ものづくりを現場視点で理解する「シリーズ『ものづくりの現場から』」では、現場の課題や課題解消に向けた現場の取り組みについて取材し、ものづくり発展に役立つ情報をお届けしています。今回はEVモビリティ(EV二輪車)スタートアップメーカーである株式会社ICOMAを紹介します。
◉この記事で分かる事
・新商品開発、発想から具体化までの取り組み
・モノからコトへ変化する製造業について
【企業紹介】
株式会社ICOMAは折りたたみ可能で走行以外にも電源が活用できるユニークなEV二輪車を開発するスタートアップ企業です。単にモノを生み出すだけでなく、モノが生み出す価値、取り巻く人のライフスタイルへ貢献するコトづくりも含めたモノ/コトをパッケージングしたプロダクトとして、それを実現するEV二輪車「タタメルバイク」を開発。2021年には保安基準対応、ナンバー取得し路上試験を開始し、量産に向けて事業を行っています。安全とデザインを両立した設計と、素早い開発を実現するラピットプロトタイピングの取り組み、画期的な金型レスでの量産計画を進めている、新時代のものづくり企業です。
1,ものづくりの姿勢
(1)見て楽しく、心が揺さぶられるものづくり」を目指す
同社は2021年3月に設立されたものづくりスタートアップ企業です。ロボットメーカーや玩具メーカーの開発経験者である代表を中心に、二輪車メーカーでの デザイナー経験者、玩具メーカーでのマーケティング経験者などモノづくりとコトづくりを実現できるメンバーが集まって設立されたことからも、単にモノを作るのではなく、作ったモノ(商品)が市場で生み出すコト、商品購入者だけでなく、商品を取り巻くステークホルダーそれぞれのメリットを考えてものづくりを行う姿勢が感じられます。そのような姿勢は設立時に定めた同社のミッションに表れています。モノで心を揺さぶるとは、まさにモノでコトを生み出す価値創造と言えます。
●画像1,株式会社ICOMAのミッション「見て楽しく、心が揺さぶられるものづくり」(同社資料よ り)
(2)Made in Japanの新しいカタチを目指す
「楽しい」をキーワードとする同社のものづくりには、単に楽しいだけでなく、「日本のものづくり」を再定義し、その強み、顧客や市場、社会に対しての良さを最大化して、これからのものづくりの一つの方向性を模索しているように感じます。若者の機械離れ、乗り物離れが叫ばれて久しい昨今ですがこの現象を嘆くのではなく、商品に「楽しさ」と「実用性」を備える設計を施し、モノを通じて価値創造を目指す姿勢は大いに参考になります。
●画像2,同社資料より引用
2,「楽しさ」と「実用性」を備える設計の大切さ
ものづくりの設計に、「楽しさ」と「実用性」が必要だと話す代表は、取材中に隣室からロボットを持ってきて下さいました。このロボットは頭部が映像を投影するプロジェクターになっており、沿革から移動や変形をさせる事ができるもので、前職で開発したものとの事。画像を投影する、投影場所まで移動する、電源を内蔵するといった実用性に加えて投影時と移動時、充電時などで変形する事で、単なる映像機器ではない「楽しさ」を兼ね備えています。ロボットを片手に、設計開発における「楽しさとデザイン」「ムダのない設計の重要性」と日本のものづくりの関係について、お話しいただきました。
●画像3,開発現場で見せていただいたプロジェクター内蔵ロボット(代表が前職で手掛けた製品)
(このロボットは世界最大の家電見本市CES(米国ラスベガス)で公開され多数のメディア紹介で話題になった。)
良い設計は単に「設計として合理的である」というわけではなく、利用者のソリューションであり心豊かなライフスタイルを実現できる事も視野に入れたものである事も重要視するべきではないかとお話しいただきました。同社が掲げるMade in Japanの新しいカタチには、従来からの日本のものづくりが持つ合理的だけではない、ワクワクするとか嬉しくなるような要素を「楽しい」と表し、大切にしていると感じました。
話の中で代表が例として挙げたのが、とある海外製の折り畳み自転車。必要な強度、コンパクトに折りたためる点など一見問題なさそうですが、折りたたんだ後の形状は容積を小さくするという価値以外はありません。それに比べて同社製品のタタメルバイクは折りたたんだ後の形状はテーブルとして、椅子としてなど様々な用途への活用を視野に入れたデザインという価値が存在します。それは単に価値の向上だけでなく、新たな実用性を創造する事にもつながっています。
3,先進的な開発現場はアナログとデジタルの「良いトコどり」
●画像4,現場で活躍するアナログ機器(旋盤、グラインダーなど)
同社では設計、開発、試作、組立を本社で行い、部品製造は協力会社で行う形態で行っています。本社の現場は卓上旋盤、グラインダーから3DCAD、3Dプリンターなどデジタル機器、アナログ機器が設置されています。思いついた事をすぐカタチにできる体制です。デジタル上でのシミュレーションとアナログでのものづくりを共に活用するこの現場では、設計から試作、改良のプロセス進行にムダがありません。いわばこの現場はDX(Digital- transformation)ありきの現場「DX-native(ネイティブ)」な現場です。
