テーマ提案を強制した上に叱責するのは経営者の仕事ではない~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その24)

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テーマ提案を強制した上に叱責するのは経営者の仕事ではない~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その24)

【目次】

    「この程度では、全然実行出来ないんだよね」と言ったのは、A部長でした。今日の記事の舞台は大手メーカーの研究開発部門です。所属する技術者は百数十人の大所帯。今日はこのA部長を主人公に、テーマ創出に関する経営者の責任感のあり方を見ていきましょう。会議室にはA部長、部下の方々、私がいました。議題はテーマの創出でした。会議冒頭、A社で実施したという「アイデア提案」について、どんなことを実施したのか、その結果はどうだったのか、などを私がお聞きしていました。

     

    A社では、ご多分に漏れず、顧客要望に対応するようなテーマは多数あるものの「これは」と思うようなテーマは全く無く、上層部からは会社の成長を牽引するようなテーマの創出が期待されていたのです。そのため、A部長が行ったのがアイデアを提案させる会議だったそうです。百数十人いる技術者の意欲に期待して、年始の訓示で「アイデアをどんどん提案して欲しい」という趣旨の発言をしたそうです。A部長は配下の研究企画部と共にスケジュールを決めて、その年の秋までに社内からアイデアを募集して、アイデアを提案させる発表の場を設けたのでした。そうして迎えた発表の日ですが、A部長の期待とは裏腹に発表内容が期待に沿うものではなかったそうなのです。

     

    1. どのような提案だったのか?

    アイデアは複数あったということですが、どれもA部長から見れば「期待はずれ」で「この程度では、全然実行出来ない」と評価されていました。私はどのような内容かをお聞きしたのですが、口頭で手短に説明されたものなので、詳しくは分からなかったです。とはいえA部長の部門です。会社内では「A部長の言うことはごもっともなので今後は厳しく社員にテーマ創出を要求しましょう」という話になったということ。そこでコンサルタントの私を呼ぶことになったようなのです。そのため、コンサルタントの私には期待されていました。コンサルですから期待されて当然なのですが、正直言って期待度合いに戸惑うことはあります。この会議でもそれを実感したのです。

     

    どういうことかと言えば、私には「A部長の言うことはごもっとも」には思えなかったのです。社員が発表したテーマというのはA部長の要求に沿うものではなかったようですが、その前に私にはA部長が近視眼的に見えたのです。というのも、前述の通りA部長は提案されたテーマに対して「期待はずれ」だとか「この程度では全然実行出来ない」などと言われていたのですが、一般に責任者が提案者の身を思えばそういうことは言わないように思われました。

     

    A部長はご自身が研究開発責任者です。テーマ創出者のことを思えば楽な立場から批判だけは出来ないはずです。少なからずご自分の責任を感じているべきお立場のように私には思われ、そこにはギャップがあるように思われたのです。部長ならばもっと俯瞰しているべきではないか、と。とはいえ、私は課題解決のために呼ばれたコンサルタントです。真正面からそのことを指摘しても気を悪くされるだけですから、いくらか質問をすることにしました。

     

    「アイデアを発表する人はどうやって決めたのですか?」と私が聞くと「誰も手が上がらなかったので最後は事務局が(強制的に)決めてグループで一つ出してもらうことにした」との答えでした。「発表後に質疑応答があったと思うのですが、誰がどんな質問をしていましたか?」と私が聞くと「あまり質問が出なかったので、私が色々言ってましたね、あまり良いことじゃないように思うが」とA部長。

     

    2. 浮かんだのは憂鬱な社員の顔

    A部長の説明から私の頭に浮かんだことは、テーマ提案者たちは憂鬱だっただろうな、ということでした。アイデア提案とは言っているものの、実際は厳しいA部長が気にいるような提案をしなければならない場だと思われたからです。既存事業から離れたアイデア提案をすれば実現性を問われ、現実的なテーマを提案すれば「面白くない」と言われることが容易に予想できます。

     

    どんな提案をしても批判されるのが予想できる会議って憂鬱です。だれしも決してその犠牲者にはなりたくないもの。万一提案者にでも当てられれば、私なら当たり障りないことを発表して批判される時間をやり過ごします。

     

    そんな場ですから、提案されるアイデアが期待できるものではなかったと思いますし、そもそも場の設定をやり直したほうが良いとさえ思いました。しかし、A部長は自分に非があるとは微塵も思っていないご様子だったのです。

     

    私とA部長の会議の話題はテーマ創出の研修を実施することでした。研修を実施することは出来ますが、このまま開催すれば発表の場で再び犠牲者が出てしまうように思われました。そうなると元の木阿弥。関わっている以上、こうした事態は防ぎたかったのです。

     

