1.イノベーションとは
イノベーションは「新しくする」を意味するラテン語のInnovareを語源とし、約100年前に経済学者のシュンペーターが「創造的な破壊」と定義しました[1]。社会は漸進的な改善の積み重ねによっても進化しますが、時折過去の発展延長線上にない大きな進化を遂げることがあり、これが経済発展の原動力となることは皆さんも感じていることでしょう。シュンペーターはこれこそが経済の本質であるとして次の五つの形態を提示し、いずれも新結合つまりこれまでにない組み合わせによって起きると説きました[1]。
- (1) 新財貨(製品)の生産
- (2) 新生産方式の導入
- (3) 新市場(販売方法)の開拓
- (4) 原材料の新供給源
- (5) 新組織形態の実現
例えば近年自動運転技術の進歩が急速で、イノベーションと呼んでも良さそうですが、それを構成する要素技術はミリ波レーダー、高解像度カメラと画像処理、高速CPUなどこれまでにも存在した技術の組み合わせとその高度化であり、全く新たな発明というべきものはありません。
旧来イノベーションの訳語とされる「技術革新」は上記の(3)や(5)をカバーできないことから、その表現を見直す機運が高まっています。一方でシュンペーターの時代はまだITが生まれていませんので、近年の典型的なイノベーションであるディープラーニングやブロックチェーン技術はどこに入るか迷います。製品に組み込めば(1)であり、物体のないITサービスの場合は(3)に分類されるでしょうか。上記5項目に「(6)新情報価値の実現」を加えたいところです。
また新結合で生まれたイノベーションが次の新結合を誘発すると考えると、技術は等速ではなく加速度的に進化すると説くカーツワイルの「収穫加速の法則」[2]を裏付けすることにもなります。
2.イノベーションの重要性
供給過剰の現代にあって、イノベーションで競合との差別化を図ることが重要であることに異論を唱える人はいないと思います。その点についてドラッカーは60年前すでに「マーケティングとイノベーションだけが企業の基本的機能」であり、「イノベーションによってより経済的な財やサービスを作る」ことができると主張します[3]。
そのためには何らかの変化を起こす機会が必要で、イノベーションをせず既存に留まることこそが最大のリスクであり、変化は次のような機会で起こると考えました[4]。
- (1) 想定外の出来事
- (2) 現実と理想の不一致
- (3) 改善のニーズ
- (4) 産業や市場の構造変化
- (5) 人口構造の変化
- (6) ものの見方、感じ方、考え方の変化
- (7) 新しい知識の出現
いずれも説得力のある状況ですが、たとえその場に遭遇しても、それを感知できるかどうかが問題です。
3.イノベーション実現の困難性
連載の前回までに取り上げた技術戦略やマーケティングも定量的な判定基準がなく適切な取り組みは容易でありませんが、イノベーションにはさらに難しい問題があります。イノベーションを事業化するには人、資金などの資源の投入が必要ながら、革新的であるほど事業化の成否は不確かであり判断が難しいという点です。
革新的な商品、サービスは従来と大きく異なっているために、資源を依存する投資家や顧客、市場に受け入れられることが困難です。クリステンセンは多くの事例を挙げながら、顕在化した顧客の要求を大企業が愚直に実現しようとするほど、破壊的なイノベーションを実現できないと説明します[5]。有名な「イノベーションのジレンマ」です。
仮に大企業の某マネージャーが大きなリスクを取って革新的製品を実現したとしても、2階級特進、年収1.5倍が精一杯でしょう。一方革新的であるほど事業化は困難ですから、相当の確率で失敗すると想定され、場合によっては昇進のレールから外れてしまいます。ハイリスクローリターンなのです。それならば、小さいながらも確実に成果が出る持続的イノベーションを選択するか、ハイリターンを期待してスピンアウトするのが合理的でしょう。たとえマネージャーが破壊的イノベーションを事業化しようとしても、優秀な経営者ほど信憑性のある調査データを要求し、不確実なテーマは排除され、成功のイメージが持ちやすい過去に成功した類似製品を手掛けてしまいます。
(表1) 2種類のイノベーション比較
2種類のイノベーションの比較を表1に示します。持続的イノベーションはイノベーションなのか?という指摘もありますが、それが悪いわけではなく、むしろ破壊的イノベーションへの投資に回す利益を獲得するために、確実に売れる製品を開発し販売することが必要であり、両者間の配分を戦略的に決定することこそ、技術経営の醍醐味といえましょう。
4.イノベーション実現の方策
それでは前節の状況下でもイノベーションを実現させるにはどうすれば良いのでしょう?クリステンセンは「顧客に頼らない」ことと「コストをかけずに素早く柔軟に進出して試行錯誤する」ことを提案しています[5]。
革新的であるほど顧客は発想できず、例示されても理解されないことすらあります。技術者側が信念を持って開発するしかありません。しかしその不明確なコンセプトに大きな資源を投入することは危険です。簡易なサンプル(MVP:Minimum Viable Product)を作って顧客の反応を確かめ、小規模な販売で売れ行きを確認し、事業化の確信を得たところで大規模な広告、販売活動に移ることでリスクを低減できます[5]。
その一連の活動を成り行きにまかせても理想的には進みません。3MやGoogleのように通常業務以外に自分の好きなテーマに業務時間のある...
それでも大企業内で事業化まで育てるのは容易でなく、破壊的イノベーションに類するテーマは社外のベンチャーに開発を任せて、事業化が見えてきた段階で社内に取り込むプロセスも注目されています。
【参考文献】
[1] J.シュンペーター, 「経済発展の理論(邦訳)」,岩波文庫, 1977(原著1912)
[2] R.カーツワイル,「シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき」, NHK出版, 2016
[3] P.ドラッカー, 「現代の経営(邦訳)」, ダイヤモンド社, 1965(原著1954)
[4] P.ドラッカー, 「イノベーションと企業家精神」, ダイヤモンド社, 1985
[5] C.クリステンセン, 「イノベーションのジレンマ増補改訂版」, 翔泳社, 2001
[6] H.チルキー,「科学的経営のための実践的MOT-技術主導型企業からイノベーション主導型企業へ」, 日経BP社, 2005