『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回は、『全体観』のその3です。
6. バラツキはあるのが当たり前
バラツキを3シグマでみると、全体の99.7%が入ることを統計で習います。せんみつは、つまり1000に3つがハズレるのです。世の中でも稀な事象を「千三つ」といます。工業製品では、バラツキをなるべく小さくするのが非常に大事です。日本の工業製品が世界を席巻したのはこの品質管理が一番すぐれていたからです。どれをとってもハズレがないというのが特徴です。均一な品質を確保したとか、品質がよいとかいうときの中身としてはバラツキが極めて狭い範囲に収まっているということです。
(1) グレードと品質
グレードが高いことを品質がいいと言う人もいますが、たとえば100円ショップでも品質がいいと言う。100円ショップは、グレードは低いけれど、どれを買っても当り外れがなければ品質がいいという言い方をするようです。グレードと品質をごっちゃにしている人がいますが、お金をたくさん出せばグレードの高いものが買えるのは当たり前で、工業的に大事なのは品質のバラツキが少ないことであり、狭い範囲できちんと収まっているということです。しかし、品質のこの考え方は人間には当てはまらないようです。人間にはそれぞれ個性があって、バラツキがあるのが当たり前です。それを代替可能な資源だと見るのがアメリカ式です。だから簡単にレイオフするのです。一方、日本は代替可能な資源ではないという発想だから、苦しくても簡単にレイオフはしなかったのです。アメリカ式の経営をとり入れるとレイオフは経営者にとって当たり前だというのが広まったのですが、近年の日本の伝統的な考え方にはなかったことです。モノの場合は100個あったらある項目を測定して、平均値はここと示すことができますが、平均値より上もあれば下も存在するのです。人に対して何かの評価基準の平均値をもとに上と下に分けることをしてトクになることがあるのでしょうか。
(2) 人の個性というバラツキ
人はバラツキの塊です。その代表選手が秋山好古と真之です。特に真之は奇行が多かったようです。たとえば、いつも制服の下に煎り豆を隠していて何かあるとそれをガリガリ食べながら考えているとか、靴をはいたままベッドの上に寝るとか、挨拶もしないでぷいと出ていくとか、こういうエピソードがいろいろあります。世間常識としてはまずいことですが、反面、真之は参謀として非凡な素質を持っていると周りは認めていたので、「あいつは素行が悪いからけしからん」とはならないのです。これは当時の軍隊が個性という大きなバラツキを認めていた例です。兄の好古も食事の代わりに酒を飲むというエピソードがありました。その酒を調達するのが当番兵の役目で、行軍中もずっと飲んでいたということです。いわば仕事の最中に酒を飲んでいるということで、それが彼の個性、どうやら酒さえ飲めば栄養(エネルギー)はとれていたという特異な体質だったらしいのです。当時としては長生き(71歳)したのでほんとうに体質だったのでしょう。
大将だから許されていたということはあったにしても、普通は許されない。そういうことを認めていたということです。やることはちゃんとやっていると認められていたことです。入口で門前払いなどしないのです。人は個性の塊だからバラツキを素直に認めようとするのです。個性を認めることは、マネジャーにとっては難しいことでですが、今後の日本を考えるにあたっては大きな行動指針ではないでしょうか。単に学校の成績だけで、劣っている人と優れている人に分けるやり方はよくないのです。大器晩成という言葉がありますが、学校の成績のような評価ばかりでは大器晩成はありえないのです。エジソンだって、小学校の先生から「あなたのお子さんはもう面倒が見切れないから出て行ってほしい」と言われたのだそうです。
最近の例では、ノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんでしょうか、周りも本人も受賞する
まで気づかなかったようです。ノーベル財団だけがこの人はすばらしいと認めました。本人はわからないし周りもわからないということはざらにあるのです。評価指標をちょっとだけ変えてみると、ノーベル賞クラスの人材はどんどん見つかるかもしれません。田中さんの例からはそういう雰囲気を感じます。児童・生徒などの成績評価で、5段階評価は止めて、全員...