ミッションに「ビールに味を!人生に幸せを!」を掲げ、画一的な味しかなかった日本のビール市場に、バラエティーを提供し続け、新たなビール文化を創出することを目指している株式会社ヤッホーブルーイング(代表取締役社長 井手直行氏)。クラフトビールの製造・販売以外にも環境保全をはじめ、ユニークな職場環境づくりや地域貢献活動などを積極的に進めています。同社の取り組みを紹介します。
ビールファンにささやかな幸せ届けたい
同社の創業は1997年。株式会社星野リゾート代表取締役社長の星野佳路氏がアメリカ留学の際、日本で主流となっているラガービールにはない、エールビールの豊かな香りと様々な味わいに衝撃を受けたことを機に、日本にも広めようと、1996年にヤッホーブルーイングを設立。翌年に看板商品の「よなよなエール」が誕生しました。以降、ビールを中心としたエンターテインメント事業を柱に「ただ、ビールをつくるだけではなく、ビールファンにささやかな幸せを届けたい」との思いを込め、製品開発に力を入れるほか、ファンとの繋がりを重視した交流イベントも開くなど、ビール会社の枠を越えた活動を行っています。
【写真説明】株式会社ヤッホーブルーイング従業員のみなさん(同社提供)
テーマは「環境の保全と共生」
「環境の保全と共生」は、星野リゾート創業時から大きなテーマだったことから、そのDNAはヤッホーにも引き継がれています。SDGs活動において、同社の森田正文さんは「これまで続けてきた、おいしいビールの提供をはじめ、本社や醸造所の周辺地域に貢献したいと始めた様々な活動が、振り返ってみるとSDGsに当てはまっていた」と話します。
・環境への配慮からアルミ缶採用にこだわる
同社では、運搬効率の高さや家庭でも気軽に扱えるといった点から、アルミ缶を採用しています。アルミ缶はリサイクル率が約94%[1]、水平リサイクル率も約71%と高いことも導入理由の一つです。また昨年、瓶製品の販売を終了したことで、アルミ缶に充填された全製品が日本中に届けられています。
創業当初から瓶の輸送コストの高さや耐久性に疑問を持ち、頑(かたく)なに、缶にこだわり、問い続けた結果、今ではその取り組みも評価され、世間にも同社の考えが浸透していますが、発売当初は「瓶ビールの方が、高級感がある」、「ビールはサーバーで味わうもの」といったイメージが強かったため、安っぽいとの批判も。ブランドとしても様々な葛藤があったそうで「今でこそ、缶もファッショナブルに受け入れられているが、我々の缶ビールが当時高級感を追求していた他の瓶入り地ビールと勝負することは、ある意味大きな挑戦だった」と振り返ります。
【写真説明】パッケージルーム(佐久醸造所)を流れる同社の看板商品「よなよなエール」(同社提供)
【写真説明】佐久醸造所(左)と御代田醸造所(同社提供)
・賞味期限延長でフードロスの削減に貢献
ビール製造で熟成以降の工程において、ppb[2]単位の非常にわずかな酸素が溶け込むことでも劣化が始まり、香りや味を損なう原因となります。同社では酸素濃度を測る機械の導入や酸素を追い出す方法について検討するなど約10年の歳月をかけて取り組んだ結果、5ケ月だった賞味期限を9ヶ月に、長い製品で1年にまで延長することに成功。現在も、より新鮮なビールを長く保つための試行錯誤は続いています。
・廃棄間近のビールをアップサイクル
新型コロナウィルス拡大に伴う緊急事態宣言が出され、飲食店への休業や酒類販売禁止の要請の影響から、樽詰めが完了したビール約12,000リットルが行き場を失いました。
賞味期限切れが近づく中、かつてから親交のあった戸塚酒造株式会社[3](佐久市)の協力を得て、ビールを蒸留。新たにクラフトジンとして生まれ変わらせることに成功しています。その後は試し蒸留や既存のジンの試飲など行い、比較検討を重ねた結果、クラフトスピリッツ「未来ヅクリ2020」の販売に漕ぎ着けました。「大量のビールが残り、お先真っ暗だった」と話す森田さん。廃棄になるはずだったビールを救おうと社内から有志メンバーが集まり奮闘。ビールを酒蔵の桶に移し替えるため4、5人が交代で1週間ほど作業に当たったといいます。