企画や設計検討の段階では、まだ形になっていない状態でモノづくりを進めている段階と言えます。この段階をより良く、スピーディに進めるためには、いち早く形にする(具体化する)ことがポイントだと言われます。これらを行う手法としては以下のようなものが挙げられます
・ラピットプロトタイピング(Rapid prototyping)
ラピッドプロトタイピング(英: rapid prototyping)とは、高速(rapid)に試作(prototyping)する製品開発で用いられる試作手法のこと。
・デジタルファブリケーション(Digital Fabrication)
レーザーカッターや3Dプリンタなどのデジタル工作機械にて、3DCGなどのデジタルデータを素材から加工、成形する技術のこと。
DX-nativeな、この現場はまさにラピットプロトタイピングを行う事に最適な環境が整っています。そして、この現場での製品づくりにおける大きな特長に「金型レス」で量産を計画している事が挙げられます。従来、量産は金型で行うのが一般的な量産ですが、この製品は当初から金型レスで量産する事を目指して設計されており、金型の製作、維持・管理・保守コスト低減と、設計の工夫による製造難易度の低減を実現し、原価低減を図っています。
アナログとデジタルの良いトコどりのDXネイティブな現場が、ものづくり現場をアップデートさせるのに大きなヒントとなるのではないでしょうか。
●画像5,3Dプリンター類(複数台を並行稼働し時間短縮を図っている)
■関連リンク
https://www.monodukuri.com/gihou/article/3747 (中小製造業のDXへの取り組み(その1))
https://www.monodukuri.com/gihou/article/3227 (すでに始まっている!日本のモノづくりを変えるAM活用)
4,設計で実現できる「楽しさ」と「実用性」
同社が今年量産開始予定の製品は折りたたみ可能なEVバイクの「タタメルバイク」。
世界には折りたためる自転車やバイクなどの2輪車は多数存在しますが、この製品には他にはない特徴がいくつも存在します。
■タタメルバイクの特徴(抜粋)
・折りたたみ後、展開後それぞれに別の意匠性がありデザイン性に優れる
・利用者が無意識に安全に折り畳み、展開動作ができる機構
・折り畳み機構による強度低下を回避した設計
●画像6,折りたたみ状態から展開する際のステアリング部分(適正位置でなければ展開できない機構)
●画像7,折りたたみ状態から展開する際のナンバープレート部分(写真は一部加工)
(保安基準に達さない状態では展開できない機構)
5,モビリティーとしての価値を超えた価値創造
●画像8,左:3D Modeling 中:タタメルバイク(走行モード) 右:タタメルバイク(折り畳みモード)
(同社資料を筆者にて編集)
この製品はMaaS(Mobility as a Service)での活用も期待されるモビリティ(移動体≒乗り物)です。
そして「移動する」という価値に加え、移動できる電源としての価値も兼ね備えています。
●画像9,タタメルバイク諸元(同社資料より ※数値はプロトタイプのもの)
容量12Ah(最大46Ah)、AC出力600Wの電源を持つ乗り物であることから、様々な活用法が考えられます。
また、「移動する」という言わば当たり前の価値を超えた活用による価値は、メーカーが生み出す価値だけではなく、購入者、利用者や製品を取り巻く幅広いステークホルダーが生み出す部分も大いにあります。そのような消費者参加型ともいえる価値共創を考えた製品開発では高性能、高スペックを追求したモノ思考ではなく、利用する人のニーズに適合し、ライフスタイルを豊かにするコト思考が欠かせません。これらは近年話題になっているデザイン思考(デザイン経営)や技術戦略の取り組みを含むものです。同社では経営から設計開発、製造、営業まで一貫してこれら「コト思考」が実践されており、お客様が生み出す価値を大切に扱っていると感じました。
■タタメルバイクの想定される活用法
走行・移動以外での想定活用法(一部)
・キャンプや野外イベントなどのアウトドアでの電源として活用
・野外で音響機器、ディスプレーなどを利用する際の電源として活用
・災害時の電源として利用 など
同社では、大手自動車関連メーカーやサプライヤーなどとコラボレーションが進行中との事。日本企業の新たなものづくりの応援、新しいユーザーとモビリティ社 会の実現に向けて共創が始まっています。
モノづくりでコト作りを目指す同社のこれからにも注目です。
■関連リンク
https://www.monodukuri.com/gihou/article/3747 (「モノのデザイン」と「コトのデザイン」とは)
https://www.monodukuri.com/gihou/article/3227 (技術を価値に変える戦略)
まとめ
・新商品開発、発想から具体化までの取り組み
→デザイン経営、コンセプト作りと設計・製造技術の融合。
・モノからコトへ変化する製造業について
→市場変化に対応する体制(DX、ラピットプロトタイピング)、コト作りに貢献するモノづくり。
【インタビューにご協力いただいた方】
株式会社ICOMA Founder CEO 生駒 崇光 氏
【会社概要】
・社名 株式会社ICOMA ・本社:東京都 工房:千葉県松戸市 ・創業 2021年3月