ゼロから始めた品質マネジメントシステムへの挑戦

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 A社の社長はこれまでISO9001導入に否定的でした。ISO9001を導入しようとすると、膨大な書類作りが必要、認証や資格維持に金がかかる、データを取ったり纏めたり記録したりと余計な手間がかかる。そんな暇があれば1個でも余計に製品を加工した方がよい。また余分な金があるならば一つでも上の機能を持った機械を入れた方が良い、と考えていました。そんな社長が新規ビジネスを失注したことから「認証を取る」事を決断したのです。今回は、ゼロからISO9001による品質マネジメントシステム(以下QMS)の構築に取り組むことになったA社の活動とその支援事例を紹介します。
 

1. ISO9001認証取得の決意

 従業員数がおよそ30名のA社は親会社から納期面などで絶大な信頼を得ており、安定した受注と収益を確保しています。然しながら親会社からの受注が全体の8割を占めており、リスク分散の為にも顧客の幅を広げる必要がありました。このような中で、A社にとって大きなチャンスであった医療器メーカーからの新規取引の話が不調に終わりました。その原因は、品質を確保できる社内のシステム(社内体制)を明示出来なかった事にあったのです。新規顧客開拓には、顧客が安心して付きあえる会社であることを外からも分かりやすく形として示す必要があります。これが社長のISO9001に取組む動機でした。
 
 一方、形だけ認証を取得しても、中身が伴わなければ本質的に意味がありません。ISO9001によるQMS構築の目的は、「系統的で目に見える方法によって運営管理する体制を構築することで組織を成功に導く事」です。社長の決意は、認証取得を機会として、A社の品質を担保するシステムを改めて構築し、一段と進化した会社へ変身させる事であり、筆者がその支援を行いました。
 
 ISO9001:2015では特にQMSと事業との統合を強調しています。社長とは、単に形式的な認証取得だけでなく、組織の成功を目指す活動とすることで合意しました。
 

2. 推進チームの結成と教育

 QMS構築活動の手始めとして、社長の弟である専務をリーダーとし、ベテランの課長及び学卒の若手2名とオブザーバーとしての社長、計5名からなる推進チームを組織しました。A社のQMS構築、及びISO9001:2015認証取得の全体スケジュールを図1に示します。
 
  ISO9001 図1. 全体スケジュール
 
 ISO9001に対する知識は全くゼロであった事から、規格内容と考え方の教育を推進チーム内で絞って実施し、チームメンバから全社へ展開する事としました。また、QMS教育と並行して基本的なQMS文書の作成を行いました。
 
 基本的な文書の作成として、先ず社長は会社を通して何をしたいのか?(組織の目的)から議論を始め、経営理念に纏めました。また、会社内・外の課題の明確化及び利害関係者と要求事項を明確にし、その中の重要項目に対するリスクと機会とその対応策を事業計画の形で極力定量的な目標を立てながら作成しました。更に、工場レイアウト、設備リストと配置図、業務フロープロセスとその相互関係、従業員のスキルマップなどを順次作成しました。この中でSWOT分析、プロセスアプローチ(注1)、タートル図(注2)などの指導も行いました。
 
(注1)プロセスアプローチ:意図した結果を達成するためのプロセス及びそれらの相互作用の体系的マネジメント。(ISO/TC 176 SC 2/N1290品質マネジメントシステム規格国内委員会参考訳) 
        *プロセス:インプットを使用して意図した結果を生み出す,相互に関連する又は相互に作用する一連の活動。(ISO9000:2015 3.4.1)
(注2)タートル図:プロセスアプローチを進めるため、インプット・アウトプット・資源・設備(Material、Machine)、人(Man)、方法(Method)、基準(Monitoring)の関係を1つの図に示したもの。
 

3. 何も分からない!しかし兎に角やってみよう!

 ISO9001:2015全体の教育を完了して、手順書など具体的なシステムの文書化を推進する段になり、社員から「文書が書けない」・「手順書などの書き方がわからない」等の問題点が提起されました。これらに対し、「兎に角やってみよう!」の精神で、様式を決めてできるだけ定型化し、必要な部分のみ記入するなどの手法を指導しました。また、どこまで書くか?に対しては、社長の決断に委ねました。さらに記録なども、手帳やノートへ手書きした内容でも劣化・改ざん防止を施した上で品質記録としました。
 
 また業務全体のシステムを記載した「業務基準」を品質マニュアルとして運用する事としました。A社では製品の設計はしていませんが、加工プロセスや使用装置・治具を含めた「工程設計」は行っている為、設計に関する要求事項を表にまとめチェックリストとして運用する事としました。
 

4. 審査対応と認証取得

 一通りシステム構築が出来たところで、構築したQMSを従業員に浸透させることを目的に内部監査を実施しました。筆者もヒアリングを行い、よく浸透できている事を確認しました。
 
 本審査(ST2)の3ヶ月前に文書一式を審査機関に提出し...
 A社の社長はこれまでISO9001導入に否定的でした。ISO9001を導入しようとすると、膨大な書類作りが必要、認証や資格維持に金がかかる、データを取ったり纏めたり記録したりと余計な手間がかかる。そんな暇があれば1個でも余計に製品を加工した方がよい。また余分な金があるならば一つでも上の機能を持った機械を入れた方が良い、と考えていました。そんな社長が新規ビジネスを失注したことから「認証を取る」事を決断したのです。今回は、ゼロからISO9001による品質マネジメントシステム(以下QMS)の構築に取り組むことになったA社の活動とその支援事例を紹介します。
 