「ビールが救えただけでなく、資金もセーブできるなど、面白い取り組みだった」と振り返る森田さんですが、プロジェクトメンバーの「儲けに還元するより、コロナ禍で困っている人への支援やフードロス削減に対する取り組みは今後も大事」との意見をきっかけに、認定NPO法人フードバンク信州に売上の一部を寄付しています。
【写真説明】廃棄寸前のビールから生まれ変わったクラフトジン「未来ヅクリ2020」(左)。売上の一部は認定NPO法人フードバンク信州に寄付された(同社提供)
・自前の排水処理施設を設けた環境保護への取り組み
また、ビール製造時に発生する麦芽粕や液体肥料はすべて地元農家に提供されているほか、排水においては、自社施設で徹底した排水処理が行われた後、河川に放流されています。ビール製造時に発生する排水はビールの約15~20倍。「小規模メーカーでも、麦芽粕の提供を行っているケースは多いが、自社で排水処理施設を設け、水質基準を満たした状態で放流する取り組みを行っているところは少ない。わが社の強みの一つです」と話します。
【写真説明】自社排水処理施設(左)。地元農家に肥料として提供される麦芽粕(中央)と運搬の様子(同社提供)
・給食無償化に一役
御代田醸造所のある長野県御代田町では2021年度から、小中学校の給食無償化を実施しているほか、食育の一環として地元シェフ監修の地場食材を使ったフランス料理やイタリア料理の給食を提供しています。同社や同町役場によると、これら事例は、ふるさと納税の税収で賄われていますが、同社の「よなよなエール」や「インドの青鬼」といったビールもふるさと納税サイトに登録され、子どもたちの食育に一役買っています。
・「ホワイト物流」推進運動に賛同、リードタイム延長に注力
トラック運転手の人手不足や配送の遅延が懸念されている2024年問題ですが、全国のスーパーやコンビニエンスストアなどにビールを届けていることから、2020年「ホワイト物流」推進運動[4]に自主行動宣言を提出。リードタイムの延長に力を入れています。これまで、翌日配送契約を結んでいた納品先は2021年には461ヵ所でしたが、2023年には91ヵ所に減少しました。これにより、運送会社の余力が増え、突発的な出荷量の増加にも対応が可能になったほか、配送遅延も減少するといったメリットが生まれています。
コミュニケーション活性化に「雑談朝礼」と「ニックネーム制」導入
同社はGreat Place to Work® Institute Japan主催の2023年版「働きがいのある会社」でベスト100に選ばれ、中小規模部門(従業員規模100~999人)では4位に、さらに7年連続でベストカンパニーにも選出されていることから、これまでの経験を基に地元役場や大学など各地で「働きがい」をテーマとした講演を実施。「地元の人達がいきいきと働いてもらえるヒントになれば」と積極的に活動しています。
そんな同社も20年ほど前までは「働きがい」に対する関心は薄かったそうですが、今では「相互理解を深めよう」といった考えを重視した「雑談朝礼」を取り入れ、社内コミュニケーションの活性化を図っています。当初は「朝礼に雑談を取り入れて、業績が上がるのだろうか」といった意見も多かったといいますが、粘り強く続けた結果、今では業務においても、互いに意見を言いやすい職場環境がつくられました。
・年齢や役職の垣根を越えた「ニックネーム制」
また、役職序列をなくしたフラットな関係を目指し「ニックネーム制」を導入。ニックネームで呼び合うことで従業員同士に親しみが生まれ「さん付け」より、意見が言いやすいだけでなく、心理的距離も縮まりました。例えば、井手社長のニックネームは「てんちょ」、森田さんは「モーリー」など様々ですが、年齢や役職といった垣根が取り払われ、雑談朝礼同様、コミュニケーション量も増えたことで、生産性の向上につながっています。また、イベントに訪れたファンもニックネームで呼び合うことで、社員とお客様の垣根を越えたより密なコミュニケーションが可能となりました。
