技術営業とは(その1)

 メーカーにおいて製品・事業を構想する際に、技術者自身が外部プレーヤーと対話することの重要性が高まっている。対話の実践に関連してよく聞かれる質問が、試作品ができていないと社外の人と会うのは難しいのではないかということである。しかしそのような心配は杞憂である。他社も、市場や社会のトレンドが今後どうなるか、自分の事業をどうするべきかについて日々思考を繰り返しており、多くの情報・知識を欲している。社外との意見交換を欲しているものである。このような、未来に思考するビジョナリーな企業は多くなっている。

 

  1. 技術理念の深化のための対話のスパイラル

 試作品ができていない段階で外部プレーヤーと意見交換をする際に大前提となるのは、自社技術の哲学や理念である。その技術が存在することで、社会や時代にどのような変化をもたらすことができるのか、その変化は何のために必要なのか、誰のどのような課題を解決しようとしているのか、どのように開発を行っていくべきか、などについて、自身の考えを明確にしておくことが重要である。そのようなしっかりした考えを持っている人との議論は相手にとっても知的好奇心を刺激されるものであり、試作品がなくても活発で創発的な議論が期待できる。創発的な議論を通じて、翻ってさらに自身の技術理念を様々な角度から評価し、深化させていくことができる。

 この「意見交換の実施」と「技術理念の深化」は鶏と卵の関係と言える。理念があるからこそ外部との意見交換ができ、そして意見交換ができることで理念が深化していく(図1)。

 反対に言えば、外部との意見交換に二の足を踏んで新鮮な情報を取り入れずにいると、自身の理念も停滞したままとなる。停滞して時代遅れとなった理念では意見交換も難しくなる。負のスパイラルに陥るのである。深化は深化を呼び、停滞は停滞を長引かせる。では、このスパイラルを好循環の方向に持って行くには、どのような取り組みが効果的であろうか。

 

2.    顧客との対話により技術理念を深める手順

 

 実際に対話を行うことを想定すると、技術理念を伝えるだけでは漠然としすぎており、対話の相手にとってはイメージがわきにくい。抽象的な理念を具体的に相手への提供価値に落とし込んだうえで対話に臨むのがいいだろう。

 全体としては、次のようなサイクルをまわしていく。「自身の技術の理念を深化させる」「自身の技術が、顧客にどの様な価値を提供できるか検討する」「想定される潜在的な顧客と意見交換を行う」「収集した情報を整理し、社内で検討する」という流れである(図2)。

 もちろん理念というのは日ごとや週ごとに変わるものではない。日々の業務としては、「自身の技術が、顧客にどの様な価値を提供できるか検討する」「想定される潜在的な顧客と意見交換を行う」「収集した情報を整理し、社内で検討する」の3つを特に意識するのがいいだろう。ただし前提に理念があることを忘れてはいけない。

 

以下、各ステップについて説明していきたい。

 

(1)  自身の技術理念の深化

 多くの場合、技術者は特定の技術分野への関心から研究開発に取り組み始める。社会的な課題を意識して、その課題解決のために領域を定めて研究しようとする技術者はあまり多くはない。それ自体は決して悪いことではなく、自分の個人的な関心というモチベーションがあるからこそ研究開発もはかどると言える。しかし重要なのは、個人的な関心だけでは価値として認められない。価値が認められない技術には、企業としても投資できない。技術が誰のために何のために使われるのか、その技術があることでどのような人や組織が価値を感じるのかを、技術者自身で考えておかねばならない。とはいえ技術理念を考えるといっても何の手がかりもなしでは難しいので、たとえば次のような方法がある。

①   自社の経営理念や創業理念と照らし合わせる

 少なくとも大手企業の場合、経営理念や創業理念を必ず持っている。漫然と眺めればただのお題目にしか見えないことも多いが、それは見方が悪いという場合が多い。社会における自社の役割、果たすべき使命を徹底的に考え抜いた末の渾身の言葉であるはずだ。技術者が自分自身の技術という視点を通して改めて読み直すと、気づきが得られることも多い。ましてや将来的に事業化することを考えれば、自社の理念に基づいていることが当然である。...

技術開発の早い段階から自社理念との整合性を図ることは有益であろう。

②     マクロ環境の問題に目を向ける

 技術者があるテーマの研究開発に従事する期間は長い。数十年かけて取り組むこともある。その間、世の中では様々な社会問題が提起されてはまた忘れられていく。環境問題や人口変動、国際情勢の変化など、流行の問題は数年から十数年ごとに入れ替わっていく。技術者は社会問題にも目を向けておかなければならない。新たに現れた時代の要求が、自身の技術の貢献分野を開拓してくれるかもしれないからである。 

③     対象領域から一段「目線」を上げて考える

 特定の領域の研究開発を行っていると、どうしてもその領域の内部に目が向きがちになる。一つ枠を広げて考えてみるのがよい。たとえばシリコンウェハについての研究をしているなら半導体業界全体、蓄電池の研究をしているならエネルギー業界全体についてなどである。自身の研究領域を相対化して考えることができ、自身の研究領域の意義について考えることができるようになるだろう。

   以下次回につづく

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