DXの実現のカギは “パーパスを起点としたイノベーション”
京都先端科学大学教授兼一橋大学ビジネススクール客員教授 名和 高司氏
パーパスはまだ手の届かないワンランク上のところに設ける
私は、これまでの資本主義(Capitalism)から、志を軸とした主義「Purposism(志本主義)」を日本から世界に発信していく「パーパス経営」を推奨しているが、その中で従来のSDGs(持続可能な開発目標)から、2050年を見据えた「新SDGs」という新たな目標を各企業に考えてほしいと伝えている。Sは従来通りの「Sustainability」で、Dを「Digital」、Gを「Global」に置き換えたもので、サスティナビリティのSXとデジタルのDXは一緒に進めないと意味がないと考えている。世の中に、デジタルツールやデジタルの専門家は多く存在しているが、デジタルでいかにX(トランスフォーメーション)させていくのかが最も重要だ。
その方法について、図で紹介しているが「Massive Transformative Purposes:MTP・野心的な革新目標」がないとDXは始まらないと考えている。この中で、パーパスが非常に重要で、まだ手の届かないワンランク上の高い目標を設け、それを言語化し、DXを始動させることが重要だ。理由は、高い目標を掲げなければ、デジタルを使わなくても実現可能なためで、今の状態で10倍のことが実現できるように設定しておくと、おのずとデジタルを使わざるを得なくなることがポイントとなる。
デジタルは3つのウエーブで達成していく必要がある。「DX1.0」は自社でデジタルを使い倒す。「DX 2.0」のエコシステム改革はデジタルを使い、自社だけでなく顧客やサプライヤーと繋がる。「DX 3.0」は、サブスクリプションやサーキュラーモデルといった収益モデルの変革を指しており、三段階に分けた階段を次々と登り、実現(10倍の状態)を目指すといった一連の動きがDXの姿となる。ただ、最下部にある4つ目のX(Transformation)マネジメントは今現在、現金を稼いでいる既存のビジネスを変えていかなければならない覚悟が必要となるため、一番難しい。
「DX1.0」 創発型組織への進化
デジタルツールは数多存在するので、デジタルを使い倒すというより、まずはどのような組織に変わるかの方が重要だ。横軸(スケール・スコープの経済)の拡大は大企業化を表している。「企業の寿命は30年」と言われる中、拡大が続くと元気が無くなるため、もう一方の縦軸(スキル・スピードの経済)を上げていくことが必要となる。これは京セラなどが実践し、見事に成功したもう一つの姿を表している。ただ、このままでは中小企業の集まりで終わってしまい、世界で通用しにくくなるため、次の手を考えることが必要となってくる。
そこで、これから大きなイノベーションを起こすための道筋としてDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)ではなく、DACO(創発型:Decentralized, Autonomous but Connected Organization)組織への変革が必要となる。パーパスをしっかりと掲げ、社内外の人たちと次々に連結することで、双方がウィン・ウィンの関係を作ることができる。現在、グーグルなどがこの形態に近いといわれている。
進化するための条件として、いくつかあるが、その一つに「Innovation@Edes(イノベーション・アット・エッジ)」という言葉がある。ここでのエッジは「現場」を指しており、つまり、イノベーションは本社ではなく、変化を最初に察知するエッジからしか起こらないということだ。そこで、本社の役割としては、変化を察知したらそれを繋ぎ合わせ、投資を行うことが大切。そして一連の動きのリズムが出来上がるとDACO組織が作られていく。また、現場は本社から言われたことだけを進めるのではなく、組織に部外者や新人など様々な属性を持った人たちを集める「ダイバーシティ&インクルージョン」が必要になる。まだ国内ではダイバーシティの方が多く叫ばれているが、同質的な人ばかり集めても何も起こらず、DAOと変わらなくなってしまう。インクルージョンができていない企業は、自身の働きを10倍化できないため、優秀な人材も集まらない。
