コーポレート研究の課題とは

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1. コーポレート研究への期待

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 近年、ものづくり企業においてコーポレート研究に対する期待が高まっています。そのなかで、新たにコーポレート研究組織を設置する、あるいはコーポレート研究組織の見直しを行う企業の事例を目にする機会が増えています。
 
 振り返ってみれば、1990年代バブル崩壊後の不況のなかで、多くの日本企業が研究開発効率の向上をめざして、中央研究所など本社に属する研究開発組織を解体もしくは縮小し、事業部門の研究開発組織へ経営資源をシフトした時期がありました。その過程で中長期的な視点に立った研究開発力、研究テーマを生み出す力が弱くなったことは否定できないと思います。そして、その結果として、既存事業の枠を超えるような新たな事業、現在の問題ではなく未来の課題を解決するイノベーションが生まれにくくなったことも事実なのではないかと思います。
 
 それでは、バブル崩壊以前の研究開発のあり方に問題がなかったかというと一概にそうとは言えません。未来の事業を生み出すための中長期テーマを担うという名目で、中央研究所、基礎研究所などの組織が設置・運営されてはいましたが、いつまで経っても事業につながる成果が出てこない、研究所と事業とのコミュニケーションが行われず、事業とかけ離れた研究を行たり、研究者は学会発表にばかりに意欲的で、技術の事業移管や特許の取得には熱心ではなかったり、などの問題が常に指摘されていました。
 
 当時の日本は、欧米へのキャッチアップ型研究開発からプロントランナー型研究開発への転換を急いでいたこともあり、官民あげて基礎研究の充実に注力していました。思い起こせば、私がエンジニアとして駆け出しだったころ、「日本は、欧米へのキャッチアップからフロントランナーとして世界をリードする存在になりました。今後はもっと基礎研究を充実させなければ」といった論調をよく目にしました(最近はほとんど見なくなりましたが)。基礎研究の重要性は勿論否定するべきものではありません。科学的な基礎研究は、知の探究という意味で、それそのものに大きな意味があります。また、弊社が提唱する技術創造のUカーブ(『技術力向上の鍵を握る価値創造力』参照)が示すように、技術の飛躍的な進化につながります。しかし、ものづくり企業において、出口の見えない、もしくは出口を曖昧にした基礎研究は、企業経営に貢献する成果につながりにくいことも事実です。
 
 研究マネジメントの視点からみると、バブル崩壊以前のそれは、リニアモデルを前提にしていたように思います。極端に言えば、「優秀な研究者を集めて、研究資金と設備を用意し、自由な発想で仕事をさせればそのうち事業につながるよい成果をあげてくれる」というようなマネジメントです。しかし、これは、バブルが崩壊して企業の経営環境が激変する中で終わりを告げました。一方、時期を同じくして「中央研究所の終焉 -研究開発の未来」(リチャード・S・ローゼンブルーム著,1998年)が出版され、アメリカにおいても企業内部の閉じたリニアモデルに対する限界が論じられていたことから、この動きは日本に限ったことではなかったようです。言い換えれば、経済の好不況に関わらず、リニアモデルを前提とした研究マネジメントの終焉は、必然の流れであったとも考えられます。しかし、その後、アメリカは、産学連携やコンソーシアムなどによるオープンを前提としたエコシステム型イノベーションモデルへむけた動きを国家レベルで加速したのに対し、日本の場合は、個々の企業の研究開発体制の見直し、特に既存事業に直結した短期テーマへのシフトが中心になり、リニアモデルからの転換に対する結果は大きな違いを生んでしまいました。
 

2. 研究テーマの掘下げと再構築

 
 そして、近年、イノベーションがものづくり企業の成長戦略の柱となり、経営戦略、事業戦略との整合による短期的な経営貢献から、経営戦略、事業戦略とは異なる方向性を持った新たな事業・製品を、未来を見据えて構想・具現化することをとおして、現在の経営および事業にインパクトを与える、言い換えれば経営戦略、事業戦略との創発へ、研究開発に期待される役割が変化する中で、改めてコーポレート研究への期待が高まっています。しかし、当然ながら、現在のコーポレート研究は、かつての中央研究所ではありません。下記のような研究テーマを積極的に手掛け、そして成果を形にすることが期待されています。
 
●未来の社会や市場の課題を先取りした新たな価値を生み出...