1. ISO9001認証取得の決意

 従業員数がおよそ30名のA社は親会社から納期面などで絶大な信頼を得ており、安定した受注と収益を確保しています。然しながら親会社からの受注が全体の8割を占めており、リスク分散の為にも顧客の幅を広げる必要がありました。このような中で、A社にとって大きなチャンスであった医療器メーカーからの新規取引の話が不調に終わりました。その原因は、品質を確保できる社内のシステム(社内体制)を明示出来なかった事にあったのです。新規顧客開拓には、顧客が安心して付きあえる会社であることを外からも分かりやすく形として示す必要があります。これが社長のISO9001に取組む動機でした。
 
 一方、形だけ認証を取得しても、中身が伴わなければ本質的に意味がありません。ISO9001によるQMS構築の目的は、「系統的で目に見える方法によって運営管理する体制を構築することで組織を成功に導く事」です。社長の決意は、認証取得を機会として、A社の品質を担保するシステムを改めて構築し、一段と進化した会社へ変身させる事であり、筆者がその支援を行いました。
 
 ISO9001:2015では特にQMSと事業との統合を強調しています。社長とは、単に形式的な認証取得だけでなく、組織の成功を目指す活動とすることで合意しました。
 

2. 推進チームの結成と教育

 QMS構築活動の手始めとして、社長の弟である専務をリーダーとし、ベテランの課長及び学卒の若手2名とオブザーバーとしての社長、計5名からなる推進チームを組織しました。A社のQMS構築、及びISO9001:2015認証取得の全体スケジュールを図1に示します。
 
  ISO9001 図1. 全体スケジュール
 
 ISO9001に対する知識は全くゼロであった事から、規格内容と考え方の教育を推進チーム内で絞って実施し、チームメンバから全社へ展開する事としました。また、QMS教育と並行して基本的なQMS文書の作成を行いました。
 
 基本的な文書の作成として、先ず社長は会社を通して何をしたいのか?(組織の目的)から議論を始め、経営理念に纏めました。また、会社内・外の課題の明確化及び利害関係者と要求事項を明確にし、その中の重要項目に対するリスクと機会とその対応策を事業計画の形で極力定量的な目標を立てながら作成しました。更に、工場レイアウト、設備リストと配置図、業務フロープロセスとその相互関係、従業員のスキルマップなどを順次作成しました。この中でSWOT分析、プロセスアプローチ(注1)、タートル図(注2)などの指導も行いました。
 
(注1)プロセスアプローチ:意図した結果を達成するためのプロセス及びそれらの相互作用の体系的マネジメント。(ISO/TC 176 SC 2/N1290品質マネジメントシステム規格国内委員会参考訳) 
        *プロセス:インプットを使用して意図した結果を生み出す,相互に関連する又は相互に作用する一連の活動。(ISO9000:2015 3.4.1)
(注2)タートル図:プロセスアプローチを進めるため、インプット・アウトプット・資源・設備(Material、Machine)、人(Man)、方法(Method)、基準(Monitoring)の関係を1つの図に示したもの。
 

3. 何も分からない!しかし兎に角やってみよう!

 ISO9001:2015全体の教育を完了して、手順書など具体的なシステムの文書化を推進する段になり、社員から「文書が書けない」・「手順書などの書き方がわからない」等の問題点が提起されました。これらに対し、「兎に角やってみよう!」の精神で、様式を決めてできるだけ定型化し、必要な部分のみ記入するなどの手法を指導しました。また、どこまで書くか?に対しては、社長の決断に委ねました。さらに記録なども、手帳やノートへ手書きした内容でも劣化・改ざん防止を施した上で品質記録としました。
 
 また業務全体のシステムを記載した「業務基準」を品質マニュアルとして運用する事としました。A社では製品の設計はしていませんが、加工プロセスや使用装置・治具を含めた「工程設計」は行っている為、設計に関する要求事項を表にまとめチェックリストとして運用する事としました。
 

4. 審査対応と認証取得

 一通りシステム構築が出来たところで、構築したQMSを従業員に浸透させることを目的に内部監査を実施しました。筆者もヒアリングを行い、よく浸透できている事を確認しました。
 
 本審査(ST2)の3ヶ月前に文書一式を審査機関に提出し、ほぼ1ヶ月後にST1審査を受けました。ST1審査で軽微な指摘が5件ありましたが、この回答書の作成方法、言葉遣い、エビデンスの添付等に指導を要しました。これらの手順を経て本審査を受け、3件の軽微な指摘に収めることが出来ました。指摘事項の是正処置実施とその報告により、ISO9001:2015の認証を得たのです。
 
 本活動の主目的は、先ず最低限レベルのQMSを構築し、更に一段と進化した組織を構築する事です。A社では認証取得後もレベルを向上させるための活動を継続する事としました。
 

5. 認証取得の成果

 (1) ゼロから最低限のQMSを構築し、ISO9001:2015の認証を取得しました。これまで曖昧であった物事が明確になる事で業務効率向上に繋げることが出来ました。
 
  (2) 本活動を通して、これまで経営層の頭の中にあった運営方針や行動計画、各種情報や状況を見える形にし、共有する仕組みが構築出来ました。この事により組織の一体感が増し、組織メンバー個々人の成長と共に、会社を良くするために積極的に参画する姿勢が醸し出されました。
 
  (3) 本活動の目的は組織のパフォーマンス向上です。今後も継続してシステムのレベルアップを図り、より強い会社へと進化させていく必要があります。
 

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この記事の著者

熊田 成人

QCDの全てをバランスさせる信念で、千葉県を中心に中小製造業のモノづくり革新をお手伝いしています

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