私は「たくみ(クリエイティビティ)」から「しくみ(ルーティーン)」への変化を、という言葉を使っているが、日本企業はどうしても仕組み化が苦手で匠の力に逃げてしまっている現状がある。匠は人間が作り出す技を指しているが、これだけでは規模が大きくならない。そこで、規模を拡大していくためには標準化が必要となる。ただ、標準化しただけではだめで「現場で新しいことを実践し、仕組みに落とす」作業を繰り返す「クリエイティブルーティーン」が必要となる。これを繰り返すことで、ルーティーンが進化を続ける状態となり、イノベーションを起こす仕掛けともなる。私はこの仕掛けのことを「引き込み現象」と呼んでいるが、みなが同じ方向を向き、力を合わせるようになる現象を意味しており、この引き込みをいかに作るかが大事な課題となる。
「DX2.0」競争、共創、協層、3つの層が重要
資産の持ち方を変えなければいけないという考え方で、一番大事なのは競争に必要な強みや専門性といった無形資産(スキルの経済)となる。共層(スケールの経済)の部分は、デジタルを使い、同業他社などを繋ぐことで解決する。イノベーションのカギとなる「協創」(範囲の経済)は、自社と他社の強みを掛け合わせるコラボレーションだが、世界的に成功している企業もユニクロと東レしかない。理由はどの企業も強みや専門性を持っているが、他社と共有することができていないからだ。無形資産は使えば使うほど、価値が上がるのに、シェアできない状況になってしまっている。また、他社と共有することで相手が脅威となることを恐れ、先に進まないことから、いつまで経っても一流同士のコラボレーションが生まれないため「競争」と「共創」、「協層」、この3つのレイヤー(層)の進め方が大きな課題となっている。
日本企業は自前主義なため、1番目のレイヤーだけを使うべきであって、2番目と3番目のレイヤーは、外部を使い10倍化を進めることができる。ユニクロや東レも、お互いを信頼して切磋琢磨を続けた結果、成功に繋がっている。
「DX3.0」収益モデルの改革
難しいのはこれまでの直線的な成長ではなく、10倍速で指数関数的な成長をするモデルとなる点。米・シリコンバレーのシンギュラリティ大学で「10の法則」というものを教えているが、まずはMTPを設けることが大前提となる。これら10項目は「IDEAS SCALE」という仕組みからなっている。図左(IDEAS)の「Interface」は組織のInterfaceが明確になっているか。つまり、外部の人間がすんなりと入っていけるInterfaceになっているかどうかを指す。「Dashboard」はKPIで、素人が見ても分かるくらい、絞り込んだKPIになっていることが望ましい。「experimentation」は実験を奨励する。「Autonomy」は自立して主体的な行動を取る。「Social」はSNSを使い倒すことを指しており、この5つが外の人を使うために必要な条件となる。
一方、右側(SCALE)の「Staff on Demand」は、外部の優秀な人材を必要な時、適材適所に入れるという考えだ。そのためには、事前からこれら人材とコミュニティを持って置くことが重要となる(「Community&Crowd」)。次の「Algorithm」は「我々と組むことで10倍の成果が得られる」など、価値創造の方程式を持っていなければ、人は集ならないということを意味し、一番大事といわれている。「Leveraged Assets」は、自前化をせず、あくまでも外に置いておくことが望ましい(テコの原理)。最後の「Engagement」は、投資家やカスタマーなどではなく、パートナーに対してのもので、Scale側がどれだけ外に向かい、フレンドリーとなり、共感を得ていくかという要素を表している。
国内でイノベーションの定義を間違えている企業は多い。まず、イノベーションは外からではなく、内側からしか生まれない。イノベイトの言葉の定義はインノベイト(内側で新しくする)であるように、外には様々な機会があるが、それを物にできるのは内側の力であって、待っているだけでは意味がなくなってしまう。また、これもよく間違うのだが、イノベーションは発明(インベンション)ではない。異なる物同士が組み合わさり、新しい物が生まれるため「0→1(アイデア創出)」ではない。ゼロイチは、新しいアイデアは出るが、それは可能性でしかなく、そのまま終わるとゴミと化してしまう。イノベーションの定義は「1→10倍化」にして社会実装を行い、事業として成り立たせ、さらに「10→100」とし、社会に広がっていくことだ。これ以外に、プロダクトアウトと間違っているケースも見受けられるが、技術革新はイノベーションではない。シュンペーターやドラッカーが提唱するイノベーションとは、マーケットアウト(市場創造)を作ることであって、これができなければイノベーションとはいえない。日本は「技術で勝って事業で負けて」といわれるがこれでは、イノベーションとはならない。両利きの経営でも進化と探索を別々に行っていては意味がなく、何も生まれてこない。創造的な破壊、自分たちの強みを入れ替えていき、新しいものを生み出していかなければならず、高リスクだが、今ある物の新陳代謝を行う覚悟がなければ、イノベーションは生まれない。アメリカでは両利きの経営はすでに使われなくなっている一方、日本で両利きの経営が流行っているのは、リスクを負う覚悟のない経営者が楽をしたいと考えているためだ。
