知財が大切は、まことしやかな嘘

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知的財産

 皆さんの会社では「知財は大切」と言われていますか? この質問に、おそらく多くの人が「はい」と答えると思います。では、あなたの会社の利益率は高いですか? この質問に対しては「はい」と答えられる人は案外少ないのではないでしょうか。

 特許を多数出願しているのに、利益率が低い会社や長年その状態を続けている会社は実はたくさんあります。統計的な情報があるわけではないのですが、私が多くの企業を見てきた中でそうした企業は大企業に多い気がします。特許庁が調査したデータをひも解くと、大企業では保有特許のうち使用している特許の割合は約35%です。逆に言えば、特許を取得しても6割強は使用されていないのです。この事実は「知財は大切」という、いわば常識にどこか間違った部分があるのではないか、という疑問を投げ掛けています。

 私は、会社は高収益化していくべきだと考えていますが、知財を取得しても高収益になることはありません。そして「知財は大切」という常識は「嘘」よりは「まことしやかな嘘」といった方が正確であるように感じています。

 「まことしやかな嘘」は私たちをよく惑わします。しかし、思い返してみてください。世間では常識だと思われていることが実は、成果を生み出すために役に立っていなかったり、生産性を悪くしたりしていることを。例えばスマホは今や常識的なデバイスですが、使い方次第でダラダラと無駄な時間を過ごすことを助長するツールとなっていますよね。私たちはそろそろ、こうした事実に気付く必要があるのです。

 皆さんの会社では「知財は大切」だから「発明の掘り起こし」をしている、という実態はありませんか? はたまた「知財は大切」だから「出願目標◯◯件」を達成する、などと考えたりしていませんか? この二つの症状別に「まことしやかな嘘」が蔓延(まんえん)している会社の事例を見ていきましょう。

1、「掘り起こし」ではタイミングが遅い

 症状1は「知財は大切」だから「発明の掘り起こし」をしている、というケース。これは「まことしやかな嘘」にはまっている典型といえます。

 「発明の掘り起こし」とは、設計終了時に開発部と知財部が共同で行う「何か出願可能なものはないか」という発見活動です。実施されるタイミングは、何回か設けられているDR(デザインレビュー)後半の販売開始前のタイミングです。

 なぜ「掘り起こし」という表現が使われるのかといえば、掘り起こされる側の開発者に発明の意図がないからです。一方、知財部は最初は「何が発明か」分からないため、質問によって「掘り起こす」というわけです。具体的には、知財部が開発者に対して「何が苦労したのか」「新しいポイントは何か」という質問を投げ掛け、開発者がそれに答える中で出てきた新しいポイントについて出願を検討します。

 この症状には、問題が二つあります。

 一つはタイミングが遅いこと。発明の掘り起こしが設計終了時に行われるとすれば、出願のタイミングはそれよりももっと後になります。競合メーカーがあれば当然、似たような意図で開発している可能性があります。そのためタイミングが遅くなればなるほど、出願した内容が競合メーカーによって拒絶されることが多くなります。

 もう一つの問題は、意図しない開示情報が増えてしまうことです。当然のことですが、設計完了時には設計図面が豊富にあります。するとつい、特許もそれを流用して出願してしまいます。ところが、そこには出願対象以外の情報もたくさん盛り込まれています。こうして開示情報が増えることは必ずしも悪いことではないのですが、自分の出願を引用されて将来の出願を拒絶されるリスクが生じることになります。

2、数値目標は登録される確率を低くする

 続いて、症状2は「知財は大切」だから「出願目標◯◯件」を達成するとしているケースです。前述の症状1とも近い部分があるのですが、このような組織では大抵、開発終了段階になって開発者が慌てて知財を考えています。

 件数目標のある会社では大抵の場合、知財部門が主導して研究開発部門に目標を決めさせています。一方で研究開発現場には知財力が乏しく、数値目標が一人歩きしてしまう場合が多いと感じています。

 この症状には、問題が三つあります。

 一つ目は、先行技術の発見が緩くなることです。先行技術を発見することを怠ったり、発見したとしてもそれを無視した出願が行われたりといったことが頻発します。結果、登録される確率が低くなります。

 二つ目は、開発者の意識が向上しないこと。特許は「書かされるもの」になっていて、主体性を発揮できないのです。「やらされる」仕事ほど、つまらないものはありませんよね。

 そして三つ目の問題は、特許を取得しても回避容易になってしまうことです。とりあえず件数目標を達成するだけの出願が多ければ、当然の結果といえるでしょう。

 以上見てきた二つの症状はいずれも「知財は大切」と明言している会社の実例です。そうした会社では、知財の出願件数は他社よりも多く、発明の掘り起こしもされており、外から見る限りは何も問題がなさそうに見えます。ところが、会社の中では「うまく行っていない」と感じていて、事実、収益に結びついていません。「知財は大切」という常識が「まことしやかな嘘」である所以です。

