『坂の上の雲』に学ぶコミニュケーション論(その6)

 

【『坂の上の雲』に学ぶコミニュケーション論の連載目次】

・すべての関係者と課題を共有する。

・課題の共有

・顧客の言うことを鵜呑みにしない

・鵜呑みにしないことの大切さ

・「見える化」を活用する

・共通語の必要性

 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回はコミニュケーション論のその6です。
 

3. 「見える化」を活用する

 

(4) 共通語の必要性

 
 海軍は「薩の海軍」と言われ、その要職は、明治維新の功労者が就いていました。それを、日露戦争前に、薩摩出身の山本権兵衛(当時は海軍大佐、日露戦争時は海軍大臣)が新知識のない功労者をすべてクビにして、海軍大学校出身者と入れ替えたのです。海軍大学校では一つの方針のもとで教育を受けていました。作戦用語でも何でもみな同じ教育を受けているのです。だから意思決定や命令系統が極めてスムーズです。新知識のない功労者が残っていたらそんなことは無理でした。それを日露開戦の数年前にすべて断行しました。マネジメントという意味では、準備段階からしっかりしていたと言えるのです。今は、同じ知識やビジネスカルチャーの人ばかりではないので、コミュニケーションをサポートするしくみを活用しないといけません。たとえば、全社の共通語として「1行報告」のシステムを活用し課題の共有を促進している事例もあります。
 

(5) 「ダメ元」で道は開ける

 
 秋山好古は日露戦争が始まる前にウラジオストックからハバロフスクに至る軍事施設を見学しています。本来は他国の将校が見ることのできない軍事機密ですが、ロシア陸軍大演習に招待された機会に実現していました。ウラジオストックに着くと歓迎会があり、その席で交渉して、「あそこ(軍事施設)にいるリネウィッチ大将は私が天津にいたときの友達だ、ここまで来たら挨拶したい。」と頼みました。
 
 日本の将校がロシアの軍事施設を見学できるわけがなく、「皇帝の許可がいる」と断わられます。そこで引っ込むかと思ったら、「だったら、許可を得てくれ」とさらに頼んでしまう。すると本当に許可が下りました。ダメと思わずに要求することです。相手には相手の考えがあって、「ロシア陸軍の威容を見せれば日本はおじけづいて戦争なんかしないだろう」という政治的効果を皇帝は考えて、「みんな見せてやれ」と言ったそうです。だから「ダメ元」で遠慮しないことが必要で、今の「顧客のためにプロジェクトをやる人」にはこれが欠けていると思います。お客も、これは絶対にこうしてもらわなくてはならない、比較的どうでもいい、と思っているところとの幅があるのです。受け手側から「ここはこうしてもらえませんか。不具合も故障もなくなり、助かるんですが」と、どんどん提案を出したほうがいいのです。悩んでいるだけでなく、遠慮しないでもっと直訴するべきなのです。もちろん、ダメ元を使うのは失敗してもリスクがないときです。無視できないようなリスクがあるときは使えません。好古は、「あの人は旧友だから」という理由だけで攻める。すると、たまたま相手(皇帝)の思惑とも一致して実現する。相手の都合はわからないので、自分だけで考えずにとりあえずは希望をぶつけてみることが必要なのです。そうすると道は開けるかもしれません。
 

【『坂の上の雲』のこと】

 
 筆者は『坂の上の雲』を会社に入って3年目頃に読み始めました。食事のときも読みふけって家族のひんしゅくをかうくらいでした。その後、会社で1週間ほどの「ネガティブ・フィードバック」の教育研修がありました。10人くらいのグループが箱根の研修所で1週間缶詰でした。その中に「私と上司の相性」というアメリカ式の分析があり、初日に「最近の身の回りの出来事を述べよ」と言われました。
 
 筆者は『坂の上の雲』を読んでいたので、特に印象に残った児玉源太郎(陸軍参謀本部次長)の話をしました。二〇三高地を攻略するときの話です。現地がぐずぐずしているので児玉が「なぜそんな遠くで大砲を打つんだ、もっと前で打て」と命令します。すると「大砲は簡単に動かせない。一か月かかる」と返事が返ってきました。児玉は「なんでそんなにかかるんだ」とあっという間に動かせてしまいました。その場面が非常に印象的でした。局面を打...
開する着眼点の素晴らしさに感動し、「これこそエンジニアの鑑だ」とみんなの前で話しました。すると後で講師から叱られました。100年も前の話をするなと言うことでした。確かに100年前の話だが筆者には大変身近な話でした。講師にとっては身近な他人とのかかわりのことを題材にしないと、後の講座の話につながらないので、筆者の話は適切ではなかったらしいのです。
 
 『坂の上の雲』はやや冗長に感じられるところもありますが、あの場面は全体の中でも見せ場だと思います。児玉も一回目はなすすべもなく帰っており、二回目にやっと局面の転換をしました。さすがの作戦家も一回では攻略のポイントがわからなかったのです。
 
  
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
  
◆関連解説『人的資源マネジメントとは』

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