    3. 研修の場にて

    後日のことです。私はテーマ創出に関する研修を受託することになったのですが、やはりと言いましょうか、A部長に感じた雰囲気が研修参加者にも感じられました。初回から「あまり既存事業離れた提案は受け入れられない」などの発言が見られたのを皮切りに、斬新なテーマを求めても既存テーマの焼き直し(要するに既存事業範囲内での提案)で対応しようとするなど、萎縮した印象がありました。このため、私は「この研修は既存事業の範囲内ですることではない」と明確に宣言して進めました。また、事あるごとに既存事業の範囲に戻ろうとする受講者を軌道修正しました。

     

    時が経つこと半年。迎えた研修最終日のことです。研修を実施したテーマを発表してもらいました。この日まで色々と工夫してきましたが、私はテーマ発表の場でも以下のルールを設けることにしました。それは「ダメなところを指摘せずに、良いところを褒める」ことです。発表にはA部長だけでなく参加者全員に依頼しました。

     

    私はそれまで準備を進めてきたのでどんなテーマなのか分かっていましたがA部長など参加者は初めて聞くテーマです。どんな反応がなされるのかドキドキしましたが、蓋を開けて見ると非常に活発な意見交換がなされたのです。どういうことかと言えば、管理職がほぼ発言せずに非管理職がテーマ発表者に質問や提案をしたということです。非管理職の手が上がりすぎて管理職を当てる時間がなかったほどでした。

     

    前回は誰も発言せずに自分だけが発言していたというA部長の反応はどうだったかのでしょうか。発表の締めくくりに発言を求めた所、A部長は「こういう提案が欲しかった」言われました。私には、A部長の声のトーンから満足そうなものを感じられました。

     

    研修終了後のことです。研修の実施報告に訪れた私はA部長に研修が成功裏に終わったことをデータでお示ししました。テーマの質にも納得が行っていた様子のA部長は、来年も実施したいという趣旨のことを言われました。

     

    打ち合わせの最後、席を立つタイミングで恥ずかしそうに「始める前は色々と心配してしまっていたようでお恥ずかしいです」とA部長は振り返られました。「完璧なテーマを求めるのは責任者として当然です。仕事への責任...

    テーマ提案を強制した上に叱責するのは経営者の仕事ではない~技術企業の高収益化:実践的な技術戦略の立て方(その24)

    【目次】

      「この程度では、全然実行出来ないんだよね」と言ったのは、A部長でした。今日の記事の舞台は大手メーカーの研究開発部門です。所属する技術者は百数十人の大所帯。今日はこのA部長を主人公に、テーマ創出に関する経営者の責任感のあり方を見ていきましょう。会議室にはA部長、部下の方々、私がいました。議題はテーマの創出でした。会議冒頭、A社で実施したという「アイデア提案」について、どんなことを実施したのか、その結果はどうだったのか、などを私がお聞きしていました。

       

      A社では、ご多分に漏れず、顧客要望に対応するようなテーマは多数あるものの「これは」と思うようなテーマは全く無く、上層部からは会社の成長を牽引するようなテーマの創出が期待されていたのです。そのため、A部長が行ったのがアイデアを提案させる会議だったそうです。百数十人いる技術者の意欲に期待して、年始の訓示で「アイデアをどんどん提案して欲しい」という趣旨の発言をしたそうです。A部長は配下の研究企画部と共にスケジュールを決めて、その年の秋までに社内からアイデアを募集して、アイデアを提案させる発表の場を設けたのでした。そうして迎えた発表の日ですが、A部長の期待とは裏腹に発表内容が期待に沿うものではなかったそうなのです。

       

      1. どのような提案だったのか?

      アイデアは複数あったということですが、どれもA部長から見れば「期待はずれ」で「この程度では、全然実行出来ない」と評価されていました。私はどのような内容かをお聞きしたのですが、口頭で手短に説明されたものなので、詳しくは分からなかったです。とはいえA部長の部門です。会社内では「A部長の言うことはごもっともなので今後は厳しく社員にテーマ創出を要求しましょう」という話になったということ。そこでコンサルタントの私を呼ぶことになったようなのです。そのため、コンサルタントの私には期待されていました。コンサルですから期待されて当然なのですが、正直言って期待度合いに戸惑うことはあります。この会議でもそれを実感したのです。

       

      どういうことかと言えば、私には「A部長の言うことはごもっとも」には思えなかったのです。社員が発表したテーマというのはA部長の要求に沿うものではなかったようですが、その前に私にはA部長が近視眼的に見えたのです。というのも、前述の通りA部長は提案されたテーマに対して「期待はずれ」だとか「この程度では全然実行出来ない」などと言われていたのですが、一般に責任者が提案者の身を思えばそういうことは言わないように思われました。

       

      A部長はご自身が研究開発責任者です。テーマ創出者のことを思えば楽な立場から批判だけは出来ないはずです。少なからずご自分の責任を感じているべきお立場のように私には思われ、そこにはギャップがあるように思われたのです。部長ならばもっと俯瞰しているべきではないか、と。とはいえ、私は課題解決のために呼ばれたコンサルタントです。真正面からそのことを指摘しても気を悪くされるだけですから、いくらか質問をすることにしました。

       

