~ 分子動力学は超音速 現場数学(その9)

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♦ 音速超す目に見えない世界を計算

1.シミュレーションと現実

 映画やテレビで見る「きれいで高速に動く」シミュレーション結果は、実はとんでもない長時間をかけて作成されたものです。一コマ、一コマを手作業で描いているアニメーションと同様の過程が必要なのです。また、ニュースなどのオープニングでよく表示される地球が回転しているような図は、単に「視点を変えている」だけなので、見た目よりはずっと少ない計算量で作成可能です。動いて見えるのですが、これは3次元の1枚の絵を作成するだけの話です。人間は簡単に騙(だま)されます。

 初期の恐竜映画では、恐竜の皮膚はつるっとしていました。それが、最近ではふさふさとした毛に覆われていたり、羽が生えていたりします。これはそのような恐竜が見つかったからというよりは、計算機の処理能力が増大した結果、より現実的なオブジェクトを用いても、動画が作成できるようになったからなのです(恐竜の色に関しては、全く情報がありません。1億年も前の恐竜の色素は残っておらず、結局、現在のトカゲの色を真似て塗っているだけなのです)。
 人体のシミュレーションなどでも、よくみると血流は動的に表されていますが、血管は固定されていたりします。テレビゲームも最近は極めてリアルな3次元表示がなされるようになりましたが、プレーヤーの目が行く部分のみが激しく動いているだけで、醒(さ)めてみれば、不要な部分には経費をかけていないことがすぐ分かります。
 計算機の速度を見せるデモでは、よくマンデルブローのフラクタル図が描か100%可能なことを忘れてはいけません。現実のデンドライトのようなフラクタル形状の物質の成長には、より複雑な相互作用が効いていて、実時間でシミュレーションしながら、結果を表示するような速度はまだ達成されていません。

2.分子動力学法における2つの問題

 原子や分子の動的挙動を、時間を追って見ることができるのが分子動力学法の優れたところです。実験ではとても不可能なフェムト秒での移動の様子が手に取るように分かります。というのが通常の宣伝文句です。さて本当に、そんなに上手くいっているのでしょうか?

 この話には2つの問題点があります。一つは、有限温度や圧力条件下での原子や分子の間の相互作用を完全には取り扱えないため、計算結果が不確実になることです。これは、第一原理計算のレベルを上げる努力により、相当の精度が出せるようになりました。もう一つは、もっと致命的です。それは、原子や分子の動きを精密に追跡するためには、0.1フェムト秒位を単位に計算する必要があります。しかし、化学反応が起こったり、現実的な原子構造変化が起こるには、ナノ秒どころかミリ秒のオーダーの時間経過が必要になります。ということは、1千万から10兆ステップも計算を続けないといけないことになります。如何(いか)にスーパーコンピューターが高速でも、こんなステップ数を実行することは不可能ですし、如何に精密な積分法を採用しても誤差の蓄積で精度が上がりません。

 そのため、時間積分の刻み幅を大きく採ることがなされます。もちろん、計算精度は落ちます。それとも、速度を上げます。これは、クラックの伝搬シミュレーションでおなじみです。どれくらい速いか?実は、想像を絶する速さです。クラックを広げる速さとして、10ナノメートル広げるのに、0.1フェ...

 

♦ 音速超す目に見えない世界を計算

1.シミュレーションと現実

 映画やテレビで見る「きれいで高速に動く」シミュレーション結果は、実はとんでもない長時間をかけて作成されたものです。一コマ、一コマを手作業で描いているアニメーションと同様の過程が必要なのです。また、ニュースなどのオープニングでよく表示される地球が回転しているような図は、単に「視点を変えている」だけなので、見た目よりはずっと少ない計算量で作成可能です。動いて見えるのですが、これは3次元の1枚の絵を作成するだけの話です。人間は簡単に騙(だま)されます。

 初期の恐竜映画では、恐竜の皮膚はつるっとしていました。それが、最近ではふさふさとした毛に覆われていたり、羽が生えていたりします。これはそのような恐竜が見つかったからというよりは、計算機の処理能力が増大した結果、より現実的なオブジェクトを用いても、動画が作成できるようになったからなのです(恐竜の色に関しては、全く情報がありません。1億年も前の恐竜の色素は残っておらず、結局、現在のトカゲの色を真似て塗っているだけなのです)。
 人体のシミュレーションなどでも、よくみると血流は動的に表されていますが、血管は固定されていたりします。テレビゲームも最近は極めてリアルな3次元表示がなされるようになりましたが、プレーヤーの目が行く部分のみが激しく動いているだけで、醒(さ)めてみれば、不要な部分には経費をかけていないことがすぐ分かります。
 計算機の速度を見せるデモでは、よくマンデルブローのフラクタル図が描か100%可能なことを忘れてはいけません。現実のデンドライトのようなフラクタル形状の物質の成長には、より複雑な相互作用が効いていて、実時間でシミュレーションしながら、結果を表示するような速度はまだ達成されていません。

2.分子動力学法における2つの問題

 原子や分子の動的挙動を、時間を追って見ることができるのが分子動力学法の優れたところです。実験ではとても不可能なフェムト秒での移動の様子が手に取るように分かります。というのが通常の宣伝文句です。さて本当に、そんなに上手くいっているのでしょうか?

 この話には2つの問題点があります。一つは、有限温度や圧力条件下での原子や分子の間の相互作用を完全には取り扱えないため、計算結果が不確実になることです。これは、第一原理計算のレベルを上げる努力により、相当の精度が出せるようになりました。もう一つは、もっと致命的です。それは、原子や分子の動きを精密に追跡するためには、0.1フェムト秒位を単位に計算する必要があります。しかし、化学反応が起こったり、現実的な原子構造変化が起こるには、ナノ秒どころかミリ秒のオーダーの時間経過が必要になります。ということは、1千万から10兆ステップも計算を続けないといけないことになります。如何(いか)にスーパーコンピューターが高速でも、こんなステップ数を実行することは不可能ですし、如何に精密な積分法を採用しても誤差の蓄積で精度が上がりません。

 そのため、時間積分の刻み幅を大きく採ることがなされます。もちろん、計算精度は落ちます。それとも、速度を上げます。これは、クラックの伝搬シミュレーションでおなじみです。どれくらい速いか?実は、想像を絶する速さです。クラックを広げる速さとして、10ナノメートル広げるのに、0.1フェムト秒で千ステップかけたシミュレーションをするとしましょう(もっともらしく聞こえますよね?)。しかし、これでは何と1秒で10万メートルという超高速の運動になっているのです。音速をはるかに超えているため、衝撃波が発生します。つまり、この計算は期待するような現実のクラックを広げるシミュレーションにはなっていないのです。

図. クラックの伝搬シミュレーション

 我々は、自分と同じオーダーの世界はすぐに理解できます。しかし、原子や分子のレベルの世界を実感することは困難なため、このような非現実的なシミュレーション計算がまかり通ったりするのです。現場数学では、このような目に見えない世界も取り扱わなくてはなりません。そのためには、より客観的・定量的に物事を考える習慣を身につけなければなりません。

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この記事の著者

川添 良幸

市販の材料設計シミュレーションプログラムでは満足できない御社技術者に、本当に意味のある物理の基本に基づいた設計法を伝授します。我々の計算と実験結果が合わない場合は実験の方に問題があると言えるレベルを達成しています。

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