3、知財はテーマの可能性を判断する材料

 では「知財は大切」の真意はどこにあるのでしょうか。

 答えは「知財が取れる研究開発テーマを考案することが大切」ということです。症例1や2のように、知財を後から考えるようでは良い知財は取れません。良い知財というのは、企画する時には既に決まっているからです。

 一方で、知財が一人歩きしてしまうのも避けなければなりません。結局、顧客の役に立つ技術を開発しなければ、お金にならないからです。つまり、研究開発テーマを考え選ぶときには「顧客価値と知財の両立」という視点を忘れてはなりません。高収益に繋がるのは新しい顧客価値を生み、かつ知財が取れる研究開発テーマに他ならないのです。

 研究開発テーマは顧客価値と技術を結びつけることによって生み出されますが、顧客価値を実現できる技術を見つけたら即座にそのテーマでどの程度の知財が取れるかを調査します。つまり、知財はテーマの可能性を判断する材料として使われるべきなのです。

 商品開発の段階においては、競合関係を十分に考慮して相手が痛いと思うような知財を取ることも必要ですが、そのためには事後ではなく事前に知財を調査しておく必要があるのです。その上で、そのような風土をつくることが重要になります。

 私は、新しいテーマを考案するには「研究開発者のやりたいことをやらせる」のが一番だと思っています。「やりたいこと」は、顧客価値や技術の情報があればどんどん出てきます。その中から、知財が取れそうなものだけを研究テーマとして採択すれば良いのです。もちろん、全ての開発においてその通りにはいかないでしょう。しかし、少なくとも重点的に開発する部分を決める際には、知財を重点的に調査した上で決定することが何より大切なので...

知的財産

 皆さんの会社では「知財は大切」と言われていますか? この質問に、おそらく多くの人が「はい」と答えると思います。では、あなたの会社の利益率は高いですか? この質問に対しては「はい」と答えられる人は案外少ないのではないでしょうか。

 特許を多数出願しているのに、利益率が低い会社や長年その状態を続けている会社は実はたくさんあります。統計的な情報があるわけではないのですが、私が多くの企業を見てきた中でそうした企業は大企業に多い気がします。特許庁が調査したデータをひも解くと、大企業では保有特許のうち使用している特許の割合は約35%です。逆に言えば、特許を取得しても6割強は使用されていないのです。この事実は「知財は大切」という、いわば常識にどこか間違った部分があるのではないか、という疑問を投げ掛けています。

 私は、会社は高収益化していくべきだと考えていますが、知財を取得しても高収益になることはありません。そして「知財は大切」という常識は「嘘」よりは「まことしやかな嘘」といった方が正確であるように感じています。

 「まことしやかな嘘」は私たちをよく惑わします。しかし、思い返してみてください。世間では常識だと思われていることが実は、成果を生み出すために役に立っていなかったり、生産性を悪くしたりしていることを。例えばスマホは今や常識的なデバイスですが、使い方次第でダラダラと無駄な時間を過ごすことを助長するツールとなっていますよね。私たちはそろそろ、こうした事実に気付く必要があるのです。

 皆さんの会社では「知財は大切」だから「発明の掘り起こし」をしている、という実態はありませんか? はたまた「知財は大切」だから「出願目標◯◯件」を達成する、などと考えたりしていませんか? この二つの症状別に「まことしやかな嘘」が蔓延(まんえん)している会社の事例を見ていきましょう。

1、「掘り起こし」ではタイミングが遅い

 症状1は「知財は大切」だから「発明の掘り起こし」をしている、というケース。これは「まことしやかな嘘」にはまっている典型といえます。

 「発明の掘り起こし」とは、設計終了時に開発部と知財部が共同で行う「何か出願可能なものはないか」という発見活動です。実施されるタイミングは、何回か設けられているDR(デザインレビュー)後半の販売開始前のタイミングです。

 なぜ「掘り起こし」という表現が使われるのかといえば、掘り起こされる側の開発者に発明の意図がないからです。一方、知財部は最初は「何が発明か」分からないため、質問によって「掘り起こす」というわけです。具体的には、知財部が開発者に対して「何が苦労したのか」「新しいポイントは何か」という質問を投げ掛け、開発者がそれに答える中で出てきた新しいポイントについて出願を検討します。

 この症状には、問題が二つあります。

 一つはタイミングが遅いこと。発明の掘り起こしが設計終了時に行われるとすれば、出願のタイミングはそれよりももっと後になります。競合メーカーがあれば当然、似たような意図で開発している可能性があります。そのためタイミングが遅くなればなるほど、出願した内容が競合メーカーによって拒絶されることが多くなります。

 もう一つの問題は、意図しない開示情報が増えてしまうことです。当然のことですが、設計完了時には設計図面が豊富にあります。するとつい、特許もそれを流用して出願してしまいます。ところが、そこには出願対象以外の情報もたくさん盛り込まれています。こうして開示情報が増えることは必ずしも悪いことではないのですが、自分の出願を引用されて将来の出願を拒絶されるリスクが生じることになります。

