1.論理的思考の一般的な流れ
前回のその2に続いて解説します。事例で述べたステップを振り返り、特定の事例によらない、一般的な流れを見ていきます。
(1)構図を明らかにする
悩んでいる時には、つい対立する2つの行動(D、D’)を直接比較しがちですが、それでは結論を出すことは困難です。そこで、行動のもととなる要件(B、C)を考えてみます。さらに、2つの要件に共通する目標(A)を導きます。ここまでの検討で、図1のように図解できます。
図1. 構図の明確化
ところで、このような考え方はヘーゲルの弁証法やマーケティングに似ています。ヘーゲルの弁証法では対立は解決の糸口であり、対立する命題(主張)を定義することが出発点です。マーケティングでは、顧客が明確に認識している欲求(ウォンツ)と、その背後にある要件(ニーズ)とを区別して考えます。先に述べた行動(D、D’)は対立する欲求であり、要件(B、C)がそれぞれ背後にあります。
全体の流れとしては、対立する行動(D、D’)を出発点として構図を明らかにし、共通目標(A)を達成するための要件(B、C)を満足する解決策を考えて行くことになります。
(2)前提を明らかにする
図2のように、B←DおよびC←D’の前提を書き出します。これが解決策を考える上で役立ちます。
図2. 前提の明確化
(3)解決策を考える
前のステップで挙げた前提を吟味し、対立する行動DとD’のいずれを消去すべきかを検討します。消去する行動が決定したら、そのための解決策(基本アイディア)を検討します。図3のように、B←DおよびC←Dのいずれかに対して解決策を記入します。
図3.解決策の明確化
2.TOC思考プロセス
本稿でご紹介している論理的思考は、TOC思考プロセス(TOC Thinking Process)と呼ばれるものです。TOCはTheory of Constraints(制約の理論)の略で、ベストセラーとなったビジネス小説「ザ・ゴール」(ISBN:4478420408)のシリーズで提案されました。TOC思考プロセスは、シリーズ第2作の「ザ・ゴール 2 ― 思考プロセス」(ISBN:4478420416)で紹介されました。TOC思考プロセスでは、因果関係に基づいて問題解決を行うための種々の図解法(ツールと呼ばれます)が考案されてきました。TOCの考案者であるエリヤフ・ゴールドラット氏が2011年に死去してからも、世界中の実践家が精力的にTOC思考プロセスを改善しています。
本稿でご紹介しているツールは、対立解消図と呼ばれるものです。TOC思考プロセスの数あるツールの中でも、実用上もっとも有用であると筆者は考えています。ちなみに、ゴールドラット氏は対立解消図(Conflict Resolution Diagram)と言ったことは一度もなく、Evaporating Cloud(蒸発しつつある雲)と呼んでいました。「蒸発しつつある雲」という呼び名は、ゴールドラット氏の「雲がなくなるように、問題は必ず解決できる」という信念の現れだと思いますが、これでは意味を捉えにくいため、多くの場合、対立解消図と呼ばれています。なお、実践家によっては頭文字をとってECと呼んだり、単にクラウドと呼んだりすることもあります。他の文献をご覧になるときには、このことを頭の片隅においてください。図の呼び名は人によって異なることがありますが、A、B、C、D、D’というラベルは共通です。図の見方で困ることはないので、ご安心ください。
3.実践する上で注意していただきたいこと
最後に、読者の皆様がTOC思考プロセスを実践し「問題解決」する際に注意していただきたい点について述べます(ここでいう問題解決とは、解くべき問題を定義し、その答えを導くことをいいます。経営判断を含む決断も、問題解決のひとつです)。TOC思考プロセスに限らず、よいと思ったことは経営層や従業員にも勧めたくなるのが人情です。しかし、新たなことは受け入れにくいという心理が働くことにも留意してください。よかれと思って勧めているだけに、周囲から否定的な反応があると、両者の温度差から思わぬ衝突を招くことがあります。
社長がなすべきことは、正しく決断し、その理由を周囲に伝えることであって、TOC思考プロセスを経営層や従業員にも実践してもらうことではありません。TOC思考プロセ...