最小限の努力で最高の知財を取るには

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 私は、若いころはたくさん時間を使うことによって何らかの成果を上げたいと考えていたように思います。どうやれば成果が上げられるかよく分からなかったために、時間を使って何とかカバーしようとしていたのかも知れません。そんな「時間投入型」努力がある時、実を結ぶことに。結果「時間投入型」努力にますます拍車が掛かったこともありました。

 一方で、投入時間と成果が比例しない経験もしました。そうこうしているうちに徐々に、投入時間と成果は無関係ではないものの関係性が薄く、むしろ成果は物事を「俯瞰(ふかん)的・全体的」に考えることと強い相関があると分かるようになったのです。

 ここで、俯瞰的・全体的に考えるとは、どのようなことでしょうか。時間の使い方を例に説明しましょう。

1、特許を書く場合の時間の使い方

 我々ビジネスパーソンのほとんどは成果をイメージし、その成果を得るために仕事をしていると思います。その中には成果を得るために、やるべきことを探す「探索的な仕事」と、決められた仕事をコツコツとこなす「処理型の仕事」があります。これらの時間の使い方について弁理士でもあります私の仕事、特許明細書を仕上げる仕事を例にみていきます。

 私は、特許明細書を仕上げる際、最初にクレーム(請求項)を考えます。この作業は上位概念化の仕事であり、探索的な仕事であるといえます。アイデアが豊富な人は「降りてくる」という表現を使いますが、クレームもまさに降りてくるものなのです(そうではない特許も多数ありますが…)。実際、クレームが降りてきたら、次に、実施例を含めた明細書を書いていきます。この作業は探索的ではなく処理的な仕事なので、決められた通りに書いていけば良いのです。

 このように明細書の作成には順番があり、真っ先にクレームの作成という探索的な仕事をしなければなりません。しかし厄介なのは探索的な仕事は「先が読めない」ということ。そこでどうするかといえば、一晩寝かせるのです。具体的には情報を頭に詰め込んで横になる。そしてクレームが降りてくるのをじっと待ち、降りてきたら直ちにメモに書き留めていきます。

 次の明細書を書く仕事では、何時から取り掛かるかをあらかじめ決めておきます。そして予定の時間が来たら、メモを取り出して参照しながらクレームをつくり、明細書を作成していきます。この作業は処理型の仕事ですので、ある一定の時間を費やせば必ず終わります。このように探索的な仕事と処理型の仕事の時間を上手に使い分ければ、全体として短時間に成果を得ることができます。

 俯瞰的・全体的に考えるとは、このように得たい成果をイメージして、そこに至る最短ルートを思考することです。例えば開発過程なら、外部調達でまかなえるところは調達に徹し、コア技術開発など時間を投入すべきところには十分に時間を投入する。つまり、自分が本来すべきことに集中できるように仕向けることで、仕事は楽しいものにもなるし楽なものにもなるのです。だって、人はそもそも、好きなこと、楽なことをしていたいじゃないですか。

2、特許の成果とは?

 一つ質問です。知財における成果とはなんでしょうか? エンジニアの視点では知財が取れること。一方、企業の視点では権利行使ができて競合を排除できること。これらを合わせて仮に「権利行使ができる知財を取ること」をゴールとしましょう。

 「権利行使ができる」ようにするためには何より、権利行使がしやすい文言で書くことが重要です。そして、よく言われることかもしれませんが、上位概念化を図ること、実施例を充実させることが続いて大事になってきます。なぜなら、実施例と権利範囲はほぼ正比例の関係にあるからです(図)。

知的財産

 上図、出願時に実施例が充実していない場合、権利範囲は広くしておいても登録時には狭くなる(赤の矢印)。一方、出願時に実施例が充実していれば、権利範囲は狭くても出願時には広くできる可能性がある(青の矢印)。結果、実施例と権利範囲はほぼ正比例の関係にある。

 出願時に実施例が充実していなければ、権利範囲をいくら広くしておいても拒絶理由となって登録時の権利範囲は狭くなってしまいます(赤の矢印)。逆に出願時に実施例が充実していれば、補正によって広い権利範囲を獲得することも不可能ではないのです(青の矢印)。

3、実施例充実には努力義務がある

 権利範囲やクレームの文言を考えるのは弁理士の仕事かもしれません。しかし、それを検討するために指示や要望を出したり実施例を与えたりするのは、他ならぬエンジニアの仕事。そこで、エンジニアにとっての成果である「権利行使ができる知財を取ること」を上位概念化すると、それは広い権利を取ることであり、そのために最も効率的な努力は実施例を充実させることに他なりません。