このほか「よなよなエール」で乾杯し、新入社員を迎えるユニークな入社式も同社の欠かせない恒例行事の一つで、今年は5人の新卒が入社しています。これら取り組みの積み重ねがうまく回ることで、働きがいのある職場環境の構築や会社の成長に繋がっているのではないでしょうか。
「ささやかな幸せを」、ファンミーティングにも注力
同社では、ビールファンとの親睦を深めようと、2010年から交流イベントを開いています。開始当初は40人程度だった規模も、今では最大5000人にまで拡大。今年は5年振りに北軽井沢のキャンプ場「北軽井沢スウィートグラス」を貸し切り「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)2024in新緑の北軽井沢」と銘打った集いが開かれ、ビールファン約1000人が集まり、イベントを楽しみました。「昨今、生きづらさを感じたり、寛容さが失われつつあるといったニュースを目にして、悲しい気持ちになるが、我々の事業でそのような雰囲気を少しでも軽くしたい。ビールは心を豊かにするツールの一つだと考えている。また、ビールを通じた仲間づくりを楽しみにしているお客様も多い。企業思想の根底にある“ささやかな幸せを”との思いを胸に、積極的にイベントを開いている」と話します。
【写真説明】青空の下、多くのビールファンでにぎわった「よなよなエールの超宴2024in新緑の北軽井沢」。写真右中央は井手社長(同社提供)
・「働きがいのある会社」求め、全国から求職者集まる
全従業員のうち県外出身者が85%と多いことから、本社や御代田醸造所に愛着を持ってもらい、地元を盛り上げようと、地域のおすすめスポットを撮影した写真コンテストを実施。参加した従業員の9割が「地元への愛着が高まった」といいます。また、佐久や御代田醸造所周辺で行ったごみ拾いでは、約8割が「活動を通じて、地元貢献に対する意識が高まった」と回答するなど、社内外で社会貢献や連携の輪を広げています。
これまで、働きがいを追求した取り組みをはじめ、イベントや地域貢献活動を続けてきたことで、同社の姿勢に共感する人々の数も増えています。同社従業員で“県外出身者が85%”(全従業員225人)を占めていることも、同社人気の高さを伺うことができますが、森田さんも「田舎の中小企業に全国から就職希望者が集まって来てくれる。SDGsと銘打って活動してきた訳ではないが、社会的に『世の中を良くしていこう』、『働きがいのある会社で働きたい』といった風潮の中、皆の心に響いたのではないか。正直、ここまで集まって来ることは予測しておらず、反響の大きさを実感した」と話しています。
国産原材料で日本オリジナルのビールを
今後について「『日本にクラフトビールを広めていく』の使命の下、これまで通り製造や運搬に関わる部分などは環境差の低い選択を選び、地域貢献や従業員の働きがい向上に向けた活動についても、一つずつ真摯に取り組んでいきたい。また、数年前から進めているが、軽井沢で採れた小麦やホップといった、国産原材料の使用比率を高め、日本オリジナルのビールをつくりたい。『地元の材料を地元で加工して地元で飲む』という一つのカルチャーを作り上げていくことは、ものづくりに携わる者としてとても興味がある」と今後を見据え、一歩ずつ歩んでいます。
【写真説明】半年以上の熟成を経て完成。このほど新発売された限定品「眠れるしし2024」2本セット(3,520円、税込・同社提供)。
記事:産業革新研究所 編集部 深澤茂
【用語解説】
[1]アルミ缶リサイクル率:アルミ缶リサイクル協会「2022年度リサイクル率」より引用。
[2]ppb: (parts per billion:パーツ・パー・ビリオン)。10億分のいくらかを示す数値。
[3]戸塚酒造株式会社:日本酒「寒竹」の製造をメインに、蒸留酒の製造も手掛ける老舗酒造。
[4] 「ホワイト物流」推進運動:トラック輸送の生産性向上・物流の効率化や「より働きやすい労働環境(より「ホワイト」な労働環境)」の実現を目指す運動(国土交通省同サイトより引用)
【会社概要】
名称:株式会社ヤッホーブルーイング
所在地:長野県軽井沢町
HP:https://yohobrewing.com/