今では死語となったブルーオーシャン戦略も、そのようなものはなく、必ずレッドオーシャンに変わるものだ。「ブルーのままで居続ける」といった声も聞くがそれはオーシャンではなく、水たまりであって、誰も相手にしていないだけだ。レッドオーシャンでは競争が激しく、息も詰まるが、ブルーオーシャンでは成功しないため、私は2つの領域の中間に当たるパープルオーシャンを狙うのが効果的と考えている。自社の強みを生かせる所で挑戦する。これを「ずらし」と言っているが、イノベーションには非常に重要なカギになると考えている。
X(変革)マネジメントの考え方
味の素では、DXを進めたことで企業価値が2年で3.5倍に、株価は4倍となった。5つの資産「見える資産(モノ、カネ)」と「見えない無形資産(人財、顧客、組織)」の中で、組織資産が一番大事であり、その組織が優秀な人材を10倍化する力があるかどうかも重要となる。「ASV」(同社のCSV)の中に、同社のパーパス「食と健康の課題解決」が入っているが、掲げただけではキレイごとで終わってしまうため「味の素グループWay」や「味の素食の文化センター」など、パーパスを実現するための行動指針が詰まっており、組織の重要な力となっている。さらに、これを高めることで人のアップデート「PX(ピープル・トランスフォーメーション)」を進めている。内容は前述で述べたDX1.0(オペレーションをデジタルで磨く)、DX 2.0(エコシステムに繋ぐ)、DX 3.0(プラットフォームビジネスモデル)で、すべてがデジタルで賄うことができるため、内部の人が使いこなせるよう、取り組みが進んでいる。
その上で、顧客が同社の価値を感じてくれる「顧客資産」のグレードアップが進められている。このように、3つの無形資産を豊かにしていくと、有形資産を必要最小限(アセットライト)にする事ができ、たとえば量産工場は外部に委託する一方で、マザー工場には多く投資することが可能となる。また、有形資産が軽くなることで、金融資産もあまり掛からなくなってきた。その結果、中身も有形資産から無形資産に大きく変わり(アセットトランスフォーメーション)、ROE(自己資本利益率)とROIC(投下資本利益率)は2倍となり、株価も4倍にまで上がった。これも、パーパス以外にデジタルの力を使い、有形資産の中身を変えていったことが大きな変革に繋がった。
パーパスワークショップで“自分発のイノベーション”
パーパス経営の現場では「新M字カーブ」が存在する。若い世代はパーパスを好むが、中堅(30~45歳)になると「そんな青臭いことは言っていられない」と背を向けてしまっている。しかし、中堅世代がパーパスに共感することで、生産性も上がるため逆に、この世代にパーパスを浸透させていかなければならない。そのための手法として私は「パーパスワークショップ」を推奨している。
パーパスはいくら良いことを掲げても、自分ごとには繋がらないため、まず、パーパスができた後は組織に落とし込んでほしい。たとえば、事業部など各部門において、パーパスについて考えてもらい「顧客、顧客の顧客にとってどのような未来を作りたいのか」、「社員にとってどのような企業となりたいのか」、「社会やコミュニティ、未来のこどもたちに何を残したいのか」といった3つの視点で考え、組織のありたい姿を描いていくことで、一段上の解像度が高いパーパスが完成する。次は自身と組織のパーパスを合わせ自分ごと化することが大事となる。ここで自分ごと化していない組織のパーパスについて考え、理解を深めることで2つのパーパスが重なっている領域が広がってくる。また、自身のパーパスにおいては、会社の所有する無形資産や顧客、ブランド、社員などを使い、2つのパーパスが重なる領域を広げる“自分発のイノベーション”を会社に仕掛けていくことで、パーパスを起点としたイノベーションを起こすことが可能となる。
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