1. コーポレート研究への期待

R&D
 近年、ものづくり企業においてコーポレート研究に対する期待が高まっています。そのなかで、新たにコーポレート研究組織を設置する、あるいはコーポレート研究組織の見直しを行う企業の事例を目にする機会が増えています。
 
 振り返ってみれば、1990年代バブル崩壊後の不況のなかで、多くの日本企業が研究開発効率の向上をめざして、中央研究所など本社に属する研究開発組織を解体もしくは縮小し、事業部門の研究開発組織へ経営資源をシフトした時期がありました。その過程で中長期的な視点に立った研究開発力、研究テーマを生み出す力が弱くなったことは否定できないと思います。そして、その結果として、既存事業の枠を超えるような新たな事業、現在の問題ではなく未来の課題を解決するイノベーションが生まれにくくなったことも事実なのではないかと思います。
 
 それでは、バブル崩壊以前の研究開発のあり方に問題がなかったかというと一概にそうとは言えません。未来の事業を生み出すための中長期テーマを担うという名目で、中央研究所、基礎研究所などの組織が設置・運営されてはいましたが、いつまで経っても事業につながる成果が出てこない、研究所と事業とのコミュニケーションが行われず、事業とかけ離れた研究を行たり、研究者は学会発表にばかりに意欲的で、技術の事業移管や特許の取得には熱心ではなかったり、などの問題が常に指摘されていました。
 
 当時の日本は、欧米へのキャッチアップ型研究開発からプロントランナー型研究開発への転換を急いでいたこともあり、官民あげて基礎研究の充実に注力していました。思い起こせば、私がエンジニアとして駆け出しだったころ、「日本は、欧米へのキャッチアップからフロントランナーとして世界をリードする存在になりました。今後はもっと基礎研究を充実させなければ」といった論調をよく目にしました(最近はほとんど見なくなりましたが)。基礎研究の重要性は勿論否定するべきものではありません。科学的な基礎研究は、知の探究という意味で、それそのものに大きな意味があります。また、弊社が提唱する技術創造のUカーブ(『技術力向上の鍵を握る価値創造力』参照)が示すように、技術の飛躍的な進化につながります。しかし、ものづくり企業において、出口の見えない、もしくは出口を曖昧にした基礎研究は、企業経営に貢献する成果につながりにくいことも事実です。
 
 研究マネジメントの視点からみると、バブル崩壊以前のそれは、リニアモデルを前提にしていたように思います。極端に言えば、「優秀な研究者を集めて、研究資金と設備を用意し、自由な発想で仕事をさせればそのうち事業につながるよい成果をあげてくれる」というようなマネジメントです。しかし、これは、バブルが崩壊して企業の経営環境が激変する中で終わりを告げました。一方、時期を同じくして「中央研究所の終焉 -研究開発の未来」(リチャード・S・ローゼンブルーム著,1998年)が出版され、アメリカにおいても企業内部の閉じたリニアモデルに対する限界が論じられていたことから、この動きは日本に限ったことではなかったようです。言い換えれば、経済の好不況に関わらず、リニアモデルを前提とした研究マネジメントの終焉は、必然の流れであったとも考えられます。しかし、その後、アメリカは、産学連携やコンソーシアムなどによるオープンを前提としたエコシステム型イノベーションモデルへむけた動きを国家レベルで加速したのに対し、日本の場合は、個々の企業の研究開発体制の見直し、特に既存事業に直結した短期テーマへのシフトが中心になり、リニアモデルからの転換に対する結果は大きな違いを生んでしまいました。
 

2. 研究テーマの掘下げと再構築

 
 そして、近年、イノベーションがものづくり企業の成長戦略の柱となり、経営戦略、事業戦略との整合による短期的な経営貢献から、経営戦略、事業戦略とは異なる方向性を持った新たな事業・製品を、未来を見据えて構想・具現化することをとおして、現在の経営および事業にインパクトを与える、言い換えれば経営戦略、事業戦略との創発へ、研究開発に期待される役割が変化する中で、改めてコーポレート研究への期待が高まっています。しかし、当然ながら、現在のコーポレート研究は、かつての中央研究所ではありません。下記のような研究テーマを積極的に手掛け、そして成果を形にすることが期待されています。
 
●未来の社会や市場の課題を先取りした新たな価値を生み出す
●自社が保有していない技術を含めて技術分野/事業分野を横断した新たなコア技術をつくりだす
●市場における競争優位を獲得し、継続的に維持できる戦略要素を抑え込む
 
 そして、そこで仕事をする技術者、研究者は、専門技術領域や科学という世界だけに安住することは許されません。未来の社会を、市場を、顧客を、そして事業を考え、議論し、そして行動できる人材へ自らを進化させていくが求められています。技術者、研究者の進化のためには、研究戦略や組織体制、テーマ評価や管理・プロジェクト運営の仕組み、社内外への留学を含めた教育制度、ジョブローテーションなどハード面でのアプローチも勿論必要ですが、同時に日常の研究活動のなかで、自らの研究テーマを未来の事業や顧客価値の視点から掘下げ、再構築する取り組みを現場に仕掛け、技術と研究に対する「考え方」「捉え方」を手触り感を持って変えていくことが重要であると考えています。
 
 

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この記事の著者

平木 肇

『テクノロジストの知恵を新たな価値を生み出す力に変える』社会を変える新たな価値創造へ向けて、技術の進化と人材の開発に挑戦するものづくり企業を全力で支援します。

『テクノロジストの知恵を新たな価値を生み出す力に変える』社会を変える新たな価値創造へ向けて、技術の進化と人材の開発に挑戦するものづくり企業を全力で支援します。


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