2、数値目標は登録される確率を低くする

 続いて、症状2は「知財は大切」だから「出願目標◯◯件」を達成するとしているケースです。前述の症状1とも近い部分があるのですが、このような組織では大抵、開発終了段階になって開発者が慌てて知財を考えています。

 件数目標のある会社では大抵の場合、知財部門が主導して研究開発部門に目標を決めさせています。一方で研究開発現場には知財力が乏しく、数値目標が一人歩きしてしまう場合が多いと感じています。

 この症状には、問題が三つあります。

 一つ目は、先行技術の発見が緩くなることです。先行技術を発見することを怠ったり、発見したとしてもそれを無視した出願が行われたりといったことが頻発します。結果、登録される確率が低くなります。

 二つ目は、開発者の意識が向上しないこと。特許は「書かされるもの」になっていて、主体性を発揮できないのです。「やらされる」仕事ほど、つまらないものはありませんよね。

 そして三つ目の問題は、特許を取得しても回避容易になってしまうことです。とりあえず件数目標を達成するだけの出願が多ければ、当然の結果といえるでしょう。

 以上見てきた二つの症状はいずれも「知財は大切」と明言している会社の実例です。そうした会社では、知財の出願件数は他社よりも多く、発明の掘り起こしもされており、外から見る限りは何も問題がなさそうに見えます。ところが、会社の中では「うまく行っていない」と感じていて、事実、収益に結びついていません。「知財は大切」という常識が「まことしやかな嘘」である所以です。

3、知財はテーマの可能性を判断する材料

 では「知財は大切」の真意はどこにあるのでしょうか。

 答えは「知財が取れる研究開発テーマを考案することが大切」ということです。症例1や2のように、知財を後から考えるようでは良い知財は取れません。良い知財というのは、企画する時には既に決まっているからです。

 一方で、知財が一人歩きしてしまうのも避けなければなりません。結局、顧客の役に立つ技術を開発しなければ、お金にならないからです。つまり、研究開発テーマを考え選ぶときには「顧客価値と知財の両立」という視点を忘れてはなりません。高収益に繋がるのは新しい顧客価値を生み、かつ知財が取れる研究開発テーマに他ならないのです。

 研究開発テーマは顧客価値と技術を結びつけることによって生み出されますが、顧客価値を実現できる技術を見つけたら即座にそのテーマでどの程度の知財が取れるかを調査します。つまり、知財はテーマの可能性を判断する材料として使われるべきなのです。

 商品開発の段階においては、競合関係を十分に考慮して相手が痛いと思うような知財を取ることも必要ですが、そのためには事後ではなく事前に知財を調査しておく必要があるのです。その上で、そのような風土をつくることが重要になります。

 私は、新しいテーマを考案するには「研究開発者のやりたいことをやらせる」のが一番だと思っています。「やりたいこと」は、顧客価値や技術の情報があればどんどん出てきます。その中から、知財が取れそうなものだけを研究テーマとして採択すれば良いのです。もちろん、全ての開発においてその通りにはいかないでしょう。しかし、少なくとも重点的に開発する部分を決める際には、知財を重点的に調査した上で決定することが何より大切なのです。

4、自由にやりたいことをやらせよう

 「やりたいことをやらせると、当社では本当にダメなテーマが出てくる」という会社があります。そういう会社のほとんどは、人材教育を怠っています。

 「今時の若い者は…」という表現は、どんな時代でも上司世代のボヤキとして一般的です。しかし、ここではっきり言っておきたいことがあります。現在の若手も昔と変わらず優秀です。教育のカタチが「背中を見せる」から「形式知にして伝達する」に変わっただけなのです。

 若手に必要な教育をした上で、自由にやりたいことをやらせれば、自然に良い研究開発テーマが出てきます。自由にやりたいことをやらせれば、秩序がなくなるように思いますが、研究開発ではカオスを追求するべきと考えます。逆に、カオスを追求することで、研究開発者はやりたいことができるようになるからです。今の会社は秩序ばかりを優先し、カオスがないところがほとんどになっています。 

 こう言うと、カオス礼賛主義者と思われそうですが(笑)、そう思われても構いません。むしろ、企業がせっかく有望な若手研究者を採用しても、彼(女)の才能を十分に活用できないことの方を懸念します。

 優秀な研究開発者は、知財もきちんとマスターします。ですから、知財の教え方を誤らないことが重要です。研究開発者の知財能力を向上させることは、良い研究開発テーマを考案するための重要な方法です。知財の強さは、知財部門の強固さよりも研究開発者一人ひとりの知財力に強く依存するからです。繰り返しますが「知財は大切」は「まことしやかな嘘」。正しくは「知財が取れる研究開発テーマを考案することが大切」です。

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

 

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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