      「アイデアを発表する人はどうやって決めたのですか?」と私が聞くと「誰も手が上がらなかったので最後は事務局が(強制的に)決めてグループで一つ出してもらうことにした」との答えでした。「発表後に質疑応答があったと思うのですが、誰がどんな質問をしていましたか?」と私が聞くと「あまり質問が出なかったので、私が色々言ってましたね、あまり良いことじゃないように思うが」とA部長。

       

      2. 浮かんだのは憂鬱な社員の顔

      A部長の説明から私の頭に浮かんだことは、テーマ提案者たちは憂鬱だっただろうな、ということでした。アイデア提案とは言っているものの、実際は厳しいA部長が気にいるような提案をしなければならない場だと思われたからです。既存事業から離れたアイデア提案をすれば実現性を問われ、現実的なテーマを提案すれば「面白くない」と言われることが容易に予想できます。

       

      どんな提案をしても批判されるのが予想できる会議って憂鬱です。だれしも決してその犠牲者にはなりたくないもの。万一提案者にでも当てられれば、私なら当たり障りないことを発表して批判される時間をやり過ごします。

       

      そんな場ですから、提案されるアイデアが期待できるものではなかったと思いますし、そもそも場の設定をやり直したほうが良いとさえ思いました。しかし、A部長は自分に非があるとは微塵も思っていないご様子だったのです。

       

      私とA部長の会議の話題はテーマ創出の研修を実施することでした。研修を実施することは出来ますが、このまま開催すれば発表の場で再び犠牲者が出てしまうように思われました。そうなると元の木阿弥。関わっている以上、こうした事態は防ぎたかったのです。

       

      3. 研修の場にて

      後日のことです。私はテーマ創出に関する研修を受託することになったのですが、やはりと言いましょうか、A部長に感じた雰囲気が研修参加者にも感じられました。初回から「あまり既存事業離れた提案は受け入れられない」などの発言が見られたのを皮切りに、斬新なテーマを求めても既存テーマの焼き直し(要するに既存事業範囲内での提案)で対応しようとするなど、萎縮した印象がありました。このため、私は「この研修は既存事業の範囲内ですることではない」と明確に宣言して進めました。また、事あるごとに既存事業の範囲に戻ろうとする受講者を軌道修正しました。

       

      時が経つこと半年。迎えた研修最終日のことです。研修を実施したテーマを発表してもらいました。この日まで色々と工夫してきましたが、私はテーマ発表の場でも以下のルールを設けることにしました。それは「ダメなところを指摘せずに、良いところを褒める」ことです。発表にはA部長だけでなく参加者全員に依頼しました。

       

      私はそれまで準備を進めてきたのでどんなテーマなのか分かっていましたがA部長など参加者は初めて聞くテーマです。どんな反応がなされるのかドキドキしましたが、蓋を開けて見ると非常に活発な意見交換がなされたのです。どういうことかと言えば、管理職がほぼ発言せずに非管理職がテーマ発表者に質問や提案をしたということです。非管理職の手が上がりすぎて管理職を当てる時間がなかったほどでした。

       

      前回は誰も発言せずに自分だけが発言していたというA部長の反応はどうだったかのでしょうか。発表の締めくくりに発言を求めた所、A部長は「こういう提案が欲しかった」言われました。私には、A部長の声のトーンから満足そうなものを感じられました。

       

      研修終了後のことです。研修の実施報告に訪れた私はA部長に研修が成功裏に終わったことをデータでお示ししました。テーマの質にも納得が行っていた様子のA部長は、来年も実施したいという趣旨のことを言われました。

       

      打ち合わせの最後、席を立つタイミングで恥ずかしそうに「始める前は色々と心配してしまっていたようでお恥ずかしいです」とA部長は振り返られました。「完璧なテーマを求めるのは責任者として当然です。仕事への責任感だと思いますよ。」と私は応じ、A部長と私はひと仕事終えたのでした。

       

      A部長の様に責任感の強さが故に心配してしまうことはあると思います。責任感が強いことは悪いことではないのですが、それが先走ってしまうのは必ずしも良いことではないな、と感じました。こう書いている私にも、責任感が心配に転化して言動に出てしまうことはあるように思われます(自分のことは自覚しづらいものですよね)。人間ってこういうものですが、そうならないように修行は続けたいものです。

       

      さて、この経験から読者の方にお伝えしたいのは、テーマ提案を強制した上に叱責するのは経営者の仕事ではないということです。むしろ、テーマ提案者の立場に立って、テーマ提案をできる環境を作ることの方が結果には近づけます。

       

      とはいえ、責任感が強いひとの方が心配のあまりに先走ってしまうことはよくあること。目的に対して間違った手段を取らないように、前のめりにならず、いつも俯瞰的にものを見るようにしたいものですね。あなたの会社では、どのような状況でしょうか?先走ったりせずに俯瞰的に見て、結果がでるようにしていますか?

       

      次回に続きます。

      【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

       

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      この記事の著者

      中村 大介

      若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

      若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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