検査研究会)を発足させたのが本格的な同検査研究の始まりです。そして同連盟主催の第1回官能検査セミナーが1957(昭和32)年に開催され、その3年後の1960年には、ここで学んだことを職場で実際に応用し、研究した成果を発表する官能検査大会(後の官能検査シンポジウム)も行われ、それぞれ現在も引き続き行われています。なお、日本で初めて食品分野の官能検査室を設置したのは味の素㈱です1956(昭和31)年。

     

    【参考文献】「官能検査入門」著者:佐藤 信、「おいしさを測る」著者:古川秀子

     

    2、官能検査の種類~試験、パネル、分析

    官能検査は試験方法、調査する人、評価方法、解析方法別に下記のように分類されます。

    2.1 官能検査の試験方法

    官能検査を行う際には、調査する製品の性質などを考慮したうえで、検査方法の種類を選択しなければなりません。代表的な試験方法は二点識別法、三点識別法、一対比較試験法です。それぞれの方法について解説します。

     

    (1) 二点識別法

    二点識別法は、客観的に差のある2種の試料を用意し「甘さ」、「硬さ」など、指定する特性について該当する試料を判断させる検査方法です。試料間の差異の確認、パネリストが試料間の差異を識別できるか判断するために用いられています。

    事例:試料Aと試料Bの2種類の甘み成分の異なる砂糖水を用意します(試料Bの方が甘い)。20人のパネルがそれぞれ1回ずつ両者を比較し、どちらが試料B(どちらが甘い)かを選択してもらいます。

     

     

    (2) 三点識別法

    三点識別法も2種の試料を比較する検査方法です。ただし、三点識別法の場合は比較させる試料が3種となり、2種は同じ試料、1つは性質の異なる試料を用意し、どの試料が他の2種と異なる試料であるかを選択します。試料間の差異の確認、パネリストの識別能力を測るために使用されるのは二点識別法と同様です。

    二点識別法よりも比較対象となる試料が増えることで、より集中して異なる試料を選択させることが可能となり、精度の高い調査を行うことができます。

    事例:試料A、Bの2種類の甘み成分の異なる砂糖水を用意します、試料Aは二個、試料Bは一個を用意します、20人のパネルがそれぞれ1回ずつ両者を比較し、どちらが試料B(どちらが甘い)かを選択してもらいます。

     

    (3) 1対2点試験法

    パネリストにまず標準試料を与え、次に、標準試料と同じものと異なるものの1組を試科としてパネリストに示します。パネリストは、示された1組の試料対の中から、標準試料と同じ試科を選び出します。

    事例:新しく開発したスキンクリームBは従来品Aの香りにわずかな変更を加えたものです。この新製品は従来品と違いが感じられるかどうかを調べました。まずパネルに従来品Aを提示し、次に従来品Aと新製品Bを提示し、どちら新製品か選んでもらいます。

     

    (4) 一対比較試験法

    複数の試料を比較する際に、それらの試料を対にして取り上げ、一対一比較を繰り返すことにより、それぞれの試料の順位付けを行う検査方法です。

    回答者は試料について、一対一で比較すれば良いため、1回ごとの評価の負担がかからず、評価の矛盾が起きにくいという特徴があります。例えば、類似度の高い試料同士でも、その違いを詳細に評価、分析できるため製品開発時のコンセプト案などの選定にも利用することが可能です。

    事例:5つの銘柄のビールを、一対で飲んで分析を行い、一番美味しいビールを調査。

     

    次回は、官能検査~「分析型パネルと嗜好(しこう)型パネル」から解説を続けます。

    【参考文献】「官能検査入門」著者:佐藤 信、「おいしさを測る」著者:古川秀子 

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