 例えば、技術課題を実現するために「A」「B」「C」の3方式があるとすると、明細書にはそれらを全て盛り込む必要があります。しかしA方式で事業化することになった場合には、A方式に加えてB方式とC方式を検討するのは一見、時間の無駄のように思えるかもしれません。実施しないB方式やC方式のために、新たに図面を作成するなど工数が余計にかかるからです。

 なるほど、時間はかかりますが特にクレームの重要部分に関係ある分野であれば、B方式やC方式を検討する価値は十分にあります。そしてA、B、C全ての方式をカバーするクレームXができたとすれば、それこそが「権利行使ができる知財」に他なりません。逆にC方式を採用した模倣者が現れた場合に「権利行使ができない」ようでは、その知財は全く「成果」になっていないことになります。

 「権利行使ができる知財」を取るためには、出願につながる発明提案書の作成が必要なことは言うまでもありません。できれば最短時間でこなして最大の成果を得たいものです。ここで、権利行使側の立場で汗をかいている人間として私は、エンジニアの皆さんに真剣にお願いをしたい。

 実施例を充実させてください!では、具体的にどうするか?最後に実施例を充実させるためのノウハウを提案します。

1)全体計画
 まず最初に行う事は、限られた時間の中でアウトプットである発明提案書をきちんと出すために全体計画を策定することです。
2)サーチ
 次にすべきはサーチ(検索)。サーチなしにクレームは決ま...

 

 私は、若いころはたくさん時間を使うことによって何らかの成果を上げたいと考えていたように思います。どうやれば成果が上げられるかよく分からなかったために、時間を使って何とかカバーしようとしていたのかも知れません。そんな「時間投入型」努力がある時、実を結ぶことに。結果「時間投入型」努力にますます拍車が掛かったこともありました。

 一方で、投入時間と成果が比例しない経験もしました。そうこうしているうちに徐々に、投入時間と成果は無関係ではないものの関係性が薄く、むしろ成果は物事を「俯瞰(ふかん)的・全体的」に考えることと強い相関があると分かるようになったのです。

 ここで、俯瞰的・全体的に考えるとは、どのようなことでしょうか。時間の使い方を例に説明しましょう。

1、特許を書く場合の時間の使い方

 我々ビジネスパーソンのほとんどは成果をイメージし、その成果を得るために仕事をしていると思います。その中には成果を得るために、やるべきことを探す「探索的な仕事」と、決められた仕事をコツコツとこなす「処理型の仕事」があります。これらの時間の使い方について弁理士でもあります私の仕事、特許明細書を仕上げる仕事を例にみていきます。

 私は、特許明細書を仕上げる際、最初にクレーム(請求項)を考えます。この作業は上位概念化の仕事であり、探索的な仕事であるといえます。アイデアが豊富な人は「降りてくる」という表現を使いますが、クレームもまさに降りてくるものなのです(そうではない特許も多数ありますが…)。実際、クレームが降りてきたら、次に、実施例を含めた明細書を書いていきます。この作業は探索的ではなく処理的な仕事なので、決められた通りに書いていけば良いのです。

 このように明細書の作成には順番があり、真っ先にクレームの作成という探索的な仕事をしなければなりません。しかし厄介なのは探索的な仕事は「先が読めない」ということ。そこでどうするかといえば、一晩寝かせるのです。具体的には情報を頭に詰め込んで横になる。そしてクレームが降りてくるのをじっと待ち、降りてきたら直ちにメモに書き留めていきます。

 次の明細書を書く仕事では、何時から取り掛かるかをあらかじめ決めておきます。そして予定の時間が来たら、メモを取り出して参照しながらクレームをつくり、明細書を作成していきます。この作業は処理型の仕事ですので、ある一定の時間を費やせば必ず終わります。このように探索的な仕事と処理型の仕事の時間を上手に使い分ければ、全体として短時間に成果を得ることができます。

 俯瞰的・全体的に考えるとは、このように得たい成果をイメージして、そこに至る最短ルートを思考することです。例えば開発過程なら、外部調達でまかなえるところは調達に徹し、コア技術開発など時間を投入すべきところには十分に時間を投入する。つまり、自分が本来すべきことに集中できるように仕向けることで、仕事は楽しいものにもなるし楽なものにもなるのです。だって、人はそもそも、好きなこと、楽なことをしていたいじゃないですか。

2、特許の成果とは?

