図1、EV船(ロボティックボート)自動着岸イメージ [同社資料より]
ものづくりを現場視点で理解する「シリーズ『ものづくりの現場から』」では、現場の課題や課題解消に向けた現場の取り組みについて取材し、ものづくり発展に役立つ情報をお届けしています。今回はEV船の企画、設計、販売及び運用環境づくりを手掛けるEV船販売株式会社の取り組みを紹介します。
◉この記事で分かる事
・モビリティEV化における船舶電動化について
・先進モビリティ普及で重要な「ものづくり」、「ことづくり」
1,ゼロエミッション社会に向けた船舶のEV化
(1)ゼロエミッション
ゼロエミッションとは、国連が設置している総合大学、国連大学(UNU)により提唱された考え方で、基本的には「生産活動から排出される廃棄物をリサイクルすることで埋立処分量ゼロを目指す」というものです。エミッションには「放出・排出」などの意味があり、わが国においては廃棄物ゼロも含め、「温室効果ガスの排出量がゼロの社会」を意味する言葉としても使用されています。
また、世界有数の海事国家である我が国は国土交通省が中心となって2028年までに温室効果ガスを排出しない究極のエコシップ「ゼロエミッション船」の商業運航を目指すと発表されており世界に先駆けた取り組みが進んでいます。
(2)環境負荷の低減だけじゃない船舶のEV化のメリット
従来、エンジンによって推進力を得ていた船をEVにすることによって、運行時の排気ガスの抑制を目指す事は自動車のEV化と同様ですが、先行事例では、それら環境負荷低減はもとより、それ以外の様々なメリットがある事が明らかになっています。
図2、運用が始まっているEV船 沖縄県石垣市川平湾電動推進船グラスボート [同社HPより]
EV船の活用事例
運行事業者(ユーザー)の意見
(1) 従来船(デーゼルエンジンが主機)に比べると圧倒的に静かで振動も少ない
(2) 燃料やオイル、排ガスの臭さも無い
(3) グラスボート下の魚が音がしない為逃げなかった
保守担当者(サービスマン)の意見
(1) ポイント上に船を止めるグラスボートでは、1回の航行で60~70回のシフト操作を行う為、ケーブルが切れたり、ドライブの消耗が激しかったりとメンテ費用が高額になるが電気的にモーターの正/逆転を切り替える電動船はクラッチが無い為メンテ手間、費用が軽減できた。又シフト音がしないので魚が逃げない。
(2) デーゼルエンジンに比べエンジンルームが汚れなくなり拭き掃除が無くなったメンテナンスフリーは良いです。
様々なメリットがあるように思われるEV船ですが、普及にはまだまだハードルがあるとの事。
2,EV船を作るには、「ものづくり」と「ことづくり」が必要
前項のように、多くのメリットがあるEV船ですが普及にむけて越えなければならないハードルがあるとの事で、同社では「もの」と「こと」の両面で対応している事がうかがえました。
EV船の「ものづくり」
自動車も船も移動体(モビリティー)としては同じと言えますが、移動体を作る上で陸の移動と水上の移動では当然様々な違いがあります。
自動車と船舶の違いの一例:移動体の速度とモーター出力の関係
速度と出力の関係を見てみると、排水量型ボートの場合、必要な推進力は速度の 3 乗に比例して増加します。
これは速力が上がると水の抵抗が急激に増加するためで速度を 2 倍にするには、8 倍のパワーが必要になります。
図3、船舶における出力と速度の関係 [同社資料より]
少し速力を下げて移動すると消費電力は大きく削減できるので、バッテリー持続時間は伸長する事がわかります。
これら既に蓄積されている技術ノウハウの確認と活用は新たなものづくりを進めるうえで重要な点であると言えます。
EV船の「ことづくり」
新たなモビリティーであるEV船には、新たなルールやガイドライン、運行のシステムが社会から求められます。
ルールには国際規制、国内規制、法整備など様々なものがあります。同社の取材で感じたのは「現状で実施可能な事に取り組み、知見を得る」ことの重要性です。
同社が実際に取り組んでいる事の一つにゼロエミッションマリーナの実践です。
図4、実証実験の舞台、クリエイションマリーナ(大阪府)[同社資料より]
太陽光や風力で生み出した電気をワイヤレスで小型ボートに送る全国初の電動船の充電施設を同社が設置した
使うエネルギーを環境から生み出し、無線で供給する
同社はソーラーパネルによって得られた電力を蓄電設備に蓄電し、必要に応じて船舶への充電を行う事ができる設備を2021年に稼働開始しています。
のちに風力発電との組み合わせも構想されており、より安定的な電源供給を目指しています。
船への電源供給はワイヤレス(非接触接続)で行われ、従来の電源ケーブルでの電源供給の課題であった水、塩分による設備劣化の解決を図っています。
また、先進的なエネルギー設備と合わせて、自律航行テクノロジーを持つ協力会社と共同で自動離着桟や近距離障害物の回避航行などを実装したEVロボティックボートの運用も開始しています。
図5、自律航行技術搭載の「ロボティックボート」(ゼロエミッションマリーナで行われた自動離着桟デモの様子)
船体に周辺情報取得用のカメラ、センサー類を確認する事ができる。
同社では開設したゼロエミッションマリーナでの施設運用、船舶運用などの実証を通じてノウハウを蓄積し、ゼロエミッションマリーナの横展開を推進する計画であるとの事。
「もの」「こと」両面でのモビリティ革新に取り組む、同社の活動に注目です。
図6、EV船実証運行の様子(2022/10/29 東京竹芝)
奥にスカイツリーが見える竹芝の海
静かで、加速の良い特徴を持つEV船は都心部の移動を変える可能性がある。
まとめ
・モビリティEV化における船舶電動化
→船舶のEV化には先進の電動化技術と共に、既存ノウハウの理解と活用が重要。
・先進モビリティ普及で重要な「ものづくり」、「ことづくり」
→モビリティ分野でのゼロエミッション実現のためには、環境負荷を考慮したモビリティーづくり(ものづくり)はもちろんのこと、その運用ルール、ガイドライン、インフラの整備が必要。そこで重要な事の一つにそれらの環境を現状で可能な範囲であっても構築する事がある。実証、検証、プロトタイピングを実施して課題の洗い出しを現地・現物・現実で行う事(ことづくり)で新しいモビリティの普及につながる。
【インタビューにご協力いただいた方】
日本EV船販売株式会社 代表取締役社長 工藤 清人 氏
【会社概要】
・社名 EV船販売株式会社
・本社:東京都中央区 ・拠点:東京オフィス 東京都新宿区、大阪支店 大阪府堺市