 一つ質問です。知財における成果とはなんでしょうか? エンジニアの視点では知財が取れること。一方、企業の視点では権利行使ができて競合を排除できること。これらを合わせて仮に「権利行使ができる知財を取ること」をゴールとしましょう。

 「権利行使ができる」ようにするためには何より、権利行使がしやすい文言で書くことが重要です。そして、よく言われることかもしれませんが、上位概念化を図ること、実施例を充実させることが続いて大事になってきます。なぜなら、実施例と権利範囲はほぼ正比例の関係にあるからです(図)。

知的財産

 上図、出願時に実施例が充実していない場合、権利範囲は広くしておいても登録時には狭くなる(赤の矢印)。一方、出願時に実施例が充実していれば、権利範囲は狭くても出願時には広くできる可能性がある(青の矢印)。結果、実施例と権利範囲はほぼ正比例の関係にある。

 出願時に実施例が充実していなければ、権利範囲をいくら広くしておいても拒絶理由となって登録時の権利範囲は狭くなってしまいます(赤の矢印)。逆に出願時に実施例が充実していれば、補正によって広い権利範囲を獲得することも不可能ではないのです(青の矢印)。

3、実施例充実には努力義務がある

 権利範囲やクレームの文言を考えるのは弁理士の仕事かもしれません。しかし、それを検討するために指示や要望を出したり実施例を与えたりするのは、他ならぬエンジニアの仕事。そこで、エンジニアにとっての成果である「権利行使ができる知財を取ること」を上位概念化すると、それは広い権利を取ることであり、そのために最も効率的な努力は実施例を充実させることに他なりません。

 例えば、技術課題を実現するために「A」「B」「C」の3方式があるとすると、明細書にはそれらを全て盛り込む必要があります。しかしA方式で事業化することになった場合には、A方式に加えてB方式とC方式を検討するのは一見、時間の無駄のように思えるかもしれません。実施しないB方式やC方式のために、新たに図面を作成するなど工数が余計にかかるからです。

 なるほど、時間はかかりますが特にクレームの重要部分に関係ある分野であれば、B方式やC方式を検討する価値は十分にあります。そしてA、B、C全ての方式をカバーするクレームXができたとすれば、それこそが「権利行使ができる知財」に他なりません。逆にC方式を採用した模倣者が現れた場合に「権利行使ができない」ようでは、その知財は全く「成果」になっていないことになります。

 「権利行使ができる知財」を取るためには、出願につながる発明提案書の作成が必要なことは言うまでもありません。できれば最短時間でこなして最大の成果を得たいものです。ここで、権利行使側の立場で汗をかいている人間として私は、エンジニアの皆さんに真剣にお願いをしたい。

 実施例を充実させてください!では、具体的にどうするか?最後に実施例を充実させるためのノウハウを提案します。

1)全体計画
 まず最初に行う事は、限られた時間の中でアウトプットである発明提案書をきちんと出すために全体計画を策定することです。
2)サーチ
 次にすべきはサーチ(検索)。サーチなしにクレームは決まりません。もしサーチに自信がなければ知財部か弁理士に依頼しましょう。
3)クレームをイメージする
 サーチして発明の内容が決まったら、クレームをイメージしてください。そして、実施例として記載すべき項目を洗い出します。
4)実施例を集める
 クレームをサポートする実施例を社内中からかき集めましょう。場合によっては研究開発をしていない実施例(実施しないが考えられる形態)も作成します。
5)知財部・弁理士に依頼
 発明提案書にまとめてもいいですし、そうでなくても実施例と先行技術、クレームのイメージさえあれば明細書は作成できます。ただし、形式にこだわらなければならない会社の場合はそれを尊重しましょう。

 以上、月並みな手順に見えるかもしれませんが、これは外せないルート、すなわち「王道」です。これをいかに短時間でできるかが、エンジニアの一つの価値を決めます。心配することはありません。能力形成さえすれば、エンジニアの皆さん全員ができるようになります。私からの提案はすなわち「『権利行使ができる知財を取る』ために、1)〜5)の王道を最短時間で取り組める能力を形成しよう」ということです。

 私は俯瞰的・全体的な思考方法の一つとして時間の使い方を考えています。弁理士業務のように職人技的な仕事であっても効率的な仕事はできます。俯瞰的・全体的な思考方法を身に付けて「楽しく」「楽に」仕事をしようではありませんか。

 【出典】株式会社 如水 HPより、筆者のご承諾により編集して掲載

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この記事の著者

中村 大介

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。

若手研究者の「教育」、研究開発テーマ創出の「実践」、「開発マネジメント法の導入」の3本立てを同時に実践する社内研修で、ものづくり企業を支援しています。


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